胡散臭い男
試合が終わり、ダイスケは闘技場の通路を歩いていた。
「本当に良いんですかー?」
「良いの良いの。相手の本気も見れし。それに、もうあいつより強いのは居ないんだろ?」
身体は健康そのもの。傷ひとつない。
「まぁー、そー言われてるようですねー」
「ならもう良いよ。満足したし」
「えー……ていうかー、無傷をどう説明するんですかー?」
「確かに!」
もうすぐピスケ第三の仲間たちに会ってしまう。それまでになんとか案を考えなくてはと急速に頭を回転させるダイスケであった。
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都会が最も華やぐ時間となった。陽は隠れ、街が日中の暖かさを徐々に失っていくにつれて、都会が都会になっていく。健康優良児は皆、家に着き明日への英気を養っている今日このごろ。ここ、レオナルド魔導学院では明日の英気のことなど毛ほども考えていない生徒たちの姿があった。
今日の昼間、エルストレガの2回戦が行われた。前年も前々年も優勝を勝ちとっていたツバキは当然、第1シード権が与えられ、今日が記念すべき初陣であった。
当初、ツバキの対戦相手と予想されていた名門オイプロクス第一魔法学院2年のコタロウが、まさかの1回戦で敗北。そして、コタロウを倒して勝ち上がってきたのは、ダイスケというどこの馬の骨とも知らない男であった。
出身校もピスケ第三魔法学園という、聞いたことはある程度の学校。情報も全くもって出てこない。目立った成績どころか、目立たない成績すらも見受けられなかった。この男をナメずして、一体誰をナメられようか。
結果として、勝負は無事にというか順当にツバキが勝利しだわけだが。当のツバキは大した傷もつけていないのに、どこか晴れない笑顔を魅せるばかりであった。前人未到の3連覇への期待がかかるツバキに群がる取材陣も早々に潜りぬけてしまった。帰って早々に、寮の自室へと消えていってしまった彼女の様子を見て、彼らは思った。今日の敵は、予想していたよりも遥かに強かったのではないかと。
万が一、そうではなかったのだとしても。ツバキの態度からは、労わざるを得ないなにかが感じることができた。そこで彼らは急遽、ツバキ初戦突破おめでとうサプライズパーティーを開催することを決めたのである。
去年も一昨年も、初戦など勝って当たり前の空気をツバキ自身も周囲も感じていたため、行われることなど考えられもしなかった祭典が、ついに今年開催されようとしていた。
思いついてからは早かった。その初速度たるや凄まじく、エリート校の名に恥じぬ動きであった。ツバキと同じ1組の生徒が中心となって集まり、食堂を即座に貸切にする。食堂の人たちを抱きこみ、夕食の時間と献立を工面してもらった。どこからともなく持ってきた装飾品を、いたる所に貼りつけていった。今自分がなにをすべきか、その場の全員が理解して動き、作業は滞ることを知らない。惚れ惚れする身のこなし。設営は1時間もかからなかった。思い立つまでに2時間かかった。
現在、夜の19時半。普段に比べれば少し遅いが、メシ時は外していない。普段から、誰かが呼びに行かなければ、食堂へ来ないツバキである。なにも怪しむ様子はない。過去には、誰も呼びにいかずそのまま食事時を逃してしまったことすらあるのだら。バレないようになど考えるだけ思考のムダ使いであった。
レオナルドの女子寮は男子禁制。使いふるされた言い方をすれば、女子達の秘密の花園だ。そんな花園が、今日はいつになく静かだった。普段なら誰かしらが共同スペースで談笑を愉しんでいるのだが、こと今日にかぎっては1人もいなかった。どの部屋の明かりもついておらず、みんな外出しているようだ。
静まり返る花園に、独り残っている者がいた。その女性の名はツバキ。じゃっかん18歳にして“灼熱“の異名を持ち。魔導騎士団という国の精鋭部隊にすでに内定を決めた才色兼備の権化である。
そんな彼女が、部屋の電気もつけずにベッドに仰むけで倒れている。その表情は、自身の腕で隠れて拝む事は叶わない。口角が下がっているので、笑っていないことはたしかだ。
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コンコンコン
ドアが3度鳴るのが聞こえた。ベッド横に、枕と並ぶように置かれた木製の小さな本棚がある。その本棚の上に備えてある時計を覗くと、針は19時35分を示していした。何時からこうしていたのだろう。目は暗がりに慣れてしまっていた。
「ドロップだ。開けてくれない?」
そんなことをボーッと考えていると、ドアの向こう側から声が聞こえた。男の声であった。男はドロップと名乗り、痺れをきらしたかのように、ドアを開けるよう催促した。
ツバキにはその声にも名前にも聞き覚えが充分にあった。大きく息を吸い込み、続けて長く吐く。ツバキはベッドから這いでると、ドアへと向かった。
ドアを開けると、そこにはアルストほどはないがそれでも長身の、髪の毛を真ん中で分けた男が立っていた。胡散臭い笑みを顔に貼りつけた男だ。
「よう。なんで電気つけないの?」
ドロップは、てのひらをこれでもかと大きく広げて挨拶をしてきた。その目は綺麗な弧を描いている。やはり胡散臭い、というか性格が悪そうだ。
「昨日に引きつづき、珍しい人が来るのね。一応ここ女子寮なんだけど」
「まま、良いじゃんか。メシの時間呼びに来ただけだから」
ドロップは、レオナルド魔導学院の3年生。アルストとは入学当初からの仲であり、アルストにとっては唯一友達と呼べる存在だ。なにを考えているかが全く読めないニコニコポーカーフェイスの持ち主で、ツバキにとっては、実はアルスト以上に苦手意識を抱く存在であった。
「『今日はお前が行け』だってさあ。自分で行けばいいのに」
ポーカーフェイスが、顔を顰めているとわかる程度に崩れていた。その表情に、ツバキはほんの少しだけ、彼への苦手意識がやわらいだ気がした。
「ふふ……きっと煽りに煽っておいて私が勝ったから悔しいのよ。いい気味だわ」
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煽りとはまさにこのことをいうと言わんばかりだ。なんとも顎の上がった言い方である。そしてタチの悪い事に、嫌な言い方をしているという事実に、おそらく本人は気付いていない。そんな口振りにドロップは苦く口角を上げながら、乾いた笑いをした。
「君は、アルストにだけは当たり強いよね。その表情を周りはもっと知るべきだと、俺は思うね」
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どこか癪にさわる言い方であるが、ツバキはそれをグッと飲みこむ。しかし声には出さなかったが、顔にはバッチリ出ていたようで。ドロップはそんなツバキの顔を指さして、「それそれ、その顔だよ」と笑った。この男もまた、ツバキの扱いが雑寄りは人物である。
ツバキはさらにムッとした表情を見せるが、ドロップは臆することなく笑いつづけていた。最終的には、ツバキはドロップから顔を背け横目で相手を見る体勢をとった。
「当たり前よ! まず第一、エレストレガを控えているのに暴力沙汰を起こすなんて考えられない!」
ツバキは、なにも相手がアルストだから怒っているわけではなかった。エルストレガは長年続く由緒正しい競技大会である。しかも年に一度しか行われず、出場者も学校全体としての代表者が2名だけという、選ばれるだけでも名誉なことなのだ。
そんな名誉に、あろうことかアルストは同級生とのいざこざで泥を塗ってしまった。しかも、喧嘩を売ったのはアルストからというのだから言い訳できない。
もともと決定していた出場権は当然白紙。1週間の謹慎処分と、反省文の提出。授業料等の特別援助さえ、1部取り消されるという散々な結果となった。アルストの頭の良さと姿勢の良さだけは認めてなくもないような気がしがしなもなくもなかったツバキも、こればかりは全く救いようがないと呆れてしまった。
そんなツバキの言葉を聞いたドロップは、なにを思ったか腕組みを始め、首を傾げた。ツバキもそれを見て首を傾げる。一体この男は今の話の何に引っかかったというのだろうか。なにも間違ったことは言っていないのに。と心の中でもう1度自身の発言を復唱してみるが、やはり間違いはないと確信する。
「なに?」
すると、ドロップはツバキに向き直る。そして、小さく口を開け息を吸い込むと「いやね?」と前置きをして話しはじめた。
「アルストって基本的に弱いやつになんか興味ないじゃん?」
ツバキは言葉を詰まらせる。まじまじとその長身の男の胡散臭い顔面を見上げる。ドロップは「でしょ?」とでも言いだけに軽く頷く。ツバキは顎に手を置くと、考える姿勢に入った。よくよく考えればたしかにそうなのである。アルストという男は、売られたケンカは買う野蛮人である。しかし、彼自ら自身よりも格下と考えている相手にケンカを売る真似は決してしない。逆に、自身よりも強い者には信じられないほど噛みつくのが普段の彼だ。
「気が立ってたんでしょう、きっと」
言いつつも、ツバキはそんなことは有りえないと思っていた。なにを隠そうアルストは常に気が立っているからである。気が立っていることがデフォルトの男に、その時はたまたま機嫌が悪かったは通じない。加えて、百歩譲って普段であれば、そのケンカも起きることがあるのかも知れない。しかし起きた時は、大事なエルストレガの直前である。
「俺も、ずっと一緒だったわけじゃないから、全部は知らないんだけど……」
今回、サブキャラをメインに話を進めてきました。
個人的に今回のお話のキャラクター達はけっこうお気に入りなのですが、このままだと主人公が主人公でなくなってしまう恐れがあるというジレンマ。
一応今までのサブキャラ達は、その後も考えてはいるのですが…。というかむしろサブキャラ達のお話の方が重厚に考えてしまっています…うん。
まだまだ続く予定ですので、よろしくお願いします。
2022年5月15日加筆