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トラウマの払拭

 アルミリア達が夕飯から帰ってきたため、ボクはピクシルとの会話を終えた。


 ピクシルに言われた「魔力を見て、感じとる」

というなんとも地球人としては無理難題そうなことを、少し意識しながら三人を迎える。


「おかえりなさい」


「体調は大丈夫でしょうか?」


 アルミリアが尋ねてくる。そういや、体調が優れないって理由で断ったんだったか。


「まあ、上々です。もうどうせ遅いので、夕飯は食べませんが」


「そうですか。では、お風呂はどうします?」


 風呂か。これも一応昨日は断ったが、入らないでいると怪しまれるのは当然のことだろう。でも、正直この三人と一緒に入るのは避けたい。色々な意味で。


 精神的なトラウマという理由もあるが、何よりもボクが男だからという理由が大きい。人畜無害だと自負しているが、ルーシアの体ですらまだ少し見ることに抵抗がある。この三人と一緒に風呂など……うん、絶対無理。


「辞めておきます。倒れて迷惑かけても行けませんから。部屋で寝ていますので、三人でゆっくり入ってきてください」


「そう、ですか……昨日も入っていませんでしたが、匂いとか……大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ。それに、ボク魔法ですぐにお風呂くらい張れますから。気にしないで下さい」


 チルニアとパミーの視線がおかしい気がする。いや、昨日から少し気にはなっていたけど……なんというか、ボクを奇怪なものかのように見ている感じがする。


「それではチルニアさん、パミーさん、行きましょう」


「「は、はい!」」


 相変わらず固いなあ、あの二人。やっぱり、上級貴族の前じゃ緊張するのかな。ボクはあんまり気にならないけど……ああ、二人の視線はなんとなく分かった。


 アルミリアは上級貴族なのに、誘いを断ったっていうのが理由か。一応ルーシアは平民出のはずだから、断れるはずがないって思っているのか。


「……そのうち、このトラウマが克服出来たら、あの三人には何か埋め合わせしないとな」


 今日も魔法で身体を綺麗にし、少し早いが眠りに着いた。魔力の感知は、まあもちろんまだ全く分からない。



 この世界で目覚めて一週間。特にこれと言ったことはなく進んで行った。


 魔力感知に関しては、ピクシルに毎日特殊訓練をつけてもらいながら身につけようと努力しているものの、まだほとんど感知は出来ていない。ちなみに、まだ魔力感知の才能に関する話も聞いていない。というか、教えて貰っていない。


 そして、クラスにもルームにも、正直まだ馴染めていない。友達といった友達は一人もいないままだ。


「……せあ!」


 手に持った木刀を振るう。これは素振りなどではなく、ピクシルの特殊特訓だ。


 授業は既に終え、他の生徒はそれぞれやりたいことをしている。ボクは、もちろん特訓だ。


「テキトーなところに剣を振るっても、誤魔化されないわよ。私が魔力塊を作ってるんだから」


「チッ、そう上手くはいかないか」


 もちろん、そんなことは分かった上でやっていたが。


 特殊特訓の内容というのは、ピクシルが作り出した魔力の集合体をボクが剣で切る、というものだ。どうやらボクには魔力を見ることも感じることも出来るらしいのだが、今のところその様子はない。


「今日はここまでにするわ。まだ、見るにも至ってないわね」


「仕方ないだろ、ボクは元々魔力とは無縁の世界に居たんだから。言い訳でしかないのはわかってるけど、そう簡単にいくとも思えない」


「まあ、それはそうね。人間は妖精である私から見れば、制限だらけの体で活動しているもの。それでここまでの文明を築けただけ、十分凄いと思うわ」


 妖精の体がどんなものか気になるものだが、やはりまあ、魔力から成る体はかなりの自由が利くのだろう。それに、ピクシルの体は、普段は魔力でボクに見せているだけだし。


「はあ、魔力を見る、ねえ……待てよ。ピクシル、魔力って物質なんだよな?」


「ええ、そうよ。一週間前話した通り」


「魔力は物質……大きさは十のマイナス十何乗メートルとかだろうけど、それでも形のあるもの……それを意識すれば。ピクシル、あと三つだけ頼める? コツが掴めそうなんだ」


 これで上手くいくかは分からないが、もしかしたら成功の兆しとなるかもしれないことに気付いた。ピクシルもボクの真剣さに笑みを零し、「分かったわ」と言って、今は妖精の村で作ってもらったらしい実体のある体の腕を振るう。


 ──魔力は形のあるもの。見るんだ、もっと深いところを。普通じゃ見えない、深淵を。


 閉じた目を開く瞬間、視覚に全意識を集中させる。


 すると、周囲が僅かに白いモヤが掛かったように見えた。その中に、三つの白い塊が浮かんでいるのが分かる。あれが、ピクシルの作った魔力塊だろう。


 右に一つ、左手前に一つ、あと一つは……上か。


 場所を確認し、ボクは剣を振った。右へ払い、手首を返して左に払う。


 少し腰を落として地面を蹴り、真上に振り上げた剣で三つ目の塊を霧散させる。勢いに乗せてそのままバク宙したのは、運動神経のいいルーシアの体ゆえに最近ハマっているカッコつけの癖が出ただけだ。


「ほー、遂に見えるようになったのね」


「魔力が物質だって考えてみたら、見えるような気がしたんだ。魔力は理を書き換えるもの……なら、ボクの視力も変えれるかな、って」


「ふぅん、あんたならではのやり方ね。じゃあ、第一段階は合格。次はそれを常に意識し続けて、無意識にでも魔力が見えるようになりなさい。そうすれば、感じることも難しくないから」


「分かった」


 ずっと視覚に集中するのは疲れるけど、まあこの世界で生き抜くには必要なのかもしれない。頑張ろう。


「ほら、あんた汗かいてるでしょ。部屋に戻って着替えとったら、お風呂行きなさい。その方が疲れもとれるわよ」


「そうだね……うん、そうする」


 実際、日本人としてもそろそろ風呂には入りたい頃だったのだ。


 今日まではルームメイトの三人にも、誰も入っていない時に入っているという嘘をまかり通してきたが、流石にそろそろ難しくなっている印象がある。


 だから、一度実際に入るのもアリだろう。


「よし、とりあえず部屋に戻ろうか」


 ピクシルの姿が消える。恐らく身体を収納魔法に格納したのだろう。収納魔法、便利だから使えるようになりたいものだ。


 部屋に戻る。誰もいないようなので、心の中で安堵の溜息を吐く。


 入口近くの押入れのうちボク専用のものの扉を開ける。中には服や日用品などが入っている。


 と言っても、中世のこの世の中だ。日用品は女子のよく使うもの──ボクが認識しているものに限る──のうち保湿液や乳液はあるが、他のものはこれと言ってない。もちろん、魔法でどうとでもなるから、その二つも必要ないが。


 トッ、トッ


 足音? 誰か帰ってきたのか? でも、いつも皆が部屋に戻ってくるのは六時過ぎ……特訓でだいぶ時間は経ったけど、まだ五時過ぎだ。早すぎる。


 違う部屋であるように、と祈ってみるが、悲しきかなドアノブが廻った。


 姿を見せたのは、アルミリアだった。


 さっきの安堵も束の間、すぐに心の中で落胆の溜息を吐く。押入れの扉を保持している左手に、つい力が入ってしまい、かなり古い木材がミシッと音を鳴らす。


「……アルミリアさん、いつもより早いですね。男子の相手はしなくていいんですか?」


「ええ。慣れてきたのか、向こうが飽きてきたのか。話を終えるのが早くなってまして。ルーシアさんは精が出ますね。ここ最近、毎日剣を振っているのを見かけています」


 ここって学園から見えるのか? いや、そんなはずはない。もしかして、アルミリアが男子共に捕まってるのって、寮の敷地内なのか?


 といった疑問が浮かぶが、とりあえずそれは脇に置いておく。そのうち聞く機会もあるだろう。


「この世界は強くないと生き抜けませんから。ではボクお風呂に向かうので」


 部屋を出ようとすると、アルミリアがボクの荷物を持っていない腕を掴んだ。


「以前、悩み事、相談してくださいと言いましたね」


 肩がピクっと跳ねる。努めて表情に出ないようにするが、もしかしたら少し出てるかもしれない。


「……言ってましたね、覚えてます」


「覚えてましたか。てっきり忘れてて何も言い出してくれないのかと思っていました……では、どうして相談してくれないのですか?」


 口を開くが、言葉にすることが出来ずにいる。ここで何かを言えたならば、そもそもこんな事態には陥っていないだろうが。


「……などという質問は、無粋ですね。私、少し自分を過信していたようです。あのように言えば、必ず相談してくれる、と。あなたは、普通の平民とは違うように思えます。権力を振りかざすのは好きではありませんが、私が誘えば大半の平民は言うことを聞くと思います。しかし、あなたはことごとくそれを断っています。何か、理由があるのですか?」


「……理由は、まあ、あるにはあります……けど、言うほどのものじゃないです」


「少し、お話をしませんか?」


 断る理由がない。


 ボクは仕方なく、アルミリアのその申し出を受け入れた。その意を伝えるべく、小さく頷く。


「では、ベッドをお借りしてもよろしいですか?」


 この小さな部屋に椅子などはない。その提案も受諾する。


 部屋の入口から見て、左側の下の段がボクのベッドだ。その上がアルミリア、部屋右側の下がパミー、上がチルニアという配置になっている。


 アルミリアの提案通り、彼女はボクのベッドに腰掛ける。そして、トントンとその隣を叩いた。


「お隣、座ってください」


 足が貼り付いたかのように重い。一度深呼吸をすると、少し動悸が収まって、足も軽くなった。それでもまだ重いが、無理矢理に動かしてアルミリアの隣に座る。


「ルーシアさんは、私達を避けていますよね」


 別に驚きはしない。露骨にそのような態度をとってきたのだから、アルミリアでなくとも分かるだろう。


「良ければ、理由をお聞かせ願えますか? 私は、あなたと仲良くしたいのです」


「……聞いて後悔しないで、下さいね。恐らく、ボクのことが愚かに見えますよ」


「もしそう思えたなら、私はあなたのいい所を探してその考えを自分で覆します。安心して、話してください」


 アルミリアはきっと強い子だ。こんなこと、簡単に言えないと思う。いや、相談してくれ、と言うことも、きっと難しいことだろう。人はそういった面倒事に首を突っ込むのは、なるたけ避ける生き物だからだ。


 アルミリアの強さに少し安心感を抱いたボクは、ポツリポツリと話し始める。


「……以前、ボクには家族や仲間が沢山いました。もちろん、ボクとの距離はそれぞれでしたが……そんな中、ボクの傍に居てくれる、居ようとしてくれる人は……ほとんどの人が、不幸の目に遭ったんです。悲劇のヒロインかよ、って自分でも笑えるんですけど、それでも、そうもボクの周りの人ばかりが不幸に見舞われていると、自分が……死神みたいなものなんじゃないか、って思えたんです」


 アルミリアはボクの話に何も言わず、ボクの横顔を見詰めながらたまに頷きながら聞いている。恐らく、半分以上誤解をしているだろう。何せ、ボクが話しているのは前世の話であって、ここでの話ではないから。それの説明はしようがない。


「だから、ボクは……近くに人がいることが、怖いんです。また誰かの不幸を見るくらいなら、一人がいいって思って」


 自分でも驚くくらい言葉がスルスルと出てくる。もしかしたら、前世でも誰かにこうやって相談していれば、ボクは救われていたのだろうか。


 そんな世界線があるのなら、ボクが幸せにしているのか見てみたいものだ。


「……きっと、たくさん辛い思いをしてきたのでしょうね。私には、測りきれないほどの」


 ボクの話に区切りがついたと分かったのか、アルミリアがそう零す。そして、少しの間を置いて続きを話し出す。


「その出来事は、きっとルーシアさんの心に大きな傷を残しているのでしょうね。私も……そばにいる人が傷つくことを想像するだけで、胸が苦しくなりますもの」


 そう、胸が──心が苦しいのだ。心というものがあれば、なのだが。感覚としては、胸がギュゥッと締め付けられるようなものだろう。呼吸もしにくくなる。


「私は、あなたの苦しみを全て理解することも、あなたの傷を取り除くことも出来ません……でも、あなたのそばにいても、不幸にならない存在になることなら出来るかも知れません」


「……不幸なんて、いつ訪れるか分からないもんですよ。ボクは死神なんです、明日死ぬかも知れませんよ」


「人はいつか死ぬものです。それに、その人にとって本当にそれが不幸なことか、分かりませんよ。ルーシアさんにとっては不幸なことも、その人が幸と感じるのであれば、話は別です……人間の悪い方の感じ方は、似通っているので中々そういったことは無いかもしれませんが」


 そんな希望的観測が出来るものなら、かなり救われるな。でも、それはきっとありえない。


 それに、そうだ。もしかしたらボクのせいで、ルーシアの村が襲われて、この前の魔物の襲来に対応することになったんじゃないか? そうだとしたらボクは──


「ルーシアさん」


「……え?」


 顔が柔らかいものと花のような香りに包まれる。アルミリアに抱き寄せられた。突然過ぎてちょっと頭の理解が追いつかない。


 しばらくすると、アルミリアの手が後頭部を上から下へとゆっくり撫でた。


 こうして、誰かに包んでもらうのはいつ以来だろう。ずっと、長いこと誰にもこうしてもらった覚えがない。もしかしたら、前世の幼稚園くらいが最後ではないだろうか。


「……あの、何して」


「落ち着きませんか? 私、親にこうしてもらうと安心するんです」


「まあ、はい、落ち着きますが……」


「辛いことは一人で抱え込むと余計に辛くなります。他人がそれに気付くのは、簡単な話ではありません。ルーシアさん、私は話を聞きますし、あなたを悲しませるような目には遭わせません。なので、私を頼ってください。あなたが例えどれだけ凄かろうと、一人の人間なのですから」


 こんな言葉、初めてかけられた気がする。少なくとも、前世でこんなこと、言われた覚えがない。


 目頭がジンと熱くなる。胸が温かい。きっと、友達とはこういうものなのだろう。ボクにとって、アルミリアが初めての友達かもしれない。


「……ありがとうございます。何だか、心が晴れた……感じがします。今まですみません、これからは仲良くなる努力、していきます」


「その言葉が聞けて、良かったです。私は貴族であり、このフェルメウス領を統べるアンダルド・スームド・フェルメウスの次女です。あなたはこの街の住民なのですから、私を頼ってください。ああ、いえ、やっぱり友達として! 私も友達というものは今までいなかったものですから、少しどうすればいいのか分からないのです」


「はは……あまり難しく考えない方がいいと思いますよ。お互いを信頼し合うのが、友達だと思いますから」


 お互いを信頼し合う、か。友達なんていなかったくせに、どの口が言っているのやら。


「そうですね。これから、仲良くしていきましょう。チルニアさんとパミーさんも一緒に」


 アルミリアが言うと同時に、扉が開いた。そして、チルニアとパミーが姿を見せた。即座にアルミリアとボクは離れる。まさか、聞いていたのか!?


「おかえりなさい、チルニアさん、パミーさん」


「あ、はい、ただ今帰りました!」


 チルニアが堅苦しく言うと、アルミリアは手を口に添えて上品に笑った。こういうとこ、やっぱり貴族なんだな、と思う。それに、どうやらチルニア達はさっきの話、聞いていなかったようだ。


「丁度いいですね。せっかくです、初めてこの四人で食事をしませんか? ルーシアさんには、聞きたいことが沢山あります」


 そりゃそーだわな。一週間前のこととか、一人称が変わったこととか、他にもあるだろう。


「ルーシアさんには、食堂の有料料理、好きなものを奢りますよ」


「なにそれズルい!」


「……じゃあ、あの肉料理食べたいです、一番高いやつ!」


「分かりました」


 よしっ。この世界に来て肉料理を食べてなかったから、久々に食べたかったんだよ。


「あっ……でも、その前にお風呂に入ってきていいですか? ボク、汗かいた後なので」


 アルミリアとの話で忘れていたが、せっかく思い出したので聞いてみると、三人は快く受け入れてくれた。一緒に入りたいという申し出は丁重にお断りしたが。

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