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曰く、其の少年は5000年駆けて街へゆく  作者: 過猶不及
第二部
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またな

 朝のホームルームが終わり、みんな自室へと戻っていく中、アルストは教室のベランダにいた。柵に肘を乗せて頬杖をつきながら。ドロップがよくやるように、空を眺めていた。考えごとをしているのだ。雲ひとつない秋晴れ。照りつけることなく差す陽光は、心地いい。

 さきほど、イグゼレムに言われた「今日1日は休養日として身体を休めろ」という言葉。つまり明日の試験の内容は、身体を動かす系であるということか。命の危険をともなうとも言っていたことからも、実戦的ものである可能性が高いと、アルストは考えていた。


「これで筆記だったらドロップは必死だな」


 ドロップは、座学面での成績が壊滅的であった。下から数えれば、最も初めに名前を連ねる男であった。上から数えていたのでは、埒があかない男であった。明日の試験が筆記だった場合に備えて、部屋に戻って勉強をするのだそうだ。きっと今頃、机に伏していることだろう。

 明日にはお別れになるかもしれない。今日のうちに挨拶しておくかと、アルストは口角を上げた。


「アルストは、部屋に戻らないのか?」


 ベランダへと通じる扉は、開かれたままであったため、声をかけられるまで気がつかなかった。振りかえると、スペラーダミュがこちらに笑みを浮かべて立っていた。

 彼は、このクラスの学級委員長にして、3年生の学年会長も務める男である。誰にでも分けへだてなく接し、その対象はアルストやドロップといった集団の輪から若干逸れてしまっている者たちも例外ではなかった。その爽やかな見た目と、真面目で平等な性格から、男女問わず人気が高い人物である。

 アルストは身体を反転させると、柵に寄りかかり、スペラーダミュを見た。190センチメートル以上あるために、イヤでも見下ろす形になってしまうが、顎は引けていた。


「お前こそ。ジョロクレイはどうした……?」


「べつに、いつでも一緒にいなくたってあいつは暴れたりしない。今は部屋で寝てるよ」


「そうか? “あれ“を操れるのはお前しかいねえから、部屋まで一緒なんだろ」


 スペラーダミュは、ジョロクレイという少年といつも一緒に生活していた。ジョロクレイは、野生味の溢れる性格をしており、褐色の肌と八重歯が光る少年であった。つねに猿ぐつわをはめ、両腕を後ろで縛り、目隠しをしながら過ごしている。初めこそ、アルストも何事かと驚いたが、今となっては慣れてしまった光景だ。

 スペラーダミュは、身体を少しそらすと、アルストの隣に移動した。すると、柵に両肘をつき、まっすぐ外を眺めはじめた。アルストは柵に寄りかかったまま、目線だけスペラーダミュに向ける。


「なあ、アルストはこの試験受けるのか?」


 軽い口調であったが、アルストは眉をひそめた。


「話し合いは、禁止じゃなかったか?」


「話し合いじゃない、ただの雑談だ」


 ものは言いようだ。真面目なわりに、解釈のぎりぎりを攻めている。雑談と話し合いは大きく違う。アルストも、話し合いならばしてやる義理はなかったが、雑談となればまた違う。


「受けるに決まってるだろ」


「イグゼレム先生の話だと、内容まではわからなかった。けど、9割以上は死ぬ可能性があることだけは、なんとなくわかった。それでも受けることに迷いはない?」


「べつに確率の問題じゃねえんだ。その9割は、単に下位9割なんだからな」


 スペラーダミュがまっすぐな瞳をアルストに向ける。この男の前だと、どうにも調子が狂ってしまう気がする。真摯な人間には、真摯に向きあわなくてはならないという気持ちになってしまう。雑談だって、本来ならば受けない。「てめえで考えろ」とでも言いかえしてやるのがつねであった。アルストは、目線を目の前の壁に移した。


「100人の中から10人が選ばれる時、その10人は上位10人から選ばれる。よっぽど力が均衡していないかぎり、ランダムで選ばれることはねえ」


 チラリとスペラーダミュに目線を移すと、バチッと目があった。この男は、目を見て話すということを実践しすぎている。目を逸らすということを知らないのではないかとすら思う。アルストは、また壁を見つめなおした。


「実力があれば生きる、なけりゃ死ぬだけだ。なんの迷いも不安もねえよ」


「たしかにそうだな」


 言いながら、瞳がようやくアルストから外れたことを、横目で確認する。


「お前は?」


「受けるよ。俺の目的も目標も、この試験の先にしかないからな」


 妙な間も、震えもなかった。迷いなど一切ないといった様子であった。


「本当に雑談だったな」


 アルストが微笑をこぼすと、スペラーダミュは片肘をついたまま、今度は身体ごとアルストに向けた。


「だから最初に言ったろ。……明日、正門の前でな」


 なんとも爽やかな男なのだろうか。自分がいかにも青春なことをする時、ほぼ確実にこの男が絡んでいる気が、アルストにはしていた。


「まず朝メシで会うだろうな」


「せっかくのいい感じを。それを言ったら、もうすぐ昼食で会うだろ」


 アルストは、ほんの僅かに口角を上げると、寄りかかっていた柵を押して身体を起こした。


「またな」


「ああ、また」



 この調子でいくと、試験で50話くらいかかりそうな気がする。下手するともっとかかるか……? もちろん、ダイスケたちもしっかり出てくるのですが、主人公が主人公ぽくない感じで進みそう。

 ご覧いただきありがとうございました。感謝しかないですね。逆に感謝以外、他に何もないです。

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