ダークホースと優勝候補
密集する観客席は、人間の織りなす異様な熱気に包まれていた。観客数は、100パーセントを裕に超えていた。その密集度合いは、1人が動こうとすれば、隣の人を動かさなければならないほど。遠くから見れば、きっと闘技場を形成する細胞のように見えることだろう。蠢く塊が密接に隣りあい、1つの集合体となっていた。
見に来ているオイプロクスの生徒数も昨日の比ではなかった。オイプロクスの生徒が出場するのは、この闘技場ではない。また別の場所である。にもかかわらず、数はコタロウVSダイスケ戦の比ではなかった。それだけ、この試合の注目度がうかがえる。
マイクのハウリングする音が鳴り響く。今か今かと、騒がしく待っていた観客が一斉に静まった。いよいよ始まのだ。選手入場のアナウンスが。そして、注目の試合が。
「今大会最注目! レオナルド魔導学院いや、我が国始まって以来の才女! 灼熱の異名を持つ才色兼備の絶対王者、ツバキの登場だ!」
空気が割れる。鼓膜が裂けんばかりの歓声に、闘技場が揺れた。そんな喝采を気にする様子もなく。凛とした佇まいで、ツバキが姿を現す。軽くウェーブのかかった黒髪を靡かせて。その瞳は大きく、目の前の相手を見つめている。
「スッゲー歓声。司会も熱入りすぎじゃね?」
「そりゃあ、俺を含めここにいるほとんどがツバキ目当てだからなあ」
「お前はダイスケ目当てであれや」
「そして挑むは! 世にも珍しい、学生にして毒魔法使い、コタロウを見事倒した無名の男! 今大会のダークホースとなるか!? ピスケ第三魔法学園の期待の星、ダイスケ!」
紹介を受けて、いよいよ中央アリーナに姿を現す。さっきほどではない歓声。しかし、昨日の大ブーイングに比べれば。どれだけ少なかろうが、嬉しい声援である。気を取りなおして前を向くと、対戦相手と目が合った。今大会の優勝候補は、ずっとダイスケのほうを見ていたようだ。その眼力は、遠く離れていても闘志が伝わってくるほどだった。
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「なあ。俺の自己再生能力、切っといてくれよ」
「はいはいわかってますよー! でも危なくなったら戻しますからねー?」
中央部まで歩みを進め、相対するはこの国最強との呼び声高い女子高校生。相手にとって不足なし。ダイスケは、てのひらを軽くズボンで拭くと、手を差しだす。
「よろしく。愉しくいこう」
「よろしくー!」
守護天使の声はダイスケにしか聞こえない。しかし、挨拶はしっかりとする。
「ええ。お互い悔いの残らないように」
各自軽く距離をとる。その間、10メートルといったところだ。少し間を置いて、ビィーという甲高い音が鳴り響いた。試合開始の合図である。
即座に動いたのは、ツバキであった。地面に臥したかと思えば、素早く手を地面に置いた。瞬間、展開されたのは白い魔法陣。サポート魔法である。
「【サポート魔法/扶木之地】!」
地面が赤く染まっていく。そして間もなく、シューシューと音を立てはじめた。熱気がたち込める。辺りを見ると、ゆらゆらと景色が揺れているのがわかった。ツバキの姿さえも揺れはじめる。額から汗が伝う。呼吸も苦しくなりだす。
【サポート魔法/扶木之地】
対象の火属性魔法の威力を大幅に向上させる。
「熱!」
いよいよ、足裏が熱さに耐えられなくなった。靴を履いているにもかかわらず。反応が遅れた。一瞬足もとを見てしまったのが良くなかった。ツバキはすでに、次の魔法の発動を完了させていた。大きく息を吸い込み、身体をのけ反らせていたのだ。
「【炎魔法/炎の息吹】!」
ダイスケがツバキを見た瞬間であった。のけ反りを戻す身体の反動を利用するように、ツバキの口から巨大な炎が放射された。炎は轟音とともにアリーナをえぐりながら向かってくる。
「【シールド】に耐性付与」
マルコの時と同じく、耐性魔法で応戦する。ダイスケの目の前に現れた透明なガラスのようなものに、炎が激突する。前方は炎一色となり、激しくシールドを打ちつける様子は、まさしく地獄絵図である。
「【炎魔法/暴走戦車】!」
突然、背後から声がした。若い女性の声である。鈴の音色のような美しい声色は、ついさっき挨拶を交わしたそれであった。止まぬ業火に気を取られすぎていたようだ。とっさに背後を振りかえろうと試みる。
しかし、振り向くが早いか。炎に包まれたツバキの右脚がダイスケの側頭部に入った。強烈な蹴りに、一瞬顔を顰める。続けざまに、今度は脳天にかかとが入った。ダイスケはそのまま、地面にめり込む形で顔面から落ちる。
「顔面火傷しかけた!」
すぐさま地面に埋まった顔面を引っこぬき、ダイスケはツバキを睨みつける。その殺気を察知したか、ツバキはすでにダイスケからかなりの距離をとってきた。ずいぶんと速い。
頭にかけていたシールドにヒビが入っている。パリパリと音を立てて、崩れていく。
ツバキの【暴走戦車】は、バーモントと闘った時の【加速】に似ていた。速さも同等か。
「いや、それ以上か」
17歳にして、“灼熱“の異名を持つほどの人物。異名とは、なにかしらの分野に深く精通している者がつけられると聞いた。魔導騎士団団長のバーモントといえど。火の扱いにおいては、バーモントよりもツバキが優れているらしい。
「やっぱりカッコ良いよなあ。炎魔法! 俺も使っちゃおうかな!」
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手ごたえは充分だった。本来なら、さっきの2撃で、意識を飛ばしていてもおかしくない。暴走戦車は、炎の噴射による加速と、脚を炎で包むことによる打撃力の強化が武器。しかし、それを容易く受けながされねしまった。ツバキは内心焦りを見せる。頬を伝う汗は、【扶木之地】だけが原因ではなかった。
風はない。地面はより一層の熱を帯び、しかし景色もさらにユラユラと揺れている。
ダイスケに関する情報は少ない。情報収集にはツバキも苦労をしていた。しかし、彼はどうやら毒耐性魔法が使えるらしい。その情報は、昨日の試合で得ていた。つまり、他の属性耐性魔法を使えたとして。なんら不思議ではないという話だ。
「シールドの扱いにも長けているというのも、本当みたい」
ツバキが、腰にしていた刀を抜いた。
「でも。シールドは元来、魔法攻撃を防ぐ役割を果たすもの。打撃には弱い。だから、あなたに有効な攻撃は、物理」
決して奢らず侮らず。相手をよく観察し、分析する。そして見出された活路は、さらに磨きあげ、一部の妥協も許さない。そうやって今までも勝ってきた。考えて考えて考え抜いて、ツバキは頂点に立ってきた。彼女を信じ、期待をしてくれたみんなのためにも。
「レオナルドの名にかけて、私は絶対に負けない」
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歓声が巻き起こる。揺れるは景色だけではなかった。どよめく観客は、ツバキが刀を抜く瞬間を待っていたらしい。そんな熱気に包まれる観客席において、一切表情を崩さない男が1人。その男は、両耳にピアスを携え、刈り上げられた頭に残された髪の毛は鶏冠のようだ。眉間にはシワが寄っている。
「ほらな? てめぇのどこに集中力があるんだよ」
言葉は熱気に飲み込まれ、本人の耳にさえ届くことはなかった。ましてや中央アリーナにいるツバキにまで聞こえるわけがなかった。
タイトルだったり、キーワードだったりを色々といじりました。個人的にもっと分かり易いのがいいかなと思ったのです。
あくまでも個人的なのですが。
私はなんて自己中なのでしょうか…
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作者は根暗




