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曰く、其の少年は5000年駆けて街へゆく  作者: 過猶不及
第一部
32/78

誰の為の闘い

 分身の刀が次々とダイスケに降りおろされる。腕に伝わる衝撃は、たしかに本物であった。実際には、さっき本体から受けた剣撃に比べると劣っている。しかし、充分に致命傷に与えることができる威力を感じとれた。試合前に想定していた【シールド】の強度では心許ない。ダイスケは、【シールド】を全身に厚く張りなおした。


 機を狙って、反撃に転じる。受けた刀を払おうと腕を反発させる。すると、ある一定のところで腕が刀をすり抜けた。見ると分身が消えていた。なにごとかと驚いている暇もなく。次々と斬りかかるツバキたち。かろうじてかわしながら、分身の脇腹目がけて蹴りをいれようと脚を振る。しかし、やはりまた胴体をすり抜け、分身は消滅していた。


 そして、新たな分身が現れる。どれだけ捌いても、数が一向に減らなかった。実体はあれど、所詮は魔力の塊か。どうやら分身にはそれぞれ魔力が分け与えられているようだ。その魔力が尽きないかぎりは、無限に復活を続けるらしかった。


「手応えがないってのは、もどかしいなあ!」


 このままでは埒があかない。ダイスケは、攻撃を躱しながら思念する。風で吹き飛ばすのはどうだろうか。しかし、また復活する可能性は捨てきれなかった。第一、風魔法は昨日使ってしまっている。また対策されているやもしれない。いや、ダイスケにとって風魔法を躊躇ためらう理由は、それだけではなかった。


「どうせなら、見せたことないやつでいくか!」


 ここまで防戦一方のダイスケ。観客は、身内以外は誰もダイスケに期待していないこの状況。見物人の度肝を抜く1発をお見舞いしたい。ギャフンと言わせてやろうじゃないか。思い立ったが吉日。一瞬の隙をついて、両手を合わせる。魔法を唱える姿勢だ。


「【水魔法/間欠泉シャロン・ガイザー】……」


 地鳴り響く。分身の刃がダイスケの身体を貫こうと迫る。四方から、いくつもの刀がダイスケの四肢を狙っていた。


「ド派手にいこー!」


「ドカンとなあ!」


             ✳︎


 なゴゴゴという音が聞こえてきた。なにかが来る。ツバキにも地面の揺れが伝わる。ついに、地下から押しあげる圧力に耐えきれずアリーナが割れた。次の瞬間、地底で火山でも爆発したのか。爆発音とともに衝撃波が闘技場全体に広がる。ツバキはすぐに耳を抑え、鼓膜を死守する。押し戻されないように、踏ん張る必要もあった。続けて遥か上空へと噴き出す多量の水が出現する。


「なに!?」


 水飛沫は会場中に降り注ぎ、ここは局地的大雨となった。しかも、それは1つではなかった。次々と、アリーナのいたる所から出現しては、衝撃波を生む。熱せられていた空気が急激に冷やされていくのを肌で感じる。同時に、蒸発した水であたり一面が真っ白に覆われてしまった。

 

 なにも見えない。霧に覆われた世界は、1メートル先の様子さえ見ることができなかった。しかし、視界が悪いのはお互い同じ。霧が晴れるまでは膠着状態が続くはずだ。そこでツバキはハッとする。


「まずい! 彼は今【感覚強化】を使ってる!」


 刀をかまえ、辺りを見渡す。どこから来るかわからない。右も左も、さっきダイスケがいた方向さえ、今のツバキには皆目見当がつかなかった。


「見つけた本体!」


 声のする方向で霧が動いた。ダイスケが近くまで来ている。目でとらえることはできなかったが、ツバキは刀を振るった。刀は霧を斬り、物体を捌くことはできなかった。


「どこ!?」


 異変に気づく。足もとになにかがいる気配。いや、気配などという曖昧な存在ではなかった。下へ下へと移動する黒目のはしに、わずかにとらえた人影は、短髪の男であった。刀を握っている腕は、さっきの振りでひらいている。戻すのに、コンマ数秒必要だ。いるのはわかっているが、反応できない。ほんの数センチメートルの距離にいて、届くことが難しい。この1撃は食らうという信号が、脳に届くまでもなく、ツバキの身体が言っている。


 ダイスケの拳がツバキの腹部に命中した。【シールド】を張る時間も与えられなかった。なんという速度だ。


 今度はツバキが吹っ飛ぶ。視界はいまだ白く。観客も実況者もなにが起きたか把握できていないだろう。ツバキはすぐに体勢を立てなおすと、前を向いた。蹴られた筋道だけ若干霧が薄くなっている。その向こうには、ダイスケの姿が見える。


 苦痛に歪むツバキの表情に対して、ダイスケは晴れやかな笑顔を見せていた。ツバキは蹴られた腹部をさすりながら見つめる。


「陽炎分身、破れたり!」

 

 彼は拳を高々とあげている。なんて愉しそうに闘うのだろうか。ツバキには理解ができなかった。エルストレガという大舞台で、学校の代表者として出場して。どうしてそのような表情ができようか。ダイスケを睨みつけながらツバキはもう冷やされてしまった地面に膝をつく。たった1撃で、すでに意識が飛びそうだった。こんなに思いきり蹴られたのは、彼で2人目だ。思い出すと怒りが湧いてくる。さきほどの彼の笑みすら挑発に思えてきた。


「あのくそ鶏冠野郎……! 普通女子って、平然と蹴りつけられるものなの!?」


「え!? どうした!?」


「貴方はまだ良いわ。あいつは顔面も普通に狙うからね! 何度顔を腫らして授業に出たことか……! これでも一応手入れとかしてるのに!」


 気絶しそうであった腹部の痛みは飛んでいった。前を見ると、ダイスケのガッツポーズが緩んていた。突然の発狂にかなり動揺してしまったようだ。少しだけ申し訳ない気持ちになる。今は勝負の時間なのだから、男女の差など関係ない。関係はないのだが、やはり思い出すと腹が立ってしまう。もちろん、目の前の彼にではない。忌々しい、アルストという男のことをだ。


 震える手を握りしめて、なんとか怒りを鎮めようと試みる。今日応援に駆けつけてくれた友だちを思い出す。みんな、ツバキよりも緊張していた様子だった。その顔を、言葉を思い浮かべると、自然と気持ちが落ち着いていく。やはり、持つべきものは友人だ。


「私は負けられない。みんなのために」


「みんな?」


 ダイスケが首を傾げた。なにに疑問を抱いたのか、ツバキにはわからない。ツバキは、確固たる意志を持ってみんなのために闘うのだ。そのことのどこがおかしいというのか。


「そうよ? みんなのため、レオナルドの誇りのためにも、私は絶対に負けられない」


「今、闘ってるのはあんただろ」


「そうよ。私はみんなの代表としてここにいる」


ツバキは自分の胸に手を当てた。対してダイスケは腰に手を当てる。いまだ首を傾げたまま、眉をひそめている。


「だから、“あんたは“どうしたいんだ?」


「だ、だから私はみんなのために……」


 ツバキには質問の意図が分からなかった。ずっと同じことの繰り返しである。


「みんなみんなって……“あんたのため“にはならないのか?」


 腹部の痛みを感じた。さっき治ったはずの痛みが、ふたたび顔を現した。ツバキは目線を落とす。地面が冷たかった。熱は完全に冷めてしまっていた。自身の胸に置かれた手が離れ、腕がダラリと落ちた。


「私のため……?」


             ✳︎


 ツバキの父親は病気がちで、部屋から出ることはほとんどなかった。父親に会うのはいつも決まってベッドの上。偶にトイレに行く時に、肩を貸してあげるくらいが唯一の親孝行だった。


「ごめんな。いつも迷惑ばかりかけて……」


 それが父の口ぐせだった。なにをするにも、この言葉が差しこまれる。食事を運ぶ時にも、トイレの時だってそうだ。お風呂に入る時も、着替える時もどんな瞬間でも、もはや伝統芸といえる域にまで達していたように思える。ツバキはこの言葉が好きではなかった。父親に対する行動は、全て自分が好きで行っていたからだ。嫌で嫌で仕方なかったら、流石にやらない。思春期の娘をナメないでいただきたいものだ。ツバキは父親のことが大好きだった。今日1日の出来事を話していると、決まって頭を撫でてくれた。テストで100点をとると、自分のことのように喜んでくれた。父は笑顔がよく似合う、イカした優男だった。一緒に遊べなくても、仕事ができなくたってかまわない。ツバキの自慢の父親だった。


 ツバキの母親は働き者で、朝食を一緒に食べるとすぐに出ていき、日が暮れたころに帰ってくるのが日常だった。家に帰ると、晩御飯の支度をしながら、父親の服を着替えさせて洗濯に出す。ひっきりなし動きまわるので、家はガチャガチャと音を立てて賑やかだった。あまり忙しそうだったので、ツバキが朝晩は自分で作ることを提案したことが何10回かあったが、全て断られた。朝晩の食事は一緒に食べると心に決めているらしかった。


「子どもが変な気を使うんじゃないの!」


 とよく叱られた。口を開けば、いや開こうと試みた瞬間に言われていた。それでもと食いさがると、頬っぺたをつねられ弄りまわされる。そのザラザラした感触は今でも忘れることはできない。俗に言う綺麗な手ではなかったが、あの手がツバキにとっての1番美しい手である。それは一生変わらないり変えるつもりもない。自慢の母親だった。


 幸せだった。お金はほとんど父親の薬と治療費に溶けてしまったが、贅沢なんてできるはずもなかったが、優しい両親がいた。当たり前だろうか。わずかな幸せに、気づけた聡明な子どもと言って欲しい。ツバキは、2人の助けになりたいとずっと思っていた。


「私ね、魔導騎士になる! 優秀な魔導士は魔導騎士団に入るんでしょ? それでね! 私ね! 魔導騎士になってお金いっぱい稼いでね! したらお父さんの病気なんかすぐ治っちゃう! お母さんはなんにもしなくても大丈夫になるの!」


そう言うとまた、いつもの言葉が返ってくる。しかし、その時は少しだけいつもと雰囲気が違っていた。ツバキは見てしまったのだ。忘れられるはずもない、2人の嬉しそうな顔を。ツバキはその時、この顔は一生忘れられないだろうと感じていた。事実、どれだけ時間が経過しても忘れるどころか、目を閉じて見たいと願えばすぐにでもまぶたの裏に蘇った。


 その時。ほんの一瞬でも、2人を笑顔にできたことが、それほどまでに嬉しかったのだ。


 その数日後のことである。父親が急死した。朝、部屋を覗いたら。その表情はとても安らかであったことが、不幸中の幸いだ。それを追うようにして、今度は母親が。過労だそうだ。父の存在がかろうじて母親を繋ぎとめていたのだと、ツバキは感じていた。少し気が抜けてしまったのだろうと。唯一の救いは、借金がなかったことと、暮らせる家があったこと。


 2人との約束を果さなくてはならない。ツバキは勉強に明け暮れた。約束を守ることが今のツバキにできる唯一の親孝行だったからだ。加えて、魔導騎士団に入れば、またあの笑顔が見られる気がしていたのかもしれない。ツバキはまだ幼かった。


 学校が終われば図書館で過ごした。学校がない日はほとんど1日中図書館で過ごした。夏は涼しくて冬は暖かい図書館はとても快適だった。家は隙間だらけで過ごし辛かったのだ。それに、家は思い出が多くていけない。


 アルバイトもした。けれどもやはり、ツバキはまだ若すぎて、大した仕事はさせてもらえなかった。そのために、先生や私の数少ない友人が、時々泊めてくれたり、ご飯を食べさせてくれたりしたのは本当にありがたかった。友人の中には、ツバキを養子にしようとまで言った者もいた。しかし、ツバキはそれを断って独りで暮らした。養子になれば、親が変わってしまう。たとえ表面的だとしても、それを受け入れることはできなかったのだ。それに、今の家を手放す気もなかったことも大きい。


そしてツバキは、全国でもトップクラスの名門校であるレオナルド魔導学院高等部へ特待生として入学することができた。特待生は学費や寮費、その他諸々を免除される。狙ってはいたがまさか取れるとは思ってもみなかった。これで、心置きなく魔導騎士への道を歩めるのだと感激したものだ。


成績は常にトップだった。“だった“というか現在進行形でそうである。それはなにも高等部に在籍している時だけではなかった。ツバキは幼いころから実技も筆記も常に1番だったのだ。それは、自分の努力が報われた結果だと、ツバキは感じていた。だからとても誇らしく嬉しく思っていた。内心、2人にも見て欲しかったが、叶わないことがもどかしかった。


「流石はツバキ!この前、先生が『彼女は学校始まって以来の才女だ!』って言ってだぞ!」


「本当凄いなあ。俺もそんなん言われたいわ〜」


「ホント〜。分けて欲しいよその才能」


 才能という言葉や才女という言葉は、高等部に入学する以前からちらほら言われていた。本格的に言われはじめたのは、高等部に入学してすぐのことだ。そして、いつからだろうか。いつの間にか、ツバキは天才と呼ばれるようになっていた。


「天才……私が?」


「ツバキは天才だよ! あんなの普通できないって!」


 それは悪口ではなく、皮肉でもなかった。ただ褒めているという感じで、ツバキには他意を感じられなかった。本当に、周囲はツバキのことを天才だと思っているのだろう。しかし、ツバキはその場にいることが苦痛に感じてしまっていた。褒められているにもかかわらず。ツバキは次第に、独りの時間が増えていった。


「べつに、悪口を言われたわけじゃないし」


「むしろ褒め言葉だ」


「そう、褒め言葉」


 部屋での独り言も増えていた。こうして、ブツブツという時間が多くなった。


「努力を否定されたわけじゃない。彼らなりの、私への敬意の表れだ」


 そう自分に言い聞かせた。


明日、仕事の関係で投稿できませんので、

かわりに今日のっけてみます…( ̄^ ̄)ゞ



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