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曰く、其の少年は5000年駆けて街へゆく  作者: 過猶不及
第一部
31/78

熱気にご注意下さい

 ツバキの魔法【扶木之地ふぼくのち】によって、アリーナは熱せられていた。その高温は、大気を揺らすほど。発せられた熱は、サポート魔法のフィールド外である観客席にまで伝わりはじめていた。巨大な熱源から漏れる異様な熱気に、観客席がざわつく。


 抜かれた刀は、蒼く鈍い光りをみせている。三日月のようなしなりのある形状も加わり、幻想的な美しささえ感じてしまう。

 

 さっき、ツバキが発言していた。シールドという魔法は、たしかに物理攻撃に弱かった。ダイスケの周囲を舞うシールドの破片。今も、パラパラと頭から落ちている魔法のカケラこそがその証明。


 魔法でダメなら物理でという発想は、ダイスケも遥か昔に行きついていたものだ。どうやら、彼女は魔法をよく研究しているようだ。それとも、魔法に頼らず純粋な物理攻撃をしかけてくる人間が身近にいるのだろうか。


 刀を片手に、ツバキがダイスケに向かってくる。脚に宿した炎を推進力にして。ダイスケは、舌で唇を濡らしながら、様子をうかがう。


 前世で観たスポーツの動画。その道の人でなくても名前は聞いたことがあるほどの海外のスター選手。そのスーパープレイ動画だった。名前は思い出せなかったが、動画の中で彼がしていた仕草はよく覚えている。舌を出しながらのプレーだった。犬の体温調節のような仕草に、少年ダイスケは心を打たれた。それ以来、なにかと舌を出すのが彼のクセになった。


「ずいぶん、余裕そうじゃない!」


 刃と拳がぶつかる。ガキィンという硬いもの同士があたらなければ鳴らないはずの金属音が轟く。


「これ、真剣よ? 素手で受けられるのなんて流石に初めて」


「一応、【シールド】でカバーしてる」


「それも……」


 刀が横にずらされる。刀に預けていた拳も一緒に移動してしまった。ダイスケの重心がわずかに左へと、傾いた。しかしそれは相手も同じだ。攻撃手段であるはずの刀は、今地面に向いている。


 そこで、ダイスケはハッとする。彼女は、脚に魔法をかけていた。そして、さっきは空中を舞うように蹴りを喰らわせてきた。つまり、彼女は空を飛べるのではないか。もしそうならば、この状況はいささかまずい。通常ならば、地面に着いていなければならない両脚が、自在に動けるようになる。


「初めて!」


 ツバキは刀をずらした方向に、身体を傾かせると。ダイスケの顎に向かって3度目の蹴りを見舞った。ツバキは、そのまま宙を1回転。ダイスケとまた正体すると、今度は腹部を蹴りつけた。力のこもった1撃によって、ダイスケは大きく背後へと飛んでいく。


「【炎之息吹ヴェル・フィグラス】!」


 空中を、地面と平行に移動するダイスケに、すかさず追撃。アリーナの壁に激突したかと思えば、お次は炎魔法である。この女、容赦がない。


             ✳︎


「ダイスケ選手大きく飛ばされた! そこにトドメの【炎之息吹ヴェル・フィグラス】! これは勝負ついたか!?」


 熱のこもった実況の声が会場内に響き渡る。1人の男性が、中央アリーナに目を向ける。今まさに炎に焼かれ終わり、壁からズルズルと崩れおちる少年の姿があった。壁には、痛々しい衝突によるヒビ割れと。焼け焦げた跡。


「呆気なかったな」


「相手が悪かった」


「昨日は、中々良い試合してたんだけどなあ」


「もっとツバキの闘いを観たかったのに」

 

 試合の終わりを予感してか、周りの観客たちがため息をもらす。ダイスケの応援に来ていた様子のピスケ第三の生徒たち。前方の1番前に今も陣取っている。騒がしくなにかを言っているようだ。


「くそぉおお! 言われてるぞダイスケ! なんとかしろ!」


 後ろ姿しか見えなかった。しかし、彼の叫びは会場を駆けめぐるには充分な声量であった。彼の叫びは、果たして中央アリーナの少年にも届いているのだろうか。男性は、少年の動向を固唾を飲んで見守った。


             ✳︎


「分析家ですねー」


 最近の守護天使は、勝負の最中おとなしい。ダイスケに黙っとけと言われたからだ。しかし、その中でも偶に話しかけてくる。


「ああ。昨日のコタロウ戦だろうなあ。派手に色々したのがまずかった」


「ダイスケさんは慎重すぎるんですー! もっとパパッと片づけちゃえば良いのにー」


「分かってないなあ。緊張感は気持ち良いんだよ」


「えー、ド変態じゃないですかー」


「ギリギリってのは、最っ高にヒリヒリするんだよ」


「えー、ド変態じゃないですかー」


 死んでなるものかという気持ちは今も変わらない。ダイスケは、今でも死のギリギリまで生きたいと願うだろう。ただ、最初の時よりも死に対する畏れは薄れた気がしていた。逃げることを止め、目の前の敵に集中するようになったのはいつからだっただろう。


 死ぬことを畏れず。しかし彼が生きること諦めることは決してない。その2面性から障じた、副作用的感覚。極限の緊張。彼は、自分でも思っていた以上の戦闘狂になっていたのかもしれない。


「何をブツブツと言っているの? 呪い?」


 ツバキを見る。全く効いていないことに不服そうな不思議そうな顔でダイスケを見ていた。ダイスケは、守護天使の声は自分にしか聞こえなかったと思いだす。


「呪術は好きじゃない。マルコもなんかわめいてるみたいだし、そろそろ頑張んないとなあ」


 ゆっくりと立ちあがる。今はかなり距離があるが、ツバキはすかさず刀をかまえた。得体の知れない相手に最大限の警戒を向けているようだ。


「【炎魔法/業火剣乱ごうかけんらん】」


 刀に炎が宿される。瞬間、爆発音が鳴り響いた。かと思えば、人の数倍はあろうかという業火へと変貌を遂げる。


「出たあ! ツバキ選手の必殺技! その美しい炎のゆらめきは見る者全てを魅了する!」


「美しい……」


「なんて綺麗な魔法なの……?」


 騒がしく興奮した様子の実況者。続けて、会場中からため息が聞こえてくる。ツバキの刀に目を向ける。ツバキの周囲を舞う火の粉は、宝石を散りばめたように輝いている。刀に宿る業火は紅くところどころ蒼く、白かった。色は混ざることなく、それぞれが清潔な色を出している。重なり合い捻れて、上空に昇っていく。


「完全にツバキの独壇場じゃねぇか!」


「なんとかしろお!」


 観客の感嘆に紛れて、野太い声がダイスケの耳に届いた。一瞬見る。困り眉毛をして心配そうな表情を浮かべていると、かすかにわかる。ダイスケは「わかったわかった」と言いながら、ふたたび座りこむ。地面に白い魔法陣が広がった。


「【高速移動領域ヴィルヘルム・フィールド】……」


 地面はいよいよ熱で溶けはじめる。会場内はサウナ状態。中央アリーナはサウナストーンと化してした。アナウンスで熱中症に注意するよう呼びかけが開始される。


「予測通り。移動速度を高める魔法が貴方の十八番おはこなのね?」


「よっしゃあ! 反撃だ……て、あれ?」


 攻撃体勢に入り、今にも飛び出そうとしていたダイスケの動きが止まった。目の前に広がる光景に目を大きく見開く。


「なんだ……沢山いる……」


 ツバキが何人、何10人と現れたのだ。ダイスケを囲んで、アリーナ内のいたる所に。全員が同じ顔で、同じ刀を所持している。どこをどう見てもツバキそのものだった。熱気によって、かなり視界は揺れているが、それでもやはりツバキだ。


 とめどなく流れる汗。ダイスケの短髪も汗でしおれてしまっている。こんな場所、いつまでもいたら脱水で死んでしまう。喉も乾いてきた。早く帰って水が飲みたい。


 ツバキの口角が上がるのが見えた。


「「これこそが【扶木之地ふぼくのち】の真骨頂。」」


 幻聴だろうか。何人もの声が重なって聞こえる。暑さにやられたか。四方から声がした。


「「相手に幻覚を見せることができる」」


【サポート魔法/扶木之地ふぼくのち

 対象の火属性魔法の威力を大幅に上昇させる。また、対象に錯覚を見せる事も可能。


「目の錯覚……なら【感覚強化】だ。分身は昨日嫌というほど見たからな。もう出し惜しみはしない。これで、錯覚は意味を成さない」


 ダイスケは不適に笑う。目で対象をとらえずにすむ【感覚強化】であれば、目の錯覚に騙されることはない。どれだけ分身を増やそうが、視界を歪めようが、本体の位置を正確に特定することができる。


「「そうでもないわよ。だって私たち全員、ホンモノだから」」


【炎魔法/陽炎分身】

 【扶木之地ふぼくのち】発動下でのみ使用可能な魔法。


 【感覚強化】によりダイスケに取りこまれた情報は、増えたツバキの全てがホンモノだと示したのだ。ダイスケは思い返す。よく考えれば、ただの幻覚によって声が重なるはずがない。


「全員が、ホンモノ!?」



無数のツバキの分身がダイスケに襲いかかる。生憎、背後は壁であった。逃げ場がない。


「全員、本体と同じ魔法を発動させてる!?」


 20人にまで増えた分身。全員が【暴走戦車チャリオット・ドライブ】を発動させ、脚から炎が噴出している。加えて、刀は炎に包まれていた。ダイスケには、全員が本体と同程度の威力を発揮しているように見える。実に、完成度の高い分身。昨日のコタロウが行った、敵を惑わし混乱させるための分身とはまた違ったものだ。


 集団で襲いかかってくる光景は、いつぞやの猿を思い出させる。前見ても上を見ても、右も左も敵だらけ。そして背後には壁。逃げて逃げて、逃げまわって行きついた崖の下。背後にはそびえ立つ断崖絶壁で逃げ場がない。その時の恐怖は、今も鮮明に覚えている。連携のとれた集団というものの恐ろしさを初めて。身をもって知った瞬間だったのだ。


 それに比べれば。充血した目で、歯を剥き出しにして。よだれを垂らしながら襲いかかる巨大な猿に比べたら。


「あれに比べたら、可愛いもんだな」


「今猿と比べてましたねー! あんなのと比べるなんてー、女の子に失礼ですー!」


 闘いは佳境に入る。実況もまたさらに熱がこもっているようで、観客を煽っている。実況者も観客も、倒れてしまわないか心配になってくる。


「イエー! 四面楚歌ー!」


 はたから見れば、絶体絶命。ダイスケは防戦一方。1度もまともな攻撃を行ってすらいないのだから、おそらくそう見られているはずだ。にもかかわらず、本人は笑みを浮かべて、いたって余裕。対するツバキは、一切攻撃の手を緩めず、顔は強張っている。


 迫りくる攻撃に、ダイスケ交わしきれず身体で受けてしまう。喰らった剣撃によって装甲は砕かれ、飛び散った破片も刀が纏う炎によって焼き消えていく。


「ああああ! 熱くて頭回んねえ!」


気が付けば20時なのです。

18時から20時までの時間の進みがとても早いのです。


また、来週から少し忙しくなり、投稿が止まるかもしれません…がしかし、私はめげません。

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