怪物は優しい家族に拾われる
馬車に揺られるのは初めてだった。風よけの屋根が取りつけられているので、寒さがない。中々快適だ。
「改めて、俺はハッサク」
男性の名前は、ハッサクというらしい。ハッサクは今、馬を操っている。肩越しにチラリと荷台を振り返るにとどまった。
「そこにいる、年食ってるのが妻のキヨミだ」
一瞬、顎を“そこ“を示すように動かす。すかさず、キヨミがその顎にパンチを見舞った。けっこうな角度で顎に入っていた。重要な馬の操り手が一瞬落ちかけたので、馬車も左右に揺れる。
「で、私がアマナツ。君と同じ17歳だよ。こっちが1コ下のアマクサ。よろしくね!」
すかさず姉のアマナツが父親の代わりに紹介を続けた。中々フォローが早い。手練れのようだ。
大介は、森から出て近くの街に向かう途中だった。茂みを掻きわけようやく道に出たところ。偶然にも出くわした盗賊たちから4人の家族を助け、お礼に街まで馬車に乗せてもらえることになったのだ。幸運だ。
「こちらこそ。わざわざ乗せていただき、ありがとうございます」
深々と頭を下げる。
「かたいなぁ。べつに、私たちも街に戻る途中だったんだし。君には助けられたんだから、もっと気楽にしてくれて良いんだよ!」
大介としては、これといって大仕事をやった感じがない。見ず知らずの男を乗せてくれる。しかも身なりは我ながら最悪の男だ。どうしても申し訳なさが勝ってしまう。
「しっかし! ダイスケは本当に強いな!」
いまだ興奮冷めやらぬアマカサは、目を輝かせいる。
「んーそうかあ? アイツらが弱かっただけだろ?」
「いやいや、彼らはここら辺では有名なA級犯罪集団だ。強いはずだよ?」
話を聞いていたらしい、父ハッサク。依然として顔は前を向いている。
「でもAってたしか、アルファベットの1番最初っすよね。じゃあ1番弱いんじゃ……」
「「え……」」
大介は、ハッサクの言葉にただ答えただけだ。なのに、もの凄い驚きの目で見られた。「なにいってんのこいつマジか」みたいな感じがひしひしとと伝わってくるようだ。
姉であるアマナツが、咳払いをした。
「犯罪者には、4つの指名手配レベルがあるの。下から順にC・B・A・X。その中でもXは別格で世界的な犯罪者だから、A級となるとかなりの凶悪犯なんだ」
「へ〜」
「A級ともなると、懸賞金は1000万を超えるんだぜ!? コザブーモ一味は、コザブーモに2000万。一味全体では3000万がかけられてるんだ! すげーだろ!?」
今話題に上がったコザブーモ一味。今はこの馬車の後ろに繋がっている。当然、馬車内にはいない。動けないようにロープでグルグル巻きにして馬車の後ろにくくりつけられ、引きずられている。皆一様に気絶したままでいる。大人しいものだ。彼らを指差しながら、なぜか自慢気に話すアマクサ。大介の脳裏に、また新たな疑問が浮かびあがった。
「3000万フラムってどのくらい凄いの?」
まず『フラム』がわからない。しかし、お金の単位であろうと予想はできた。なので、3000万フラムの規模を教えてもらいたい。思えば今まで、前世も含めてお金を使ったことがない気がする。遥か昔のことで、もうほぼ覚えてはいないが。これが、3000万円だとしても想像がつかない。
「え…?」
まただ。あの微妙な空気だ。この雰囲気は、本当に耐えられない。今まで耐えてきたどんな空気とも、また違った怖さがある。ただ、1つ違う点といえば。
「流石に、冗談だよね?」
と、さっきはギリ黙っていたであろう言葉が、もはや漏れでてしまっている。フラムについて聞かなくてよかった。大介は心底安堵した。
「さ、3000万フラムだと。ん〜……それなりに良い家が1軒建つくらいかなあ?」
少し動揺しながらも、父ハッサクは親切に教えてくれた。顔は見えない。
「おー、良かったっすね!」
「いや、その3000万フラムは君のものだよ!? 君が倒したんだから」
「あ、たしかに……ありがとうございます!」
本当にただ通りすがりに殴っただけ。というほぼ通り魔みたいな自分に、いきなり家1軒建つくらいの大金が手に入った。驚愕のあまり、感謝をする。なんでも良いから、感謝しないとやっていられない心情だった。大介は、完全に舞いあがっていた。
「感謝するのは、こっちのほうなんだが」
「ねえ。ダイスケ君は……その。あまり、あまりよ? その、知識的なのが……」
笑顔で答える大介。表情は見えないが、声が明らかに動揺しているハッサク。その会話を聞き、妻であるキヨミが恐る恐る話しかけてきた。
「ああ俺、人里離れたところで暮らしてたので」
一応、事前に考えていた返答をする。考えておいて良かった。
「そうなの。じゃあ、街に行っても住む場所を見つけるだけで、大変じゃない?」
「あああ確かに! どうしよう!」
急に深刻な顔になり、キヨミをマジマジと見る。そこまで考えていなかった。とにかく街に出るという一心でここまで来た。街に出てそのあとどうするかというのは、学校に行く以外には別段考えていなかった。
「なら、私たちの家に来ない? もちろんダイスケ君が良ければだけど……」
「え!? いやでも……」
「そうだね。3000万も持って、右も左も分からない子が1人は苦労するだろう。街で騙されでもしたら大変だ」
聞いていたらしいハッサクも頷きながら賛同する。周りを見ると、その他の3人も同意するように頷いていた。
「いやいやあ、大丈夫っすよ? そんな馬鹿じゃないっすよ〜」
こんな得体の知れない男を家に泊めようとは、どれだけお人好しな家族なのだろう。自分よりも、彼らのほうが騙されたりするのではないだろうか。とりあえず、3000万フラムあるのだ。なんとかなるだろう。きっと、なんとかなる。なぜなら、3000万フラム持っている。家が1軒建つ。
「……まあ、君さえ良ければだが」
「なに今の間は! え!? 俺バカじゃないよね!? ねえ!?」
周囲に話しかける。全員と目が合わない。完全に逸されている。意図的に逸された目と、沈黙は肯定を意味していた。そんな中、アマナツが「えっとね?」と沈黙を破る。
「馬鹿というかね? その、一般常識がね? その、なんというか。まあ、うん。欠落してるというか」
「『欠落』してんのかい。ちょっと濁してくれてたのに。最後の最後で我慢できなかったよ。てか、我慢もしてなかったよね!? 普通に『欠落』って言っちゃてたよ!?」
「本っ当にごめんなさい」
深々と頭を下げるフォローの姉アマナツ。しかし、すぐに自分の非を認めたということは、本当に申し訳ないないと思っているということ。言いかえれば、本気で大介を非常識人間だと思っているということ。すぐに騙される子だと思っているということ。大介にしてみれば、そこは笑って冗談にして欲しかった。
「優しさが滲みるねぇ……」