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火炎大蛇

「……それでは、話してもらいましょうか」


「うまぁ……ほ?」


 アルミリアに奢ってもらった、この学園の学食で一番高額かつ数量限定の肉料理を楽しんでいたところ、アルミリアが話を切り出した。口の中に残っていた一欠片の肉をしつかり味わってから飲み込み、アルミリアの話に応対する。


「肉の味ですか? 肉の質はいいですし焼き加減もバッチリなんですけど、やっぱり味があれですね。香辛料がないから、ちょっと物足りないです。まあ、肉の味もしっかりあって楽しめるので、これはこれで悪くないですけど」


「……香辛料に関しては、この街では独特な風味のものしか採れなくて、料理に使うには少し抵抗があるのですよ。他領地から買おうにも、ぼったくり価格を提示されて、中々手も出せないのです……ではなく!」


「はいはい、先週のことですよね」


 「あまり遊ばないでいただきたいです……」と、アルミリアが口を尖らせる。やだ、この子可愛い。


 硬くなる前に、と残り三欠片の肉を素早く口に入れて全て食べ終える。他の野菜とかはしばらく置いていても問題ないだろう。


「あなたがなぜ、二の日に授業をサボったのか。理由を聞かせてもらいますよ」


「……まあ、そのうち聞いてくるとは思ってました。噂程度にはもう、内容は知っていますよね?」


 逃げ道はもうないだろう。元々話す気ではいたし、高額の料理を奢ってもらった手前、ここで断るのは恩を仇で返すも同義だ。


 ちなみに、この世界の一週間に、地球のような「曜日」は存在しない。週の一日目を“一の日”、二日目を“二の日”……といった感じで、それを七日間続けてまた一の日からだ。詳しく言えば◯の月◯の週◯の日、となる。西暦のような年数を数える習慣はこの世界には、少なくともボクの近辺にはないと思う。


「はい、小耳には挟んでいます」


「なら、ボクはその詳細を話せばいいんですね」


「ええ」


 とりあえず、頭の中で一週間前のことを思い浮かべる。しかし、どこまで話せばいいだろうか。ボクの中身が三人の知っているルーシアではないことは、話した方がいいか?


 でも、この世界に人格が変わる現象なんて存在するのか?


『大丈夫よ。一応、この世界にそういった事象は存在するわ』


 ビックリしたあ! 急に話しかけるなよめっちゃ肩跳ねたぞ今! 怪しまれてるじゃねえか!


『どうしろっていうのよ……とにかく、あんたの中身が入れ替わった話をしても、少なくとも教養のあるその貴族娘には通じるはずよ』


 それならいいか……ピクシルの言葉を信じよう。


 心臓を落ち着かせるため、一度深呼吸をする。チルニアとパミーは食事を続けながら、アルミリアはボクをじっと見詰めながら話を始めるのを待っている。


「あの日あったのは、ゴブリンの襲撃です。ボクは……まあ、事前に察知して、学園を抜け出して対応しに行ったんですよ。まあ、死にかけましたが」


「死にかけた……よくもまあ、生きて帰ってこれましたね」


「なんて言うんですかね。ゴブリンにトドメをさされそうになった瞬間、こう、自我が切り替わったみたいになったんです。その後は、まあ、色々あって全滅させました。この一人称が変わったのも、その自我の変換のせいです」


 ボクの話に、チルニアとパミーは首を傾げる。やはり、ピクシルが言った通りその意識が別人格になる、という現象を知らないのだろう。日本風に言うならば、多重人格か。


「……『目覚め』でしょうか。実家で受けた学習内容の中に、そういったものがあった気がします。いくつかの伝承があるのですが、自分、もしくは大切な人の命が脅かされた時、第二の人格が現れたかのように強くなり、時に性格や口調も変わることがあるらしいのです」


 へえ、そんなのがあるのか。ピクシルが言ってたのもこれかな。


 チルニアとパミーは、初耳とでも言うかのように目を瞬かせている。実際、初耳なんだろうな、実家での教養とか平民の二人があるはずもないし。


「多分、それだと思います」


 もしかしたら、あの神的な人もこの事象を知っていたから、この形でボクを転生させたのかもしれない。推測を出ない話ではあるが。


「なるほど……一人称の変化の理由は、納得が行きました。次に聞きたいのは、あの炎の大蛇のことです」


「あ、あれは……」


 《天獄炎龍・炎舞》のことだろう。なんと言うか、変に目を付けられても困るし、適当に誤魔化した方がいいかな……アルミリアの実家がどんなところか知らないけど、魔法の異常な能力故に捕まってしまうなんてことになっては面倒だ。


「我が目に宿りし紅き龍の封印が、あの時解かれてしまったのです……その後、再び封印は施したので、ご心配いりません」


 赤目であることを利用し、現役である中二病を全開にてきとうに誤魔化した。


「め、目に宿りし紅き龍……!」


「施された封印……!」


 平民ズのノリは良かった。もしかしたら、そういうお年頃なのかもしれない。しかし、あろうことかアルミリアには疑いの目を向けられた。


「はぁ……まあいいです。あの魔法については、今度じっくりと聞かせてもらうので」


「ヒョェ!?」


「……という冗談は、まあいいでしょう。事実かどうか分かりませんし、例え嘘なのだとしても、そうせざるを得ない何かがあるのでしょう」


 すみません、単に目を付けられたくないだけです。


 ただまあ、勘違いしてくれるのなら構わない。あれが魔法だなんて話が広まれば、ボクは色んな所から手出しされて、面倒事に巻き込まれるオチは見えているのだから。


「……実は、このような噂が流れています」


「ふぁい?」


「食べながらの返事はよしてください」


 残っていた野菜を口に入れていたものだから、そんな注意をされた。野菜はもう既にかなり冷めていて、あまり美味しくなかった。


 野菜を飲み込んで、アルミリアの提示した話題に乗る。


「……その言い方だと、悪い噂ですよね。例えば、ボクが魔物を引き寄せたんじゃないか、とかの」


「知っていたのですか?」


「いや、推測です」


 まあ、そんな噂広がっても仕方ないよな。誰も予想してなかった襲撃を、ただ一人対応したんだから。


「ルーシアさんの推測通り、『魔物の集団は、《火炎大蛇カエンオロチ》が引き寄せたんじゃないか』、という話がちまたで出回っています」


 火炎大蛇ってボクのことか……やっぱり、あの天獄炎龍の印象が強かったんだろうなあ……デカかったし。


 でもまあ、予測は出来た事態だ。そんで、この後は領主の遣いが来てボクを犯罪者扱いしたり、牢屋に放り込んで監禁したり、最悪色々されてしまうのだろう。ああ、面倒ったらありゃしない。


「まさか、噂が本当とかないよね? 私は信じてるよ、ルーシア!」


「大丈夫大丈夫、ボクがそんなことする利益なんてないし、そもそも難民と似たような立場のボクを受け入れてくれたこの街に、そんなことする訳ないじゃないか」


 少し先走った考えをしたチルニアが慌てるので、そう言ってなだめておく。実際、ルーシアの意識であった時から、ボクはこの街を守ることを一心に防衛を行っていたのだから。


「でも、ここから先は面倒だろうね……ボクが魔物を引き寄せていないと言える証人はいないし、ボクも証明はできない……それに、あれだけ強大な力を使ったのは、知れ渡ってる。アルミリアの親が恐れをなして、ボクの自由を奪いたがる可能性は高い」


「そ、そんなことは……!」


「有り得るよ。現に……ほら」


 数人の足音と鎧の音が食堂の外から聞こえてくるのを聞いて、ボクは確信した。ボクは、今容疑者に成り上がっていることを。


 予想通り、勢いよく開けられた扉の向こうには、鎧を着た兵士が三人ほど立っていた。アルミリアが目を見開いているあたり、あの兵士はフェルメウス家の兵士隊のメンバーだろう。


「第一学年、ルーシアはいるか!」


 先頭に立つ兵士が声を張り上げる。食堂内の空気が一変した。そして、ボクに視線が向く。


「だ、ダメですルーシアさん! 今名乗り出ると、犯罪者になって……!」


「手遅れですよ。もうボクがルーシアだってバレてますし、それに、逃げた方が罪が重くなります」


 止めようとするアルミリアを払い、ボクは立ち上がる。机に立て掛けておいた鞘に収まった剣を剣帯に通し、兵士の前に堂々と立つ。


「第一学年、ルーシア。何か御用でしょうか」


「貴様には、魔物を誘き寄せ街を危険に晒した容疑が掛かっている。城まで同行願おうか」


 相手は貴族だしなあ……事実を捻じ曲げてまで、ボクを犯罪者にするかもしれない。断った方がいいか? いやでも、断ったら余計に面倒になりそうだし……まあいい、一度断ろう。


「お断りします。ボクはそのようなことをした覚えはありません」


「これはフェルメウス侯爵直々の命令だ。貴様に拒否権はない」


 ふむ、やっぱり無理か。でも、行ったら最後だろうしな。この時代の貴族は、ろくなのいないのが定番だし。


「魔物を追い払った功労者にそれはどうかと思います。貴族としての品位を損なうのではないですか? ボクが魔物を誘き寄せたという証拠がないのなら、ボクは同行しません」


「黙れ! 既に容疑は掛かっている、話なら城で聞こう」


「聞く耳持たないくせに何を言っているんですか。いいですよ、ホブゴブリンを破ったボクを力ずくで連れて行きますか? 命までは取りませんとも、ええ」


 ボクの煽りに兵士の顔が歪む。おうおう、こりゃまた随分とお怒り心頭なことで。


「あなた達、下がりなさい」


「あ、アルミリア様。しかし、これは侯爵様が……」


「ルーシアさんは犯罪者ではありません。それに、あなた達では敵いません。もし容疑を掛け続けると言うのであれば、私がルーシアさんの身柄をこの学園にて保護しておきます。父を連れて、学園までお越してください」


「し、しかし!」


 アルミリア、ボクを庇ってくれるなんて……いい子だ! 嫁に欲しい! 今は関係ないけど! でも、このままじゃアルミリアの立場が危ないな。


「……アルミリアさん、ありがとうございます。後は大丈夫なので……」


「ルーシアさん、何を……!?」


 ボクはアルミリアの肩に手を置いて下がらせ、一歩前に出る。


「ボクの中には世界を滅ぼしかねない魔物が宿っています。見ましたよね、あの炎の魔物を。あれはまだ、完全解放の三分の一……それ以上解放しては、ボクのコントロールが効かなくなってしまいます。ボクに手荒な真似をすれば、器であるボクからあの魔物が解き放たれ、街はおろか、世界ごと滅びますよ」


「戯れ言を!」


「いいのですか? あなたの一存で世界の命運は左右するんです。ボクは逃げも隠れもしません。アルミリアさんの提案を呑むのであれば、話し合いには応じましょう。ええ、神にでも何にでも誓いましょう、ボクは今言ったことを、反故にはしないと」


 迷ってる迷ってる。でもまあ、ここまで演技しておけば、向こうも流石に信じるだろう。それに、この世界でも「神に誓うこと」は命を賭けるも同然であることは、知っている。これには兵士達も無視出来ないだろう。


「……アルミリア様に免じて、今回は引き下がる。侯爵様にお伝えし、今後のお前の行く末が決まるだろう」


 兵士が立ち去った。いやはや、何とも焦りますなあ。


「……ルーシアさん、あまりドキドキさせないでください! 魂が抜ける思いでしたよ!」


 おおう、すげえ来るな。魂が抜ける思い……は、確か心臓が飛び出る思いと似た意味か。


「心配してくれたんですね、ありがとうございます」


「当然です! 友達なのですから!」


 友達……か。いい友達を持ったものだ。


 後ろの二人も余程心配したのだろう。心底安心、といった表情をしている。


「勝負はアルミリアさんの父親……フェルメウス侯爵が来た時だな。さて、どう弁明しようか……」


「お父様は話の分かる人です。話せばきっと、分かってくれます」


「……そうですね。アルミリアさんを、信じます」


 脅しや他のことは、最終手段に取っておこう。まずは、正直に話すことが先決だ……アルミリアから、フェルメウス侯爵がいい人だと証言も得たのだから。

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