ターゲット
男が指した場所は、ピスケを囲む山々の一角であった。キンリン王国の中でも、比較的広く面積を占めるピスケ。国の最南端に位置しており、南側の大森林地帯を除いて山々に囲まれる穏やかな街である。
男の発言に関しては、みんな受けいれている様子であった。その光景からは、男に対する信頼がうかがえる。しかしその中で、1人腕組みをしながら静かに聞いていた男が口を開いた。
「凄く自信があるみたいだけど、もしハズレだったらどうするんだ?」
静かで落ち着いた口調であった。その者の名はロンユといった。癖のない綺麗な前髪は長かった。顔面の上半分をすっぽりと覆っており、その瞳を隠してしまっている。21名いるこの集団の中において、実力的にいえば3番手にあたる。当然、発言力もなかなかのものである。
そんなロンユも男のことは信頼していた。しかし、万が一が存在するのである。男の根拠を疑うわけではない。失敗した際の救済は存在するのかがロンユは気になった。その発言を受けて、男は穏やかに笑ったあとに口を開いた。
「良い質問だロンユ君。もし外れたら、その時はターゲットをピスケの生徒に変更しようと考えている」
「『ピスケの生徒』って。そりゃまた大きく“格“を下げたな。良いのかよピスケなんかで」
「リストにはピスケの生徒の名はひとつもなかったはずだ。それに、もとはレオナルドの生徒だぞ? 代用するにしても厳しいと思うが」
ここにきて、ようやくトリトルテとアンチミュートが衝突なく意見した。いや、この2人だけではなく、ロンユをはじめとしてこの場の全員が、初めて男の発言に大きな疑問を抱いたのである。その証拠に、静かであった場にざわつきが広がっていた。
「…少し前まではそうだった」
怒鳴るでもなく、まして大きな声でもなかったが、男の声はよく通った。優しく流れる川のように。誰に邪魔されるでもなく。場の中心を通っていった。場はふたたび静けさをとり戻した。
「最近、気になる者が2人、ピスケ第三という学校に入ったのだよ。そうだろう、ロンユ君?」
「あ、ああ。確かに最近、毒を使うコタロウっていうのと、身元不明のヤクっていうのが入って来たみたいだけど……」
「コタロウっていえば、オイプロクスの毒使いだったよな。転校してたのか?」
「ああ。毒使いなんて珍しいからマークしてたんだけど。この前の“競技大会“では大した成績じゃなかったようだし、もともと彼は評判があまり良くなかったから、リストから外してたんだ」
競技大会というのは、全国高等部魔法選手権大会のことである。通称、エルストレガとも呼ばれている由緒ある魔法の祭典だ。キンリン王国内で毎年開催され、高等部生徒のみでつちかった魔法の技を競う。ヤクとコタロウもエルストレガに出場しており、1回戦で闘っていた。
「ヤクっていうのも、身元が分からない転入生って事でマークしてたけど、こっちも大した実績は見受けられなかったというか、寧ろ成績はなかり悪いみたいだ。」
ロンユは、情報収集を主に担当している。これまで攫ってきた生徒たちも、ロンユの偵察を基盤として選定されていた。
「おいおいマジかよ。先生はいったいどうしちまったんだよ。こんな奴らを代わりになんかできるわけねぇだろ」
「いや、そうでもない。そのヤクという少年、あのバーモントと引き分けたそうだ。……だよな、ロンユ君」
話を振られたロンユは、首を傾げる。
「たしかにそうだけど……バーモントは、ピスケの学校に特別講師として呼ばれた際に闘ったってだけですよ? 本気なわけないだろうし」
率先して情報を集めている自分だからこそ、彼らが選別されるのは納得ができなかった。
「いや、あの男に手加減などという高等なことはできない」
バーモントとは、国おかかえの精鋭部隊である、魔導騎士団において、二番隊隊長を務める男だ。筋骨隆々の武闘派で、“拳聖“の異名を持つ男。その実戦による功績の数々から、若くして隊長にまで上りつめた。精鋭部隊の中でも選りすぐりの実力者である。
「聞いた話では、それは『興奮する闘い』であり、『目で追えない闘い』であり、『良い勝負』であったそうじゃないか。傍目にそう見え、しかも引き分けたというのなら、きっと本当に引き分けたのだろう。あいつはそういうやつだ」
「その話が本当なら、そりゃ代わりになるわな。じゃあコタロウは?」
「そのヤクとコタロウは、さきの競技大会で闘っているのだよ。そして、コタロウが敗れた」
「なるほど。コタロウの実力は私たちの予想しているよりも高い可能性があるということか」
「トリトルテは話が早い」
「ふん。アンチミュートとは違うからな!」
「あ? てめぇも“リスト“に入れてやろうか!?」
「やってみろアンチミュート! どうせ明日には忘れてるだろ!」
また始まる2人の喧嘩に、周りはもはや全く意に解す様子がない。実際、ロンユもだいぶ慣れてしまっている。口を挟むつもりは毛頭なかった。
2人のいがみあいをよそに、男は地図の上に数枚の写真を並べはじめる。男も、2人を止める気はサラサラないようだ。並べられていく写真にはまだ若々しい少年少女の顔が写っていた。しかしそのどれも、被写体はカメラを見ていない。ロンユが撮ってきた写真だ。
「ここまで話した内容は、あくまでもスケープゴート、ただの代わりだ。ここからは、明日のメインターゲットの話だ」
置かれた写真は合計5枚。少年が3名と少女が2名である。男は、左はしから順にターゲットの説明をはじめた。
「まずは、3年の学年会長を務めるスペラーダミュ。彼は人望・実力共に高く、悪いうわさを全く聞かない」
写真には、男女複数人に囲まれ、爽やかに笑う少年の姿が写されていた。いかにも太陽の元に生まれた人間といった感じである。
「次に、魔導騎士団一番隊隊長ベルを師に持つドロップ。この年にして既に『待雪』の異名を持つ有望株だ」
「学業成績には難ありだけどね」
写真には、空を見上げながら、ニコニコと胡散臭い笑みを顔に貼り付けた少年がひとり写っていた。この年にして、雲を眺める余裕があるということなのだろうか。
「そして、目隠しされ手を後ろで縛られ、猿ぐつわもされている彼が、ジョロクレイ。基本的に、スペラーダミュと行動をともにしている。」
「共にしてるっていうか、連れられてる」
「犬かあ?」
「何度見ても慣れない絵面だな」
写真には、スペラーダミュに引きづられているジョロクレイの姿が撮られていた。足付近がブレているので、足をバタつかせていることが見受けらる。なにやら抵抗しているらしい。
「次は、モデルとしても活躍しているカリンミラー。彼女は、その人気もさることながら狙撃と治癒魔法の腕前は目を見張るものがある」
指差した写真は、これまでのものとは少し系統が違かった。
「雑誌の表紙撮ってきたろ、それ」
アンチミュートも指差す写真に写っていたのは、ばっちりお化粧されたカリンミラーの儚げな表情のアップであった。上にタイトルが表示されているので、確実に雑誌の表紙である。
「まあ、知らないほうがおかしいな」
そう言いつつトリトルテは、その写真を覗きこむようにまじまじと眺めはじめた。
「そして最後。天才少女、灼熱の“ツバキ“。実力は言うまでもなく、その名は異名と共に他国にも轟いている。」
写真には、長い黒髪を携え涼しい表情で剣を振るう少女の姿が写されていた。刀剣からは炎が出ており、辺りには火の粉が舞っていた。
「この5人は、今回の最注目対象であり要注意人物であり、捕らえるべき最低限の人材だ。この他にも、優秀な者が何人も在籍している。最終目標はその場の生徒“全て“を“生きて“捕らえることだ。それを決して忘れるな」
その発言からはこれまで以上に。もしかしたら彼らが男と出会ってから今までで最も強く圧倒的な意志を感じた。その気合いに、ロンユを含めた20名は即座に「了解」と言わざるをえなかった。
ご覧頂き、誠にありがとうございました。
名前を考えるのはとても難しいですね。特に意味もなく思い付きでつける時もあれば、色々と考えてつけてみたりと、いつも悩まされます。今回の話では中々多くの名前が出て来てこんがらがると思われますが、、、、どうか見放さないで頂きたいです。




