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曰く、其の少年は5000年駆けて街へゆく  作者: 過猶不及
第一部
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怪物は優しい家族に拾われる

 馬車に揺られるのは初めてだった。風よけの屋根が取りつけられているので、寒さがない。中々快適だ。


「改めて、俺はハッサク」


 男性の名前は、ハッサクというらしい。ハッサクは今、馬を操っている。肩越しにチラリと荷台を振り返るにとどまった。


「そこにいる、年食ってるのが妻のキヨミだ」


 一瞬、顎を“そこ“を示すように動かす。すかさず、キヨミがその顎にパンチを見舞った。けっこうな角度で顎に入っていた。重要な馬の操り手が一瞬落ちかけたので、馬車も左右に揺れる。


「で、私がアマナツ。君と同じ17歳だよ。こっちが1コ下のアマクサ。よろしくね!」


 すかさず姉のアマナツが父親の代わりに紹介を続けた。中々フォローが早い。手練れのようだ。

 

 大介は、森から出て近くの街に向かう途中だった。茂みを掻きわけようやく道に出たところ。偶然にも出くわした盗賊たちから4人の家族を助け、お礼に街まで馬車に乗せてもらえることになったのだ。幸運だ。


「こちらこそ。わざわざ乗せていただき、ありがとうございます」


 深々と頭を下げる。


「かたいなぁ。べつに、私たちも街に戻る途中だったんだし。君には助けられたんだから、もっと気楽にしてくれて良いんだよ!」


 大介としては、これといって大仕事をやった感じがない。見ず知らずの男を乗せてくれる。しかも身なりは我ながら最悪の男だ。どうしても申し訳なさが勝ってしまう。


「しっかし! ダイスケは本当に強いな!」


いまだ興奮冷めやらぬアマカサは、目を輝かせいる。


「んーそうかあ? アイツらが弱かっただけだろ?」


「いやいや、彼らはここら辺では有名なA級犯罪集団だ。強いはずだよ?」


 話を聞いていたらしい、父ハッサク。依然として顔は前を向いている。


「でもAってたしか、アルファベットの1番最初っすよね。じゃあ1番弱いんじゃ……」

「「え……」」


 大介は、ハッサクの言葉にただ答えただけだ。なのに、もの凄い驚きの目で見られた。「なにいってんのこいつマジか」みたいな感じがひしひしとと伝わってくるようだ。


 姉であるアマナツが、咳払いをした。


「犯罪者には、4つの指名手配レベルがあるの。下から順にC・B・A・X。その中でもXは別格で世界的な犯罪者だから、A級となるとかなりの凶悪犯なんだ」


「へ〜」


「A級ともなると、懸賞金は1000万を超えるんだぜ!? コザブーモ一味は、コザブーモに2000万。一味全体では3000万がかけられてるんだ! すげーだろ!?」


 今話題に上がったコザブーモ一味。今はこの馬車の後ろに繋がっている。当然、馬車内にはいない。動けないようにロープでグルグル巻きにして馬車の後ろにくくりつけられ、引きずられている。皆一様に気絶したままでいる。大人しいものだ。彼らを指差しながら、なぜか自慢気に話すアマクサ。大介の脳裏に、また新たな疑問が浮かびあがった。


「3000万フラムってどのくらい凄いの?」


 まず『フラム』がわからない。しかし、お金の単位であろうと予想はできた。なので、3000万フラムの規模を教えてもらいたい。思えば今まで、前世も含めてお金を使ったことがない気がする。遥か昔のことで、もうほぼ覚えてはいないが。これが、3000万円だとしても想像がつかない。


「え…?」


 まただ。あの微妙な空気だ。この雰囲気は、本当に耐えられない。今まで耐えてきたどんな空気とも、また違った怖さがある。ただ、1つ違う点といえば。


「流石に、冗談だよね?」


 と、さっきはギリ黙っていたであろう言葉が、もはや漏れでてしまっている。フラムについて聞かなくてよかった。大介は心底安堵した。


「さ、3000万フラムだと。ん〜……それなりに良い家が1軒建つくらいかなあ?」


 少し動揺しながらも、父ハッサクは親切に教えてくれた。顔は見えない。


「おー、良かったっすね!」


「いや、その3000万フラムは君のものだよ!? 君が倒したんだから」


「あ、たしかに……ありがとうございます!」


 本当にただ通りすがりに殴っただけ。というほぼ通り魔みたいな自分に、いきなり家1軒建つくらいの大金が手に入った。驚愕のあまり、感謝をする。なんでも良いから、感謝しないとやっていられない心情だった。大介は、完全に舞いあがっていた。


「感謝するのは、こっちのほうなんだが」


「ねえ。ダイスケ君は……その。あまり、あまりよ? その、知識的なのが……」


 笑顔で答える大介。表情は見えないが、声が明らかに動揺しているハッサク。その会話を聞き、妻であるキヨミが恐る恐る話しかけてきた。


「ああ俺、人里離れたところで暮らしてたので」


 一応、事前に考えていた返答をする。考えておいて良かった。


「そうなの。じゃあ、街に行っても住む場所を見つけるだけで、大変じゃない?」

「あああ確かに! どうしよう!」


 急に深刻な顔になり、キヨミをマジマジと見る。そこまで考えていなかった。とにかく街に出るという一心でここまで来た。街に出てそのあとどうするかというのは、学校に行く以外には別段考えていなかった。


「なら、私たちの家に来ない? もちろんダイスケ君が良ければだけど……」


「え!? いやでも……」


「そうだね。3000万も持って、右も左も分からない子が1人は苦労するだろう。街で騙されでもしたら大変だ」


 聞いていたらしいハッサクも頷きながら賛同する。周りを見ると、その他の3人も同意するように頷いていた。


「いやいやあ、大丈夫っすよ? そんな馬鹿じゃないっすよ〜」


 こんな得体の知れない男を家に泊めようとは、どれだけお人好しな家族なのだろう。自分よりも、彼らのほうが騙されたりするのではないだろうか。とりあえず、3000万フラムあるのだ。なんとかなるだろう。きっと、なんとかなる。なぜなら、3000万フラム持っている。家が1軒建つ。


「……まあ、君さえ良ければだが」


「なに今の間は! え!? 俺バカじゃないよね!? ねえ!?」


 周囲に話しかける。全員と目が合わない。完全に逸されている。意図的に逸された目と、沈黙は肯定を意味していた。そんな中、アマナツが「えっとね?」と沈黙を破る。


「馬鹿というかね? その、一般常識がね? その、なんというか。まあ、うん。欠落してるというか」


「『欠落』してんのかい。ちょっと濁してくれてたのに。最後の最後で我慢できなかったよ。てか、我慢もしてなかったよね!? 普通に『欠落』って言っちゃてたよ!?」


「本っ当にごめんなさい」


 深々と頭を下げるフォローの姉アマナツ。しかし、すぐに自分の非を認めたということは、本当に申し訳ないないと思っているということ。言いかえれば、本気で大介を非常識人間だと思っているということ。すぐに騙される子だと思っているということ。大介にしてみれば、そこは笑って冗談にして欲しかった。


「優しさが滲みるねぇ……」


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