ルーシアの知らないこと
翌日。ボクは授業の最中にフルドムにより呼び出しを受け、応接間に招集された。どうしてか、アルミリアもいる。
そして、長椅子の片方に座っているアルミリアと同じ金髪碧眼の、中年の男性が立ち上がった。
「私はアンダルド・スームド・フェルメウス。フェルメウス侯爵家の当主であり、この街を領有している。……貴様は死刑だ。封印などと言うふざけたことを抜かしたところで、それは変わらん」
ほう、出会い頭に随分な言い草じゃないか。死刑とは聞き捨てならないなあ。
「お父様!?」
「アルミリア、その小娘から離れろ。死刑囚のそばにいるなど、貴族としてあってはならぬ」
「し、しかし!」
アルミリアはアンダルドという名らしい父親に言いごたえする。しかし、アンダルドの魂すら射抜かんとする視線に、アルミリアはたじろいだ。
「いいから離れるのだ。お前に罪人の気が移ってもらっては困る」
「……」
罪人の気が移るって……随分な評価だな、ボクに対しての。
まあ、貴族はそんなものなんだろうけどさ。
「……自分が優位に立っていると勘違いしているところ申し訳ありませんが、ボクを殺すことはあなたにとっても、この領地にとっても損にしかなりませんよ。損得で命を測るのは好きではないですが……ボクを殺すことは、得策ではありません」
貴族の手前、流石にタメ口をきくことはなかったが、貴族であるアンダルドの意見を真っ向から反対する内容だ。少しキレさせるかもしれない。
「ルーシアさん、反抗はなさらない方が……!」
「ふん、命惜しさにアリもしない自分の価値を言い出すか。ちっぽけな貴様の命など、街の領民の命に替えれば、安いものだ」
ボクも領民なんですが。犯罪者だから格下げされたってことか。これは……流石にイラつくなあ。
「……貴族だから、何でも意見が通ると思うなよ。お前が権力なら、ボクは戦闘力で対抗してやろうか? お前の命も、お前率いる軍隊の命も、ボクの前では塵に等しいからな。自分の立場を見誤るな」
「ふん、自分のことを言っているのか? 貴様こそ、自分の立ち位置を見誤っているようだな。貴族に向けてその無礼な発言、タダで済むと思うな」
「お父様もルーシアさんも、やめてください!!」
アルミリアの唐突な大声に、ボクもアンダルドも肩を跳ねさせて視線を向ける。
「……ルーシアさん、言いましたよね。お父様は話せば分かる人だと。なのに、どうして喧嘩腰に話を進めようとするのですか! いつもの冷静さはどこに行ったのですか!?」
アルミリアに言われて気付く。確かに、ボクは今自分があまりにも理不尽な立場に置かれたことで、冷静さを欠いていた。
「お父様もです! いつもは話をちゃんと聞くのに、今日はどうしてそうも自分の意見ばかりを押し通そうとするのですか!?」
アンダルドも罰が悪そうにする。どうやら、この人もいつもとは違う様子だったらしい。
「……済まない。どうも、アルミリアが容疑者の近くにいて危険なのではと思い、気が焦っていたようだ。ルーシアと言ったな、申し訳ない」
「いえ。ボクも、少し冷静さを欠いていたようです。すみませんでした」
お互い、溜飲が下がったようだ。もう少しで他の罪で死刑になるところだった。
というか、アルミリアの為なのか。実に美しい親子の愛だ……ボクが容疑者でなければ。
「……しかし、これで貴様の罪が晴れた訳では無い。容疑を晴らすことの出来るものがない限り、貴様は犯罪者として連行する」
実際、ボクの容疑を晴らすものは一つしかない。しかし、これもあまりに不完全過ぎる。何せ、涙が流れたから魔物が攻めてくると分かった、などと誰も信じないような内容だからだ。
「……確かに、ボクのアリバイを作ってくれる人は居ませんし、ボクが魔物を呼び寄せていないことを証明出来るものは、ないです」
「……では、連行させてもらうぞ」
「でも……」
ボクは長椅子から立ち上がる。
「せめて、命を取られないために、一つ脅しをしても宜しいですか?」
「ほう、脅しをする許しを請う者など初めて見た。良いだろう、その私への脅し、許す」
「では、校庭へお願いします」
そう願い、全員で校庭へ出る。
他学年が修練を行っていない場所へ向かい、そこでアンダルドと向かい合う。
「先日、あなたに兵士から伝わったと思いますが、ボクの中には炎の魔物が封印されています。ボクのコントロールの効く範囲で封印を解除します」
「良いだろう。見せてみよ」
さて、もう引き下がれないな。ここで《天獄炎龍》を使って、封印された魔物だと位置付けた場合、せっかく名付けた、異世界初魔法を封印することになる……それは、少し残念ではあるけど、命には替えられまい。
「……我に封印されし紅蓮の龍よ、今その縛めを解く。顕現せよ、天獄炎龍!」
ボクが叫んだ直後、その頭上に火球が現れ、そしてサイズを徐々に大きくしていった。勿論、ボクが前回同様、イメージで炎の現象を大きくしているだけであるが。
その直径が五メートルに達した瞬間、火球の頂点から細長い何か、二度目ではあるが、勿論龍が飛び出した。
「これが、ボクに封印されている魔物、《天獄炎龍》です」
「……これならば、国の兵を上げれば討伐できるであろう。世界を滅ぼす脅威ではない」
「ボクは言いましたよ、操れる程度に解放する、と。これは、完全体の三分の一程度です。本物はこの三倍近い大きさがあり、強さは三倍以上です」
「なっ……」
アンダルドは絶句し、その場に立ち尽くした。ボクは龍を操り、その鼻先をアンダルドの顔に近付ける。
「これの三倍の大きさに、立ち向かう勇気がありますか? ボクを殺すことに、数千数万の兵士の命を賭ける価値がありますか?」
龍とアンダルドの顔との間の距離は、一メートル程度だ。これより近付けてしまえば、アンダルドの顔が焼けてしまう。この距離でも火炙りと同じくらいだろう。
龍から散った火の粉が、アンダルドの髪を一本焼いた。それに恐怖を感じたのか、アンダルドはその場に尻餅をついて座り込んだ。
「あ、あれ……?」
なんだ、目眩が……頭が凄くいたいし、吐き気がする。呼吸も荒くなる。魔法の維持が難しくなってきた。
「ルーシアさん!」
アルミリアが近寄ってくる。
「維持が、厳しく……伝えて、くださ……」
「封印の維持の限界が来たようです、再度の封印の許可を!」
「……分かった。すぐに封印させろ」
アルミリアの声で我に帰ったのか、アンダルドが封印の許可を下す。いや、自分が怖かったからかもしれないが。
ボクは意識が朦朧とする中、何とかそれらしく《天獄炎龍》を消滅させた。簡単に説明すれば、直径五メートルの火球に戻し、それを徐々に小さく、直径数センチになったところでボクの顔の前まで降ろし、そこで消滅させた。
ボクは深く息を吸った。魔法を消滅させた瞬間、少し頭痛や吐き気が収まった。まだ多少は残っているが。
「大丈夫ですか……?」
「えと、はい……維持するのが、思ったより辛くて……」
しかし、なぜこんなことになったのだろうか。前回は一分にも満たない程度しか使っていないが、今回も言うて三分程度だ。魔力は体質的に即時補充されているはずだ。
ピクシル、分かるか?
『あなたは脳を酷使し過ぎよ。もっと限度を考えなさい』
……そっか。確かに、そうかもな。
理解した。ボクが魔法を使う際は、愛斗の頭脳として脳を酷使する。愛斗であった時ならば、IQが人知を超えてた脳は、この程度では悲鳴をあげなかっただろう。でも、今使っているのは十歳やそこらの少女であるルーシアの脳だ。ここまで酷使されたことなど、人生で一度もないであろうから、耐えられるはずがなかった、ということだろう。
まったく、こんなところにまでTSの影響が出るとは。
「……確かに、世界を滅ぼす脅威だ。お前を殺すのは、やめた方がよいかもしれぬ……しかし、罪人であることは変わらん。それに、そのような封印が施されているのであれば、むしろ危険性が高い。罪人奴隷として、我らの邸宅で働かせる。それならば、監視も行える上、奴隷として罪を償わすこともできる」
「……死刑は、免れたか」
ボクは、まだふらつく体を少し無理させて立ち上がった。一度こけそうになってアルミリアが手を伸ばしたが、何とかバランスを保ってその補助を受けずに済む。
「……お父様、どうしてそこまでルーシアさんを
罪人にしたいのですか? 私には、ルーシアさんの自由を封じる意味を理解できません」
「まあ、難しい話じゃないですよ」
「え……?」
アルミリアの疑問に、アンダルドではなくボクが言葉を挟んだことに、アルミリアが驚きを見せた。
「貴族ってのは、大体何かに恐れてるものです。家族の裏切り、自分以外の権力者、他国からの侵攻……そして、自分の手中に収めておくことのできない、圧倒的な力を持つ人です。そして、アンダルドさんはボクが最後の、圧倒的な力を持つ人間だと判断した……そう言うことですよね?」
「……ああ。確かに、貴様の言う通り私は貴様を恐れているのだろう。しかし、やはり一番はアルミリアの傍にいる事だ。貴様が私の大事な娘に危害を加えないか、それが私の最も恐れていることだ」
「お父様……」
意外だな。貴族ってもっとこう、家族とかより、外交関係とか国家の征服ばかり考えているものかと思ってた。
でも、確かにそうだろう。アンダルドはこの領地の安寧を一番に考えて、実際この街を平和に保っている。そんな人が、家族を蔑ろにするとは思えない。
「……娘が心配なのは分かりますよ。ボクだって、家族や友達と、顔も知らない人間のどちらかを選べって言われたら、勿論家族や友達を選びます……でも、それでも人は生きてます。一度しかない人生を、ありもしない罪で無下にされる……耐えられますか?」
「……しかし、お前が罪を犯していないという確証はない」
「まあ、そうですよね……では、真実を話します。信じるか信じないかは、あなた次第です」
「真実、だと?」
「はい。絶対に信じてくれないだろうから話しませんでしたが……嘘偽りのない、事実を話します。神に誓って」
この話はかなり信憑性の薄い……少なくとも、ボクとミリアの間で以外は実に嘘としか思えない話だろう。でも、この事実に賭けるしかない。これは確かに自分自身のためでもあるが……アルミリアのことも思っての行動だ。
「話すがいい」
「……ボクは、いつからか分かりませんが、物心つく前から、音もなく不思議な涙が流れると、魔物の集団がボクのいる周辺を襲う、という事態が起きていました。強いストレスがかかったわけでも、嫌なことがあったわけでも、痛い思いをしたわけでもないのに流れるのです。そして、今回も魔物の襲来の前夜にその涙が流れたため、学園の授業をサボってまで魔物の襲来を抑えに行ったんです」
……何だ。不思議な涙の話をしたら、反応を示した? 一瞬だったから、気のせいかもしれないけど……表情が僅かに固くなった。
「……右手を、見せてはもらえるか?」
「? いいですけど……」
ボクはアンダルドの要求通り、右手を差し出した。
ボクもこれの意味は理解していないが、手の甲には深い傷痕が残されている。しかし、アンダルドがこれに反応を見せたということは、この傷はボクの不思議な涙と、貴族に関係することなのだろう。
「……すまないことをした。今回のことは、非礼を詫びよう。褒賞金も払う。罪については全て白紙にする」
「ま、マジすか……」
急に態度が変わった……やっぱり、この傷には何かが隠されている? もしかしたら、ここに不思議な涙の真意が隠されているのか?
いくら考えようが、やっぱり分からない。ルーシアの記憶を覗いても何も分からないのだから、今は考えないでおくのがいいのだろうか。
「この度のこと、貴殿には悪い事をした。後日、この謝礼も併せて褒奨金を払わさせてもらう。付け加え、貴殿の今回の容疑の発端となった噂について、こちらの方で事実無根の嘘であると広めておく」
「……そりゃ、願ったり叶ったりですが。あの、どうしていきなりそんなに態度が?」
「……そのうち知る機会がある。今私の口から話すことではない」
何それ、ゲームの重要な秘密だけ教えてくれないキャラかよ。すっげー気になるじゃん。
でも、アンダルドが言うんだ。アルミリアも知らなさそうだし、今は聞かないでおくとしよう。
「では、私はこれで退散させてもらう。貴殿のこれからの活躍、期待している」
「はい。では」
アンダルドは馬車に乗り、学園を発った。
やっぱり、この傷痕……気になる。