思考するイグゼレム
何故だ。どうして彼方から、逃す様に促す必要があったのだ。我々を焦らせ、思考を鈍らせる策だろうか。はたまた、
「どうするイグゼレム。今回の指揮は君だ。俺達は君の判断に従うよ?」
隣のエンズコウが声をかけてきた。落ち着いた風を装ってはいるが、その声からは少なからず焦りの色が窺える。彼は元々、魔導騎士団の団長を務めていたほどの人物。レオナルドで教師をやる前は、戦いの最前線に立っていた男だ。そんな男が、俺の判断に身を任せると言っている。いや、今回の試験での責任者は俺であるのだから当然なのだが。本来ならば、彼自身が今すぐに指揮をとり始めても何も差し支えないというのに。なんとも決まり事に忠実な男だ。
「生徒を逃すという行為は、当然、生徒を敵から引き離すという行為であるが・・・しかし同時に我々からも、生徒達が離れてしまう行為でもある」
「さっきの挑発は、“俺達から生徒を引き剥がす為の誘導だ“と言いたいのか?」
「“その可能性がある“と言いたいのだよ、エンズコウ」
すると、突然眼前に居た彼女が。先程から我々を挑発している、我々を取り囲んでいる集団のリーダーと思わしき女性が、右手をスッと挙げた。
「連絡するもしないも、貴方達の勝手だけど・・・それを待つ義理なんて私達には無いのよ?」
言い終わるが早いか。集団が一斉に中央に居る我々に向かって飛びかかって来た。恐ろしい速度で、我々との距離を縮める彼等は、巨大な黒い弾丸の様であった。
「ぐあっ!!!」
「くそっ!!!」
1人、また1人と、その弾丸に身体を突き飛ばされていく。先程まで背を他人に預ける様に固まっていた我々を、次々と引っ剥がしていく。
「チッ・・・」
舌打ちはエンズコウのものだ。そう気が付いた時には、隣にエンズコウの姿は無かった。一瞬にして、一対多数の状況。教師が、陣では無くただ1人の人間として、敵に囲まれている構図が瞬きすらも終わらぬ刹那の内に作り上げられてしまった。教師1人を、2から3人付いている。敵の総数は16。今此処に、見えるだけの人数ではあるが。
「おお、シイナだ。あとでサイン欲しいなあ」
「私語は慎めバカヤロウ」
シイナには2人か。どちらも男性、しかも若い。エンズコウに目をやると、彼は3人に囲まれていた。
「エンズコウ・・・やっぱり歳か? 資料程の動きはないな」
「油断禁物。堅実に行く」
「了解した」
声から推測するに、背の高い男性と小柄な男性、加えて最後に声を出したのは女性。やはりらどれも声が若い。
「エルジャーノ・・・写真よりイケメンだ!」
「はっ・・・! 確かに!!!」
「うっさい。真剣にやれ」
エルジャーノにも3人か。女性2人に男性が1人。異常にテンションが高いな。
「ウチらはメラリッチか」
「違うメリラッチ」
「ふふふ、分かりづらいもんねえ〜」
メリラッチを囲むのは女性が2人と男性が1人の様だ。
「ウルス・・・隠れた天才。噂通りか否か」
「まあ、焦らずに行こうぜ?」
ウルスには男性が2人。敵の中で一際大きな男と、中位の男だ。そしてやはり、若い。此処に居る敵の全てが。大柄な者達は、相応の低い声を発しているが、それでも熟年した大人の様な声帯を持つ者が1人として居ない。
俺の相手は、リーダー格の女性を含めた3人のようだ。、彼女を挟む様にして、腕組みをして立っている。
「・・・」
「・・・」
声を発さず、静かに此方を見下ろすその佇まいからは、百戦錬磨の達人の様な空気を感じる。少しでも目を離せば、その瞬間に決着が付いてしまいそうな緊張感。只者では無い。
しかし疑問だ。
「何故、俺に・・・?」
リーダー格の女性を挟む2人。今だに性別は分からないが、その体格から推測すると男性。そして彼等2人は、おそらくこの集団の中でもトップクラスの実力者。彼等から、僅かに漏れ出る高い魔力の質が、彼等自身の質の高さを匂わせる。
それに加えて、リーダー格の女性。彼女は何か、妙な感じがする。自身の内情を知られないように、掴まれないように立ち回っているような。本来の自分を隠しているのか。いや、第一彼等は人攫いをする集団だ。自身を隠すのは当然と言えば当然。しかし、今しがた聞こえて来た彼等の会話は、なんとも間の抜けた、彼等の素をこれでもかと表向きにしたものであった。それに比べて、彼女は。まだ測りきれない何かがある、そんな気がする。
そんな3人が、エンズコウでは無く自身に来ている事が、不思議でならない。何故、私をこれ程まで警戒しているのか。元魔導騎士団団長の彼では無く、何故。
「随分、俺を“重く“見積もっているな」
すると、両脇に佇む2人が口を開いた。
「忠告を、受けたもんでな」
「君を取り逃す訳にはいかないんだ」
やはり男性。若い青年の声だった。いや、そんな事より。
「取り、逃す・・・?」




