説得
街の喧騒は少し遠のく、ギルドマスターの部屋。
調度品の少ないこの部屋に、今現在ルーシアとフレイヤは訪れていた。
目的は、まだ冒険者の登録可能年齢に達していないフレイヤを、冒険者としてい登録してもらうための交渉だ。フレイヤと出会って昨日の今日であるルーシアだが、既に情を抱いていた。
ギルマス専用の少し装飾のある椅子に座るセルガストの正面に、机を挟んでルーシアが立つ。フレイヤはその背後にある応対用の長椅子に座っている。
「……ルーシア。俺の今のお前に対する印象、分かるか?」
低い声で、質問から切り出したセルガストに、ルーシアは数秒考えて答える。
「ギルド期待の新星?」
「間違いではない……ああ、間違いではないさ……ギルド全体の印象では、そうなっているだろう。だがな、俺個人の印象はこうだ──」
一度呼吸を整えたセルガストが、ワンテンポ間を作って続けた。
「厄介ごとを持ってくるか、厄介な依頼を受ける奴……言い換えれば、お前イコール厄介ごとだ」
「ひでえ!」
あまりの言い草にルーシアはいつもの丁寧語すら忘れて大声をあげた。
溜息を吐いて、天然だと思われるボサボサの、白髪混じりの灰色の髪をガシガシと掻いたセルガストは、一度フレイヤに視線を向けてからルーシアへと向き直る。
「今日はあの小童のことか」
「はい。単刀直入に言います。彼……フレイヤを、冒険者として登録してください」
「……年齢を聞かせてもらおうか」
「九歳だと聞いてます」
「……あと一年、待てないのか?」
「ボクも、事情はあまり理解してないんですけど……でも、お金が必要そうなので」
「はあ……どう誑し込まれたのかは知らんが、規則を破るのはお前だろうとできん。どうしても登録したいなら、一年待つんだな」
あっさりと突き返されてしまう。ルーシアはやはりダメなのか、と心中で歯噛みする。
「……ボク、フレイヤを見捨てたくないんです。フレイヤは、十分な魔法の才能があります! 武器の扱いだって、ボクが教えます! 戦い方を教えるのは学生時代に経験済みなので、大丈夫です! だから、そこをなんとか……!」
多分、無駄だろうと理解しながらも、ルーシアは情に訴えかける。ギルドは、冒険者の集まりということもあってかなり荒くれな印象はあるが、規則には厳しい団体だ。それを理解しているからこそ、規則を捻じ曲げた決定は簡単には下りないことも、重々承知していた。
「……構わんぞ」
「…………へぇ?」
セルガストの唐突に発した言葉を、ルーシアは数秒間咀嚼してやっと理解した。
「構わんと言った。だが、これは俺もかなりの危険を伴う決定だ。もしお前がその童を死なせたら、俺の首は違いなく飛ぶ。お前も同罪だ。だから……絶対に死なせない、守り抜く覚悟があるのならば、許可しても構わない」
セルガストの言葉が、徐々にルーシアの脳内に染み込む。許可が下りた。その事実にルーシアは飛び上がる心地だった。勿論、そんなことはしていないが。
「ただし、登録には条件を付ける。お前らの準備が整えば、試験を執り行う。それに合格すれば、正式に登録してやろう。それまでは仮登録だ。受けることのできるクエストは、Dランクまでのものとする」
Dランクで受けることのできるクエストは、低級ゴブリンや魔ウルフと言った、一部の弱いモンスターの討伐と、採集などの危険の少ないクエストだ。魔ウルフというのは、魔力を行使するウルフであり、普通のウルフ……日本で言う狼も普通に存在する。そいつらは基本、冒険者の討伐対象になることはほとんどない。
しかし、これでルーシアはフレイヤとパーティを組むことが出来るようになった。受けることのできるクエストのランクは低いが、それでも僅かなら収入が入るだろう。
「ありがとうございます、ギルマス!」
お礼を言うと、さっきからずっと緊張で硬くなっているフレイヤも、ルーシアの横に立って頭を下げた。
フレイヤと一緒に部屋を出ようとした時だった。
「ルーシア、ちょっと残れ」
「? ……フレイヤ、外で待っててくれ」
「はい」と返事をしたフレイヤを部屋から出して、ルーシアは扉を閉める。そして、手で近寄るよう招くセルガストに近寄る。
ルーシアは再びセルガストと机を挟んで立った。そして、セルガストは机の中から羊皮紙を一枚取り出した。クエスト依頼の紙だ。
「お前にクエスト……いや、調査を行って欲しい。対象は、ここに書いてある四人の冒険者パーティーだ」
「……この四人は? 違法薬物でもやってるんですか?」
「いや、違う。実を言うと、この四人はお前の連れてきた童の保護者のような立場にある。どうやら、何年か前に拾ったそうだ。童を育てるためか、かなり頑張って最近じゃパーティーランクがBに上がるまで腕を上げたんだがな……ここ数ヶ月、音沙汰がないんだ」
音沙汰がない、という言い回しに嫌な予感がしたが、セルガストの溜息の吐き方や雰囲気からして、存命であるということが察せられた。ルーシアは一度引き絞った頬の筋肉を緩める。
「……あの童の金が必要な理由は、こいつらにあるかもしれねえ。童をどうするかはお前の自由だが、こいつらの調査も兼ねてやってもらえないか?」
「……また面倒ごとを押し付けてません?」
「押し付けてるな、違えねえ」
「ふぅ……まあ、分かりました。フレイヤの裏には何かあるなと思ってたので、情報が掴めただけマシです。場所はスラムでいいんですよね? フレイヤはそこに住んでるって言ってましたし」
セルガストが黙って頷いたのを見て、ルーシアは面倒ごとをまた押し付けられたということに嘆息する。しかし、フレイヤの周囲問題を解決する糸口が早いうちに見つかったのは、僥倖かもしれない。
「じゃあ、フレイヤを鍛え上げるので、今日はこの辺でお暇します」
「ああ。調査クエストの件、頼んだぞ」
「フレイヤの特訓と兼ねるので、ボクのペースで進めていいのであれば」
「構わん」との了承を得たので、ルーシアはギルマスの部屋を出た。
扉横の壁にもたれかかっていたフレイヤがルーシアが出てきたことに気づいて、ぴょんと横に躍り出る。そして、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「ああ……うん、気にしないで。しばらくは仮契約で中々収入が入らないから、パーティーは組むけどボクが雇っているって形でやっていくから。フレイヤには、しばらくの間特訓をしてもらうつもりだしね」
「特訓、ですか」
「特訓です。怠けたら払うお金減らすよ」
「……特訓をつけてもらうのに、お金はフイがもらうんですか?」
「ボクは雇ってる身だからね。フレイヤを鍛えてボクは自己満足感を得る、フレイヤはお金を得る。ウィンウィンの関係だよ」
「う、うぃん……?」
「お互い好都合なことだよ。とにかく、しばらくはこの形態でやっていくから」
「が、頑張ります!」
フレイヤは理解しているのか分からないが、どうやら了承はしたようだ。
ただ、ルーシアがお金を払う理由は、これから先勝手に詮索することへの謝罪の意味が強かった。勿論、そのことはフレイヤには教えないが。
これと同時に、新たにラブコメを書き始めました
交互に更新できたら、と思っているので、ハイ転は火曜日に、ラブコメは金曜日に更新しようと思ってます