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曰く、其の少年は5000年駆けて街へゆく  作者: 過猶不及
第一部
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入学試験と悪魔の囁き

 ピスケ第三魔法学園の正門。多くの人の出入りを想定してか、見上げると首が痛くなるほど大きかった。その立派な入口は、門番が警備をしていそうな威厳を感じる。


 学校はへいで囲まれており、高さはダイスケの身長をわずかに超える。塀の上には、さらに鉄の柵が取りつけられている。お城かここは。しかし、門をくぐる人はみんな自分と同世代くらいの子たちばかりだ。間違いなく、ここは学校である。


「いよいよだね!」


「頑張ってな!」


「ああ、ありがとう。」


 今はちょうど登校時間。さきほどから、学校に入っていく者たちも登校中の人たちなのだろう。

 

 人通りが多い正門の前で、邪魔にならないように端に寄る。アマナツ・アマクサの2人が大介に激励を送る。これから2人はそれぞれの教室に行く。大介はこの正門が集合場所となっているため、ここからは別行動だ。2人は、もう1度別れの挨拶をして門をくぐってった。ときおり振りかええっては、大介に向かって手を振る。それに、にこやかに返す。


「入学したら寮生活ってのもいいなあ!」


「おー、随分と余裕ですねー。受かる気満々ー!」


 2人と別れ、守護天使と話しはじめる。幸いにも、今は周りに人が寄ってこなかった。心置きなく話せる。大介は、夢の学園生活に想いを馳せる。5000年間、自分の意思がぶれなかったことには驚くが、それだけ想いが強かったのだ。しみじみと思う。


 アマナツたちの家は、ピスケ第三魔法学園からほど近い場所にあった。そのため、2人は寮生活ではない。


 居候させていただくのは、本当にありがたい。そしてなにより、楽しかった。初めて家族の団欒というものを経験したのだ。家を出たいわけでは決してない。


 しかし、これ以上迷惑をかけるわけにもいかない。一応、ダイスケの生活費は、3000万フラムの内から出してはいる。あの家族のことだ。きっといつまでもいて良いと言ってくれる。生活費は出しているのだからと。きっと言ってくれる。


 ダイスケにとっての問題はそこではなかった。家族の団欒に割りこみ続けるわけにはいかなかった。優しさに漬けこむわけにはいかなかった。あと、純粋に寮生活というものに憧れがあった。たぶん、そっちのほうが大きい。


「当然! 2人に勉強教わったし。完っ璧だ!」


「でもー、たった5日じゃないですかー。しかも、昨日は試験に備えて頭を休ませるとか言って全く勉強してなかったしー」


「休みは大事だろ? おかげで、今俺は自信しかない!」


 これが俗に言う。テスト勉強を全くしてないと、逆に良い点が取れそうな気がするの法則か。初めての体験だ。5000年生きていても、初めてのことばかりだ。人生わからないものだ。

 

そんな、気楽なダイスケを凝視する瞳。切れ長な目は強い眼差しで大介をとらえる。太い眉毛の間には深いシワが寄っていた。その瞳は、門の内側にいた。人混みの中で1人。流れに逆らうように立つ人間。


「あいつが例の……!」


 その眼差しに気づくことができないほど、浮かれていた。


             ✳︎


 2人と別れてから30分が経過したころ。登校時間は峠を越えたようだ。門をくぐる人間は1人もいなくなっていた。一方でダイスケは、学園生活に対していまだに自分の想いを語っている。守護天使ももう「おー、へー、はー」と適当な返しになっていた。


「ダイスケ君かい?」


 見ると、眼鏡をかけた男が立っていた。髪の毛も整えられ、スーツを着用している。門から歩いてきたらしく、門に背を向けて立っている。どうやら、この男は先生のようだ。


「は、はい! 館大介17歳であります!」


 一応、敬礼してみる。試験というのは、こういう一挙手一投足を見ていると、守護天使が言っていた。そして、敬礼というのは相手への礼儀を表しているらしい。これほどまでに、わかりやすい敬意の表し方があるだろうか。


「ん? 大丈夫? 待たせてごめんね。じゃあ行こうか」


「はい! 一生ついて行きます!」


「これは君の今の実力を見るための試験だから、落ち着いて? じゃあ、今度こそ行こうか」


「おー、きもストーカーだー」


 先生の後ろをついていく。門をくぐると、一気に緊張感が増した。しかし大丈夫だ。いや、本当に大丈夫だろうか。勉強してないという気持ちが強くなってきた。先生の雑談も全く耳に入ってこなかった。おそらく全部無視した。


             ✳︎


 いつの間にか入っていた校舎。かすかに生徒の声が聞こえた。ふと見ると、授業をしているのだろうか。先生と思われる大人が、生徒たちと思われる少年少女に向かってなにかを言っている。よく見る。すると、黒板が目に入った。授業だ。なにをしているのか、その内容は意味がわからなかった。しかし、たしかに授業をしている。生徒たちは真剣だ。中には机にしている人もいるが。ダイスケは、ここにきてようやく自分が学校にいると実感した。


 さっきまでのぎこちなさは、どこかに行っていた。手を閉じたり開いたりしてみる。いつもどおりの挙動をみせる。もう大丈夫だ。ただ勉強はしていない。


 次第に生徒と教師の声はどこへやら。周囲は静かになり、人もいない。どうやら普段は使われていない場所のようだ。しかしながらもったいない。こんなに使われていない場所があるなら、生徒1人増えたくらいどうということはないだろうに。どうして試験なんてやるのか。


 案内された空き教室は、生徒が100人は入れそうな場所だった。


「広!」


 思わず声が漏れる。ここに1人とは贅沢な使い方だ。そしてやはり1人増えたくらい、どうということはないのではないか。もう合格でいいのだろう。


「ごめんね。これでも小さい教室を選んだんだ。でも、これが限界だったんだよ」


「あ、いや! 大丈夫です! 広いの好きですよ!」


 なんとも申し訳なさそうに言う。大介も、思わず言ってしまっただけで特別嫌というわけではなかった。気を遣わせたようで、大介のほうがむしろ申し訳なくなってしまう。


 席に案内される。広い広い教室の最前列。その真ん中の席に座る。そして、今日の一連の流れを説明された。筆記試験を行ったあと、闘技場に場所を移して実技試験をするのだそうだ。


 覚悟を決める。勉強はほぼしていない。実際、アマクサと遊んでしかいなかった。アマナツに何度睨まれたことか。普段はふわふわした印象の優しい姉系なのに、恐ろしく睨まれた。布団も何度も引っぺがされた。いつでも眠れるという空間に甘えて、昼寝をしすぎたのはたしかに悪かった。しかし、男部屋にズカズカ入るのはいかがなものか。


「いいかい?」


 先生の声で、意識を試験に戻す。気づけば、机の上には答案用紙と問題用紙。始まるようだ。制限時間は120分。一般知識が問われる。範囲は中等部から高等部のさわりまで。肩にギュッと力を入れてから落とす。


「ふぅ……よし」


             ✳︎


 試験開始から60分が経過した。案内をしてくれた先生は、今は試験管としてダイスケの様子を後方から見守っている。なるべく気が散らないように配慮してか、気配は教室の最後列から感じる。心なしか魔力も抑えてくれているようだ。よくできた先生である。


 さっきから、このようなことばかりを考えている。容姿とともに渡されたペンを、転がす。消しゴムの角をムダに使ってみる。


「全く分からん」


 答案用紙は白紙だった。名前だけ、ムダに丁寧に書かれている。何度も書き直したから当然だ。名前の上手さに点数が入るかもしれない。


 よく見渡せば、見覚えのある問題もいくつかあった。アマナツに教えてもらった問題たちだ。コネを使って、それとなく聞いてきたらしい。聞かれた先生も、どうせ基礎の基礎だしと教えてくれたと言っていた。しかしそんな懸命な援護も虚しく、昨日1日で全部抜け落ちていた。


 先生のほうをチラッと見る。最後列に座っていた。本を読みながらこちらの様子をたまに確認している。白紙の答案用紙を持つ人間のなにを確認することがあるのだろうか。わざわざ後ろまで移動して、自身の魔力まで弱くして気配を消している先生。今すぐ謝りたい。


「私が教えましょうかー?」


 天使による悪魔のささやきである。まさに地獄に仏もといテストに守護天使だ。つまりは、カンニングである。


「ダメだ、それだけは絶対ダメだ! 俺は正々堂々勝負する!」


 ヒソヒソ声で、自分に言い聞かせるように言う。正直かなりグラついてはいる。しかし、ここで答えを聞いてしまけば勉強を教えてくれたアマナツと時々アマクサに合わせる顔がない。必死でこらえる。


「でもこのままじゃ0点ですよー?」


「いやでも……」


「絶対バレないんだからー。いいじゃないですかー?」


「やっぱ駄目だ! あぶねえ!」


「これも1つの実力ですってー。守護天使というダイスケさんに備わった実力ー」


「くそ、ここに天使はいねーのか……!? 誘惑しかしてこない!」


 5000年間で鍛えられた忍耐力をナメてもらっては困る。こんな悪魔の囁きに惑わされるわけがない。いやしかし今回ばかりは。


「はい、そこまで」


「え……」


「あちゃー」


「俺もあちゃー」


 葛藤に次ぐ葛藤で、気付けば120分が経過していた。答案用紙には、綺麗に書かれた名前。他は白紙。ペンと消しゴムだけは酷使した形跡がある。ささやき戦術にと打ち勝った。それを差しひいても、まごうことなき0点だ。試合に負けて勝負に勝ったといった具合か。


 答案を受け取りに、監督の先生が近づいてくる。その顔を、大介は見れなかった。違う方向を向きながらその白紙の答案を渡す。先生の息を呑む声が聞こた。渡した紙がそのままの完璧な保存状態で返ってきたのだから当然である。


「これは……火で炙れば出てくるタイプのヤツかな?」


 先生渾身のボケ。なんとか空気を変えたいと思ったのか、本気でそう信じたかったのか。きっと両方だ。5000年生きてきたが、返す言葉が見当たらない。


「つぎは闘技場ですよね行ってきまーす!」


 ひと息で言い切ると、大介は逃げるようにこの教室をあとにした。先生の顔は最後まで見ることができなかった。せめて、別れの挨拶だけでもしておけば良かった。筆記があのレベルだ。実技は一体どんな無理難題が待っているだろうか。


「たぶん俺、落ちたあ!」


「ヒューヒュー!」


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