怪物は優しい家族を助ける
ピスケの街へ続く道がある。枝道はなく、1本道が続くので、迷うことがない。道は舗装こそされていないが、中央に間を空けて、土が剥き出しになっていた。何度も車輪が行き来した形跡だ。中央には、少しだけ雑草が生えていた。
道の脇には、草木が乱立している。そこは、いわゆる並木道であった。小動物たちが道に顔を出しては引っ込める。
普段は、小動物しか生息していないこの場所において。動物ではない、人間の叫び声が響いた。
「きゃあああ!」
「やめてくれえ!」
コザブーモ一味は、ここらでは有名な盗賊だった。構成員の数は10人で、全員が男。その中でもひときわ大柄な男が、頭である。コザブーモという男だ。とある事件がきっかけで、今では正真正銘の指名手配犯となった男だ。そんな彼率いる盗賊団が、今まさに無防備にはしっていた1台の馬車を取り囲んでいた。
馬車には馬が2頭と人間が4人いるようだ。おっさんが1人、馬の手綱を握っている。おそらく父親だろう。狼狽えながらも、逃げるタイミングをうかがっている。そのほかの3人は、屋根つきの荷台で腰を抜かしている。息子と娘と思わしき子ども。もう1人は母親だろう。絵に描いたようなザ・家族といった感じだ。
「うるせぇ! 『叫んだって誰も来ねぇ』って言ってんだろが!」
頭であるコザブーモがイラつきながら、怒鳴りをあげる。父親にズカズカ近づくと、瞬時に首ねっこをつかむ。徐々に持ちあがっていく父親を見て、他の3人は「やめて!」と叫んだ。五月蝿かったので、もう片方の手で、顔面を殴りつけた。いまだ、首ねっこは掴んではなさい。
「おっさんは売れねぇが……臓器はあるだろう?」
その言葉に震えあがった様子だ。彼らを見ながら、仲間たちは面白がって笑っている。賑やかなやつらだ。コザブーモも軽く鼻で笑う。
「まさか、酒飲みじゃあねぇよなあ? 健康体じゃないと、売れねぇぞ?」
口角をつりあげる。身長は2メートルを超え、筋骨隆々な身体。大柄な男の不適な笑みに、獲物の顔は強張る一方だった。
「何してんだ?」
不意に、道の脇から声がした。男子の声だ。男性というには若い。少年といったほうが妥当といった感じだ。そんな声が、一本道の前でも後ろでもなく。脇から聞こえてきた。家族も含めて、その場の全員が振りかえる。
「何だテメェ」
立っていたのは、やはり少年だった。そして、不思議なことに半裸であった。しかも、かろうじて履いているズボンはボロボロ。ズボンといえるかも怪しい。いや、もはや布のようななにかだ。年齢は、16歳から18歳といった感じか。
「俺のことより、お前らがなにをしてるのか聞いてるんだ」
「見りゃ分かるだろ? 就職先を紹介してやってんだ」
手下の1人がそう言うと、周りはクスクスと笑い出す。たしかに間違いではない。かなり噛みくだいた表現だが。
「にしては、嫌がってないか?」
「あ? 嫌がってねぇよ。なあ?」
手下が家族たちに問いかける。その威圧的な声に家族4人はビクリと震え、そのまま固まってしまった。
「な? 否定しないだろ。おたがいの合意の上だよ」
「いや、絶対嫌がってんじゃん。なんでウソつくの」
食い気味にかえしてくる。この少年は中々命知らずのようだ。
「てか頭。コイツよく“見たら“、魔力がゼロですぜ?」
「なに?」
盗賊たちが、一斉に少年のほうを凝視する。コザブーモ以外は、短いスコープを方目に装着し始めた。コザブーモはただその目でジッと少年を見ていた。魔力感知を行っているのだ。
そして、一旦の沈黙のあと。
「ぷ……」
誰かが噴き出したのを契機に、盗賊たちが一様に嗤いだしたのだ。
「どおりで気配に気づけなかったわけだ!」
「マジかよこいつ! こんな憐れなやつは見たことねえ!」
「ギャハハハハ! 嘘だろお!?」
腹を抱えて笑いだす者。笑い転げる者まで。突如として笑いに包まれた馬車周辺。しかし一方で、そのボロボロ少年は指差しながらボソボソとなにかを言っている。
「コイツらなんで笑ってんだ?」
独り言のようだ。コザブーモは顎を上げながら、少年に近づく。口角は片方だけ上がっており、バカにする表情をつくる。実際、彼はバカにしていた。少年と並ぶと、ひときわコザブーモの巨大さが目立つ。
「なんと憐れな少年か。上はなく下はボロボロ。しまいには、誰もいない空中に話しかける始末だ」
顔を近づける。鼻と鼻が触れる距離だ。少年は少し苦い顔をしていた。どうやら嫌なようだ。
「生きる価値はあるのか? この先、貴様には一体なにが待っている? これはせめてもの情けだ。ひとおもいに殺してやろう。どうせ生きてても良いことなんてないだろう!?」
豪快に口を広げて嘲笑う。
「良い見せしめだ。お前ら、つぎ騒いだらどうなるか。見せてやる」
腰にしていた短剣を抜く。刃渡りは40センチほど。短剣をギュッと握りこむ。すると、短剣が光り、白いユラユラとしたものが、炎のように揺れている。
「これは魔道具の1種でな。力を込めれば鋼鉄だろうがたちまちミンチよ」
ボロボロの男の顔面めがけてその短剣で斬りかかる。
「え……」
ヒュンと風を切る音がした。短剣は、少年頰をかすめる。少年は驚きの表情を浮かべ、開いた口が塞がらない。声も出ない。それを見ていた手下の盗賊たちはやっちまえと騒ぎたてる。
「なにビビってんだあ? 今のはただの脅しだぜ? 本番はこっからだ!」
ふたたび、短剣で斬りかかる。いまだに少年は驚いた表情だ。この場の誰もがこの少年の人生は終わったと感じた。居合わせた家族たちは目をつぶる。
「遅すぎる……」
「あ?」
言い終わるが早いか。少年は短剣を寸前でかわす。瞬間でコザブーモの太い腕をすり抜け、懐へ入った。コザブーモは、目だけが動いた。目しか動かせなかった。身体が反応しない。脳への電気信号がいまだに完結していないのだ。目からの情報は、まだ脳にも届いていなかった。
少年が懐に飛びこんできた。とわかった瞬間、少年の拳が自身のみぞおち打ちこまれた。込みあげるものを抑える術がない。
「がはあ!」
食らったコザブーモはそのまま飛んでいく。巨大は馬車を横切り、道の遥か前方に向かっていく。身体が地面についたあともまだ転がる。ザザッと地面を擦りながら転がり、次第に摩擦によって静止した。
✳︎
「「はぁ!?」」
盗賊たちは、馬車の向こう50メートルほど先。仰向けで倒れているコザブーモを見て一斉に声を張った。家族たちの声も含まれていた気がする。
「あんまり遅いから、なにかあるのかと思ったのに。まさか、お前ら魔力を隠していないのか!?」
「な、なに言ってやがんだコイツ!」
「魔力隠しなんてする意味ねぇだろが! 魔力は力だ! 誇示してナンボだ!」
「おい、どういうことだ?」
少年の名は、大介という。そして、今問いかけているのは守護天使という。大介の補佐役だ。姿形はない。大介自身も守護天使の実物を見たことはない。しかし、声は聞こえる。聞こえるのは大介だけだが。
「『知らないですー』じゃないだろ。お前なんでも知って……ん?……そうか、そう言うことか。つまり、お前らは……」
他人からすれば、長々と激しい独り言を繰り広げるように見える。みんな、不思議そうな奇妙そうな表情を浮かべていた。しかし、大介そんなことには気付かない。盗賊たちを見渡す。
「弱いってことだな」
「「な、なんだとテメェ!」」
大介の発言は、血気盛んな盗賊を刺激するなのには充分すぎたようだ。叫ぶと、盗賊たちは一斉に向かってきた。さっき殴った大男と同じような短剣を抜いている。
「俺たちは! 泣く子も黙るA級犯罪集団コザブーモ一味だ! 頭を倒したからって調子に乗るな!」
「なあ。『A』ってアルファベットの1番最初だよなあ?」
「そうですねー」
守護天使は大介に同調しているみたいだ。少し、呆れた感じがするのは気のせいだろう。大介はまた拳をつくる。
骨を砕く様な鈍い音とともに、次々と1撃で倒されていく盗賊たち。家族たちの様子を横目で確認する。もれなく口を大きく開けたまま固まっていた。いつまで固まっているのだろうか。
そしてあっという間もなく。立っている者は一瞬にして最後の1人となってしまった。
「お前で最後か」
「く、くそお!」
振りかざされた短剣を払うと、顎にアッパーを与える。手下は上空に打ち上げられる。
「強いのもいれば弱いのもいるよなそりゃ。最初の人には悪いことしたなあ。ちょっと強めに殴っちまった」
フゥと息を吐くと、パッパッと手を払う。
「つええ! あんためっちゃ強いなあ!」
見ると、同い年か少し下くらいの少年が立っていた。なにやら興奮している様子だ。
「こら! 先にお礼を言う!」
女性がその少年の頭を叩いた。おそらく母親なのだろう。歳は30代後半くらいか。対して叩かれた息子は「分かってるよ……」と不満気にグチをたれている。間もなく、その背後から今度は父親とおぼしき男性が現れる。
「本当にありがとうございます。君のおかげで、本当に助かった!」
深々と頭を下げて礼をされる。とてもむず痒い。
「いやいやそんなそんな。偶然たまたま通りかかっただけなので」
なにも大したことはしていない。ただ絡まれていたから助けただけだ。実をいえば、いつぶりかもわからないくらい久々に見た人間にテンションが上がって話しかけただけだ。守護天使の「ちょちょちょちょちょちょー!」という言葉を無視して特攻しただけだ。
いまだに頭を下げている男性を見る。なにか、申し訳なくなってくる。大介は肩を掴むとそのまま上半身を持ち上げた。ただ、力が強かったのか。男性は「ぐわ!」と変な声を上げた。
「す、すいません!」
大介は、とっさに肩から手を離す。さらにいたたまれなくなってくる。
「じゃ、じゃあこれで」
苦く笑いながら、その場を立ち去るために歩きだす。
「いやしかし、なんと礼をしたらいいか……てあれ!?」
歩き始める大介に気付き、母親が声をあげる。
「行ってしまうの!?」
「はい、え! 慰謝料ですか!?」
ビクリと身体を揺らすと、同時に走りだす体勢を整える。持ちあわせがないのだ。逃げるしかない。
「なんでそうなるの!? ……せめてお名前だけでも教えていただけないかしら?」
よく見ると、母親と父親は顔を見合わせている。困惑しているようだ。自分と同い歳くらいよ子どもたちは「さっきあんなにカッコ良かったのに……」と肩を落としている。
どうやら上半身を力強く起こした件は大丈夫なようだ。特別疲れているわけでもないので、本当にお礼などどうでも良いのだが。好意は受けとらなくては損だ。
「俺は大介。17歳。好きな食べ物はチョコレート。嫌いな食べ物は熱い物と辛い物。食べてみたい物はラーメン・ハンバーガー・フライドポテトとあとは…」
「ああああめっちゃきたわよあなた! 予想よりめっちゃしゃべるわ! もっと寡黙な人かと思ってた!」
「うん。俺も『名乗るほどの者では……』みたいなこと予想してた」
「食べ物の情報多くね?」
急に騒がしくなった。さっきまで襲われていたことがウソのようだ。すると、今度はこれまた大介と同年代くらいの女性が話しかけてきた。
「きっとお腹空いてるんだよ。君は、どこに行こうとしてるの?」
「街です街。とにかく街。そこで俺は、学校に行きたいんだ」