卒業の後
「では、背中から行きますね」
「お、お願いします」
アルミリアがボクの後ろに膝立ちになる。妹くらいしかこんな事されたことないものだから、背後に妙な圧迫感を感じてしまう。
それに、真後ろに、しかも少し倒れてしまえば触れられる位置に、タオルすらも巻いていない裸の美少女がいるという状況は、どうも落ち着かない。
アルミリアのタオルが背中に押し当てられ──
「ひゃん!?」
アルミリアの動きが止まった。いや、風呂場の時間が止まった。ボクも、アルミリアも、チルニアとパミーですら、今のボクの声に動きを止めた。
──な、何つー声出してんのさボクは!?
顔が猛烈に熱くなる。多分、耳まで真っ赤だろう。
背中に少し温いタオルが触れた瞬間、体がビクッと震えた。なんというか、言い表しにくい感覚だった。神経全てに電流が走ったというか、なんというか……同人誌でよく見る表現になるな。
「あ、あの、ルーシアさん……?」
「あ、ああああ、アルミリアさん! やっぱりナシで! 流してもらうのナシで! ボク、肌が弱くて自分で力の加減を調節してしないとすぐ荒れるんですよ! 忘れてたなーあはは!」
「そ、そうなんですか……では、洗うのはやめておきますね」
「ほんと、すみません……」
何なんだ、今のは……この体、もしかして凄い敏感? やばい、今の超恥ずかしい。
アルミリアに石鹸を取ってもらい、自分で全身を洗う。自分で触るに関しては、問題はなかった。
体も髪も洗い終わり、湯船に浸かる。ああ、やっぱり風呂は良い。しばらく入っていなかったのもあって、気持ちよさが格段に違う。
「ふぅ……今日のお湯は、いつもより熱めですね。ルーシアさん、何かしたのですか?」
「え? いや、魔法で入れただけですけど……」
おかしいな、魔道具の設定温度で入れたはずなんだけど……もしかして、魔道具を使った場合、湯船に入るまでに少し冷えてしまうのか? だとしたら、いつもより熱いのにも納得いくな。
アルミリアの言葉に推察を並べていると、三人がボクを驚きの表情で見詰めているのに気付いた。
「ま、魔法で……この量を?」
「あー、あんなデカイの封印されてたら、その影響で魔法関連が強くなるのかなぁ……」
パミーの冷静さを取り繕うとした言葉と、チルニアの気の抜けた、と言うより、事実から目を背けたような言い方の言葉が続いた。
「魔法でお湯ですか……便利なものですね……」
アルミリアは冷静だった。
「……是非、我が家にお招きして、魔術師として働いてほしいものです……」
アルミリアは、利用価値の面に対して冷静だった。
「ボクは卒業後は冒険者として活動して、余裕が持てるようになったら街を出るつもりでいるので。すみません」
「そ、そうでしたか……いえ、そうですよね。ルーシアさんはこれだけの才能を持っているのですから、自由に暮らしてもなんら不自由はないと思います……少し、ほんの少しだけ残念ですが」
これを言う人はかなり根に持っている。ボクの経験上、それは違いない。
「そういえば、三人は卒業後のことって考えてるんですか?」
「私は実家の手伝いだと思いますよー。私は魔法の才能に恵まれて、実家がそれなりに人気のある呉服店なので、入学できたんです。なので、学費の分も卒業後は働くつもりです」
チルニアが話す。そういえば、アルミリア以外は実家のこととか全然知らないな。この際だから、色々聞いてみるか。
「私も家業を継ぐことになると思います。チルニアに比べて貧乏なので、相当頑張らないといけなさそうですし」
パミーもどうやら、実家の方に戻るらしかった。
アルミリアは予想しやすい。アルミリアは上級貴族だ。卒業後は実家の方で政略結婚の為に、妻としての知識を磨いていくだろう。その後は、どこかの貴族に娶られたり、最悪愛人などになるのだろう。
「私は家庭が家庭ですので、戻らねばなりませんね。父も兄様達も次女である私を大切にしてくれますが、やはり所詮は次女なので。大切なところでは、姉様がお嫁に行くと思うので、私は良くても中級以下の貴族の下に娶られると思います」
また次女だから、か。
「アルミリアさんは次女っていうのよく強調しますけど、お姉さんってどんな人なんですか?」
「そうですね。姉様──イリシーナ姉様は、私なんかよりずっと綺麗で、人として出来上がった人です……私の、目標です」
「あー、確かに、アルミリアさんって綺麗と言うよりは可愛いですもんね」
「……言わないで下さいまし」
やっぱりそこ、気にしてるんだ。
可愛いということをコンプレックスとでも思っているのか、アルミリアは少し頰を赤らめていた。湯気で見え辛いが、それでも見て取れる程度には。
「ルーシアさんは、どうして旅を? 確か、村を魔物に奪われて、お姉さんとこの街に逃げてきた、とお聞きしましたが」
「確かに、村は取り返しますよ。実質、村を奪ってた魔物はこの前攻めてきた奴らは殲滅出来てますから、苦労はしないと思いますけど」
この前この街に攻めてきた魔物の集団は、間違いなくルーシアが育った村を襲った奴らだった。戦力面では問題なさそうだが、油断はできない。
しかも、ゴブリンといえば繁殖力が高いのが定番だ。もしかしたら、数で圧される可能性だってある。
「でも、旅をするということはお姉さんを置いて、外の世界に出る、ということですよね? どうして、そんな危険なことをしようと思ってるのですか?」
「ボクは……」
実際、ボクがこの世界に来た理由は簡単だ。神ですら見捨てた世界を、自分の思い通りの世界に作り替える。
その前準備のために、旅に出るのは必要事項であった。
でも、三人にこれを話すわけにはいかない。ピクシルは思考を読めるために先んじて教えたけど、この三人にはボクが転生者であることは出来る限り黙っておきたい。
「ボクは、小さな世界で止まっていたくないんです。広い世界を見て、たくさんのことを知って、誰もなし得たことのないような偉業を……とまでは行かなくていいですけど、とにかく世界を知りたいんです。知らないこと、まだまだあると思うので」
もしかしたら、どこかに超文明やその残骸があるかもしれない。どこかに日本のような国があるかもしれない。そんな期待は、いくらでも抱けるのだ。異世界は。そんな期待も、ないわけではない。だから、今のも嘘ではなかった。
「そうですか……大きい夢ですね。羨ましいです……」
「凄いなぁ……私なんて、目先のことで手一杯だよ」
「同じく、実家のことで頭が破裂しそうです」
アルミリアは優しく、チルニアとパミーは羨ましそうな声を出した。
「そろそろ出ましょうか。人が入ってくるかも知れませんし、のぼせてもいけないので」
「そですね。そんじゃ、上がりますか」
ザバザバと音を立てて、ボク達は湯船から上がる。
「それにしても、今日のお風呂はどこか違いましたね。いつもより温度が高かった気がします。それに、浴室がどことなくひんやりしている気が……」
漫画なら「ギクッ」といったオノマトペが書かれそうな勢いで、肩を跳ねさせる。
やはり、毎日入っていると分かるんだろうな。ボクは大して違和感なかったけど……いや、一回しか入っていないから、分かるはずもないけど。
「あ、あの、ボクちょっとだけやり残したことがあるので、先に上がっててください!」
「? 分かりました。では、外でお待ちしております」
アルミリア達が外に出たのを見計らい、一度だけ、長い溜息を吐いた。
「……ピクシル、気温戻してくれていいよ」
『やっとね。かなり疲れたから、明日の朝食はしっかり食べさせてもらうわよ?』
「ボクは朝は少食だから、好きなだけ食べてくれていいよ」
ピクシルが気温の維持をやめて、一分ほどすると、浴室の気温が上昇し始めた。
「さて……身体洗浄、保湿」
魔法を使い身体を綺麗にする。洗ったは洗ったが、やはりこっちの方が効果は高い。
「ねえ、ボクって敏感なの?」
『そうね、普通の人よりは結構敏感よ』
「なんてこった……」
『でも、悲観しなくていいわよ。数少ない才能だから』
「才能? どこが……まあいいや。服着てても特に今まで問題なかったし、どうとでもなる。それじゃ、出ようかな。あの三人もそろそろ着終えただろうし」
『まったく、紳士なのか変態なのか……』
「ボクは紳士だ。どこに変態要素があるっていうんだよ。健全そのものじゃないか」
『どの口が言うのやら……』
減らず口を叩くピクシルに言い返しながら浴室を出る。寝巻きをある程度着終えた三人の姿が視界に入り、少しだけ安堵する。
「ルーシア、早く服着なよー。今からご飯食べに行くんだから!」
チルニアが、タオルで身体の前部を隠しながら浴室への扉を閉めているボクに向けて催促してくる。
「……はいはい」
……友達って、いいな。