親友の言葉
「時間となった」
場所はレオナルド魔導学院の正門前で、時は午前8時30分。目の前にいる30人の生徒は特に列を成すこともなく、疎に集まっている。それでいて、声を発した教育者に対して一様に正体しており、目線をちらつかせることはなかった。
「危険を知りながら、それでも試験に挑む君たちを、私は誇りに思う」
これから始まる試験は、すべて見せかけだ。彼らは、この試験を受けると、ここに立った時点ですでに、合格は決まっている。そのことを胸に秘めつつ、イグゼレムはこれでもかと厳かに口をひらく。
「今回行うのは、とある要人の護衛だ」
実際は、“とある要人“など存在しない。いるのは、要人に扮した教師だ。つまり、護衛などする必要がない。よって、命の危険などというものはありはしない。
「たかが試験で?」
生徒から飛んできたのはもっともな意見であった。国内有数の名門校とはいえ、生徒の進級試験に要人の護衛など、依頼する方も受ける方もどうかしている。彼らはまだ芽吹いたばかりの子どもなのである。
「あちらは、私たちを充分に信頼してくださっている」
質問者を一直線に見つめ、それ以上は聞くなという雰囲気をそれとなく漂わせる。ふと視線を移すと、アルストが訝しげな表情を見せていた。
「その要人てのは誰だ?」
「守秘義務がある」
アルストは勘が鋭い。あまり内容に突っこみすぎると、かえって疑いを強めてしまうだろう。なんて卑怯な言葉なのだろうと、イグゼレムは心の中でぼやいた。
「それにこの試験中、君たちが依頼者に会うこともまずないだろう。依頼者の周りは私たち教師陣で堅める。君たちには外側の警護をやってもらうつもりだ」
「外側!? そんなもん1番危険じゃないか!」
少しだけ、生徒の間にざわつきがたった。敵は、たいてい外から攻めてくる。最も早く、敵と対峙するのは外側の人間ということになる。
「私たちが要人から遠く離れるわけにはいかない。それはあちらの意向でもある。申し訳ないが、そうするしかない」
“あちらの意向“と言われてしまえば、それまでだ。「そんな……」という声が聞こえる。イグゼレムは、心が痛む気持ちを抑えるように眉間にシワをよせた。
「命の危険ってのは、誇大広告ではなかったってことか」
スペラーダミュは、手を顎に当てる。
「その要人さんも、俺たちのことは“オマケ“くらいの認識なんじゃない? 捨て駒ってやつだ」
「生徒を捨て駒扱いとは、ずいぶん面の皮が厚いようだ。がぜんその面拝みたくなった」
「じゃあ、生きて帰らないとねー。キショい顔してるよきっと」
「俺は、捨て駒だろうがかまわない。こんな経験、めったにできるものじゃないからな」
周囲の空気を気にせずにしゃべる者など限られる。この場においては、ドロップとアルストだ。彼らはこんな時でも平常運転の様子だが、今日はスペラーダミュも彼らの会話に加わっているようだ。スペラーダミュは誰にでも等しく接する男だ。しかし、対するアスルトはそうではない。アルスト側が彼を無碍にしないところを見ると、普通に仲が良いようだ。
「気持ちの整理はついただろうか。棄権する者は、いつでも申し出なさい。引き止めはしない」
再び、ふるいにかける時がきた。内容を知り、覚悟が揺らぐ者が必ず出てくる。案の定、1人2人と場をあとにする者が出てきた。うつむきながら、うなだれながら、彼らは重い足取りで帰っていく。イグゼレムは引き止めない。彼らの決断もまた、なにが重要かを天秤にかけた結果なのだから。最終的には6人減り、残る生徒は24人となった。
「では、護衛の内容を説明する」
今回の護衛は、要人を国外に連れていくことが目的であること。そのルートは、あらかじめ設定してあること。加えて、キンリン王国の南部から国を出る手筈になっており、国を出ればまた次の護衛部隊と落ちあう約束をしていることなどを、次々に伝えていった。
説明を一通り終えて時計を見ると、出発をしなければならない時間になっていた。イグゼレムは時計から目を外すと、周囲をぐるりと見渡した。大きく息を吸いこむ。
「『頭の良い者は、総じて疑り深いものだ』……」
これまでの厳かな雰囲気はいったん忘れることにした。これからいう言葉は、普段の雑談となんら変わらない口調で話そう、そう心に決めた。
「……これは、私の無二の友がよく言っていた言葉だ。この言葉に、私は何度してやられたかわからない…………少しの気の迷いが、一瞬の判断を鈍らせる。警戒は適度に、ときには己の直感が正しいこともある」
片時も忘れたことがない。当時のことは今でもおもい出ことが容易にできる。今では、どこにいるのか。なにをしているのかもさっぱりわからない、親友の言葉である。しかし不思議と、また会いたいとは思ったことがない。会ってしまえば、イグゼレムたちにとって不都合が起きることを、彼自身は知っていたからだ。
「健闘を祈っている」
生徒の気概をしるための、大がかりな芝居がはじまる。要人役の教師を、教師が囲み、そのまわりを生徒で被う。強襲してくる敵もまた、教師である。変装をして、黒いコートに身を包んでやってくる。生徒たちは緊張の色を隠せていない。普段は、太々しい者でも、どことなく強張りを感じとれる。空は曇天。恐怖心を煽るにはちょうどいい灰色だ。
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