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曰く、其の少年は5000年駆けて街へゆく  作者: 過猶不及
第二部
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試験前日の朝

 ざわつく教室は、いつも通りの風景であった。どれほど優秀な生徒が集まったとしても、騒がしさだけは変わりようがない。それは、このレオナルド魔導学院でも同じであった。この3年生の教室には、ツバキをはじめとした、国内でも選りすぐりの人材が集まっている。しかし今日に限ってはひとつだけ、いつもと違うところがあった。ホームルームが10分早く始まったのだ。


「つねに10分前行動を心がけているお前たちには、頭が下がる。いつもより早く始めても、こうして皆が席に着いているんだから、畏れ入る」


 担任であるイグゼレムは、微笑しながら頭を掻いた。担任が話しはじめるとピタリと話が止んだ。担任の雰囲気がいつになく神妙であることに気がついたようだ。生徒たちの顔が引きしまっていくのを彼は感じた。


「お前たちが優秀であることに疑いの余地はない。ただ……もし、ひとつお前たちの足りない部分を挙げるとすれば……いや、すまない。この日“になるとどうしてもな? いつもとは違う風になってしまう。……なにせ、今日の決断が、お前たちの人生を左右する分岐点となるんだから」


「どういうことですか……?」


 恐る恐る声を出したのは、ルーム長と学年会長を務めているスペラーダミュであった。様子をうかがうようにこちらを見ている。


「……前置きはこれくらいにしよう。もう1分半も経ってしまった。本題に入る」


 ほんの少し眉をひそめるスペラーダミュの顔が、視界に見切れる。あたりまえだ。今の発言は、回答になっていない。だからこそ、彼は早く本題に移ることにした。


「突然だが、明日進級試験を行う」


「は……?」


「え……」


「……今、なんて……?」


「4年生への進級試験だ。もちろん、対象はお前たち3年生。明日の朝8時半に……」


「いやいやいやいやいやいや! ちょっと待ってください! 俺たち、進級試験なんて聞いてないっすよ!?」


 止んでいた話し声がいっきに弾けた。生徒たちは、進級試験の存在を知っていたどうか、周囲に確認を始めた。自分だけが知らなかったのか、聞き逃していたのかと。その表情は不安と驚きで一杯という感じだ。

 イグゼレムはわざとらしく大きなせき払いをした。すると、またピタリと話が止み、一斉にコチラに向きなおった。

 

「聞いていないのは当然だ、言っていないからな。……己の真価というものは、緊急時にこそ発揮されるものだ。この試験では、お前たち自身の真価を見せてほしい」


「内容は……?」


「いい質問だ、スペラーダミュ。だが、それはまだ教えられない。……ただ、どういう試験かは、教えておかなければならない。今日は“そのための“日だからな」


「言ってる意味がわからねえ……さっさと本題に入らねえのか? 時間ねえんだろ?」


 さっきの「1分半も経ってしまった」という発言から、時間に追われていることを察したのだろう。あいかわらず口調は荒いが、アルストは人の話をよく聞く少年だ。


「知ってのとおり、4年生の少なさは3年生の比ではない。現4年生は10名にも満たないが、1年前まではたしかに100名以上が在籍していた。残りの90余名は、すべてこの進級試験によってふるい落とされている」


「4年生は8名。去年の3年生は115名いたはず……つまり、合格率でいえば7パーセントにも満たないということ」


「ツバキはなんでも知っているな。そんな数覚えてどうする」


「いちおう、私はこの学校の代表者として出ることが多いので」


 苦笑いを浮かべるイグゼレムに対して、ツバキは凛とした姿勢を崩すことなく、なんとも平然とした態度であった。イグゼレムは軽く教室を見渡すと、再び口を開いた。


「ツバキが言ったように、この試験はかなりの難関といえる。加えて……」


 イグゼレムは、一度口を閉じる。舌で乾いた唇をなめると、小さく息を吸いこむ。


「この試験には、命の危険がともなう」


 息を呑む音が、喉仏が上下する音が聞こえた気がした。見開かれた瞳には、戸惑いと恐怖が映って見えた。

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