迫る決断の時
「取り、逃す・・・?」
イグゼレムは僅かな疑念を抱く。取り逃がすとはどういう事だろうか。“取り逃がす“など、まるで自身が捕獲対象であるかのような言葉ではないか。彼等の目的は、子供達の誘拐ではないのか。それとも、只俺達をこの場から離す訳にはいかないという意味だろうか。
直後、イグゼレムは自身を叱責した。考え過ぎるのは自身の悪い癖であると。イグゼレムは腰に引っかけてあった通信機器を手に取ると、口元に寄せた。通信機器からザッーという音が鳴った。
「緊急事態発生、プランAに移行せよ。繰り返す。緊急事態発生、プランAに移行せよ。以上、健闘を祈る」
「プランA・・・って、どういう意味なの?」
「貴様等に言うと思うのか・・・?」
「いいえ?」
顔面を覆う仮面により、素顔は見えない。しかし、リーダー格の女は何処か笑っている様であった。何の生産性も無い問いかけだ。余裕を見せつける為か、此方の様子を窺う為か。
「そう言えば・・・貴方言ってたわよね?」
女がフードを取った。長く艶やかな髪が、木々を吹き抜ける風に靡いた。
「必死だとか・・・気合いの入れようが窺えるとか」
此処で、イグゼレムは1つの失態を犯す。女の髪を靡かせた風により一瞬。イグゼレムは目を細めたのである。狭まる視界、割かれる意識。女が、その一瞬を見逃す筈も無かった。
気付けば、目と鼻の先に魔力の塊が迫っていた。鈍く光沢のある銀色の塊。そう、まるで銃弾の様な。
認識するが早いか。イグゼレムは首を捻りそれをかわす。銀色の銃弾は、鼻をかすめて背後の地面に着弾した。
傾けた首。顕になった頸動脈を的確に。女はいつの間にか手にしていた短剣を振り下ろしていた。今の一瞬で距離を寄せていた。どうやら弾丸は目眩しが目的であった様だ。イグゼレムは、短剣を腕で受け止める。魔力で硬化した腕である。大抵の武器攻撃ならば、皮膚が傷付くどころか相手の得物の方が致命傷を受けるだろう。
しかし、何というか。近付いたからこそ分かる。やはり、彼女は子供だ。コートによって隠されていた腕が僅かに表出していた。何と細く未成熟である事か。彼女が、自身の非力をその身軽さと魔力と技術その他の要素によって補い、二回りも大きな相手に戦っている事が分かる。吹けば飛んでしまいそうな見た目からは、想像出来ない程の力が、短剣から伝わって来る。気を抜けば斬られる。
「当然よね!? やっと来れたの、此処までやっと!!! そう、今回の仕事こそが私達の」
ゴスッという、音というよりかは振動に近い様な音が鳴ったかと思うと。イグゼレムは地面に顔面を叩き付けられていた。頬を殴られたのだ。辛うじて、顎への直撃は回避したが、強い衝撃に表情が歪む。
「熱、入り過ぎだ」
「ご、ごめん・・・」
助太刀、いや話を遮ったのか。彼女は確か、“今回の仕事こそが“などと言っていた気がする。どういう事だ。その言葉の続きは何だ。今回の仕事には、或いは今まで彼等が行ってきた仕事には、一体どういった目的があるというのだ。これまでの生徒誘拐には、ただ子供達を攫うという事以外に何か、目的があるのか。今回の襲撃でその目的が果たされる、又は果たされようとしているという事か。




