作戦開始
「まったく、あいつらは」
イグゼレムの、無線機を握りしめる手が緩む。眉間のシワを解いて、大きくため息をついた。さらに緩んだ指の間から、無線機がスルスルとすべり落ち、手から離れる寸前のところ。イグゼレムは、ふたたび無線機を握りなおした。
「まあ、そろそろ気も緩みだすころだよなあ」
横に目線を移すと、同僚のエンズコウが頭をかいていた。ツヤツヤと輝きがかった髪を腰まで流した男である。髪だけでなく、爪にまで光沢がある。よく手入れされているなと思いつつ、またため息をついた。
イグゼレムを先頭に教師が6名。右を見る者がいれば、左を見る者もいる。なかには、空を見上げている者もいる。足並みもバラバラに、一歩ずつ土を踏みしめて歩いていた。
試験が始まってから、すでに1時間半が経過した。その間、一切なんの事案も発生していないのだから、遊びはじめるのもわからないでもない。
「しかしあれだけ煽ったのに、もう効果切れとは……」
イグゼレムは額に手を置き、頭を左右に振った。
「頼もしいじゃないすか。今年の子たちは、なかなか肝が据わってるっすよ」
背後からメリラッチが右肩を叩いてきた。髪の毛をワックスで固めた男勝りな女性だ。耳にピアスを幾つもぶら下げ、両手にもゴテゴテの装飾品が施された指輪が無数にはめられている。今回の要人役である。人選はくじ引きとはいえ、最も要人からは遠い風貌だ。ただのパンチも致命傷になりかねない破壊力を有している。イグゼレムは右肩を撫でた。
「では……その肝を、そろそろ試すとしようか。先行して森に入った連中も、これ以上放置していたら、さすがに身体が固まってしまう。……敵役の動きが鈍くては、試験が締まらない」
イグゼレムは、手に持っていた無線機を腰の金具に取りつける。今度は、また別の無線機を腰の金具から外すと、口元に近づけていった。
「こちらT05AA101、イグゼレム。準備はできているか? 始める前によく筋を伸ばしておけよ。今年の生徒たちは、なかなか骨が太いからな」
「えー、こちらABZ723C1、ザーミオン。もちろん準備はできておりますよ。とうの昔にでき終わってますとも。筋も伸ばしすぎてビロビロであります」
ノイズとともに、張りのある女性の声が響く。イグゼレムの顔に緊張が走った。辺りを見渡すまでもなく、この場の教師全員の顔が強張っていることか容易に想像できた。眉間にシワが深く刻まれる。目を細め、注意深く無線機を眺めた。
「ザーミオンは男だ。貴様は誰だ」
「これはこれは、しくじってしまったわ。でも、初対面とわかっているのに“貴様“なんて酷いじゃない」
「誰だと、聞いている……!」
女性の飄々とした口振りに、イグゼレムはイラ立ちを隠さなかった。額に汗が滲む。周囲も、静かに無線機を見つめていた。
「強いて言うなら、しがない人攫い」
イグゼレムが、顔をあげた。目線を、右に左にと勢いよく動かす。なにかの気配がする。動物ではない、人の気配であった。教師の周辺を囲むように生えている木々の、後ろからだ。
「囲まれている」
「なんだと!?」
「あら、気付いちゃった?」
無線機のノイズが響かない。鮮明で生々しい声が耳に届いた。女性の声が、上から聞こえた。見上げると、木々の上から次々と人影が現れた。黒いマントに身を包んだ、人間の形をした何かが。イグゼレムたちを真ん中に据えて、円になって木の上に並んで立っていた。
「ずいぶん隠れるのが上手いじゃないか、人攫い……!」
握りしめた無線機が、メキメキと音を立てる。ついには真っ二つに割れてしまい、ガラガラと地面に崩れて落ちた。
「よろしくね、レオの先生たち」
ご覧いただきありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします。
一度にたくさん文字書ける人すごくないですか!? だいたい1500前後で時間的にも精神的にも集中力が切れてしまうのですが。たくさん書ける人、すごくないですか!?




