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曰く、其の少年は5000年駆けて街へゆく  作者: 過猶不及
第一部
29/78

心も身体も万全に

 太陽が西側に傾きはじめたころ。昼休憩から戻ってきた観客たちで、入り口はごった返していた。ここはオイプロクス魔法第一学院、闘技場前である。校内に複数ある闘技場の中でも、さらに大きい会場。これから始まろうとしている試合の注目の大きさがそのまま表れているようだ。


 人混みの中にあって、ひときわ目立つ集団があった。若い男女が集まって、1人の少女を囲んでいる。ツバキのいるレオナルド魔導学院の生徒たちだ。1人1人から手を握りしめられ、激励の言葉をもらっている。

 

「ききききききき緊張すんなよ!」


「あなたがね」


「応援するから! 頑張ってね!」


「もちろん!」


「まぁツバキなら楽勝だろ! なんたって」


「私が『レオナルド魔導学院始まって以来の天才』だから?」


「え、あ、そう!」


「あなたたちの分もがんばるから」


 ツバキは両手でガッツポーズをする。気合が入ったという合図だ。みんなは、それを見届けると「じゃあ」と手を振りつつ離れていく。


 選手入口と観客入口は違っていた。試合自体はもう少しさきであるが、みんなとはここでいったんお別れである。いまだに手を振っている。ツバキも大きく左右に振る。そして、ついには観客入口へと全員姿を消していった。


「よし!」


 もう1度、気持ちを入れなおす。選手の控え室へとむかうツバキの目に、見慣れてしまった鶏冠が入った。一般的にも高身長の男だ。人の大波の中でも、ひょっこりと頭が飛びでている。朝の光を浴びて今にも鳴き出しそうなその頭を見間違えるはずもない。


 人混みを掻いくぐり、出てきたのはアルストだった。たまたま、ツバキの前に出てきてしまっただけで、どうやらツバキの応援に来たわけではないようだ。目が合ったにもかかわらず、まるでツバキがいないかのように無視している。


「なんであなたがいるの?」


 たまらず話しかけた。無視しておけばいいのだが、疑問を疑問のままにしておくのも良くない。なにより、自分が彼を無視するならまだしも、彼に無視されるのはとても不愉快だった。


 アルストは、ゆっくりとツバキのほうを見た。少しの間、沈黙が続いた。彼は、面倒くさいと思っているのだろう。ツバキから目線をはずし、軽く舌打ちをした。


「あー。ドロップだよ、ドロップ! あいつ、またトイレだ!」


 ドロップとは、アルストの友人と呼べる男子生徒の名前だ。友だちは彼が唯一といって差しつかえない。そして唯一の友人であるドロップは、お腹が弱いらしい。授業中も、よく手を挙げて席をたっていた。


 しかし、その答えはツバキの意図するところではなかった。ふたたび訪れた沈黙。ツバキの心情を察したようで、アルストはさらに続けた。


「べつに、お前なんかに用はねぇよ。毒使いを倒したってやつを見に来ただけだ。なんでも近接主体なんだろ? なにか、盗めるもんがあるかもしれねぇ」


 本心なのだろうと確信する。彼が今まさに浮かべている不適な笑みがその証拠。周囲の人たちも、そのあまりの凶悪さに1歩2歩と後ずさりしていた。


 この男に、ツバキを応援しようという気持ちはみじんもないのだろう。ラブコメならば、彼はツンデレで実は応援しに来たという展開になるのだろう。しかし彼には裏表がなかった。同級生を私情でボコボコにしたことを悪びれもせず正直に話した男である。裏がそのまま表のような人間なのだ。


 そして彼は、唯我独尊ゆいがどくそんを具現化したような男でもある。基本的に、他人に興味がない。あるのは自分に有益か否か。そんな彼に友人が1人でもいることがツバキには不思議でならなかった。


「それは良かった。私の集中を削ぎに来たのかと思ったわ」


 すると、これまでツバキから目を離していたアルストがふたたびツバキにむいた。そして、首を傾げる。


「集中? お前が? なんの冗談だあ? お前のどこに集中なんてもんがあるんだ?」


 190を超える身長から繰りだされた上から目線は、必要以上にツバキの神経を逆なでした。


「はあ!?」


 今にも私闘が始まりそうな雰囲気が選手入口に漂った。殺伐とした空気に圧倒され、周囲の観客たちは一層、2人を避けて通るようになっていた。そんなことにはおかまいなしにと、アルストは鼻でツバキを嗤うと、背をむけた。目線のむこうには、ドロップと思われる男の頭が見えた。彼もまたかなりの長身なのである。


「せいぜいない集中力を存分に発揮してくれや。すぐやられちまったら、オレの来た意味がねぇからなあ?」


 手を振ることさえしなかった。手は依然としてポケットにしまわれたままであった。ツバキは心の中で、やはりアルストはアルストなのだとしみじみ思っていた。人混みに紛れても、やはり特徴的な髪型がユサユサと揺れ動くのがよく見えた。


 ここで話せたのは、幸運であったかもしれない。彼の最後の言葉は、ツバキの闘志に油を注ぐのには充分であったから。こっちはみんなの期待を背負っているのだと。彼が来た意味がなくなるくらい、速攻で片づけてやるのだと心に誓った。灼熱のツバキ。その心は一層燃えあがる、戦闘準備は万全である。


             ✳︎


 そこから10分ほどして、今度はダイスケたちが姿を現した。


「ダイスケ! お前なら、なんかいけそうな気がしてるんだよ!」


 レイジが、ダイスケの手を握りしめる。昨日の試合の興奮がいまだに冷めていない様子だ。


「相手はあの灼熱のツバキ! 全国美女ランキング(俺調べ)でも上位に入る強者だが……お前ならきっと、きっと、クッソ羨ましいいい!」


 レイジの言葉に頷きながら話しはじめたマルコ。最後には、つい本音がこぼれ落ちてしまっている。天を見あげながら、涙を流していた。


「お前はもう綺麗ならだれでも良いんだな」


 そんな下心丸出しのマルコに2人は苦笑いを浮かべる。


「よう」


 男の声であった。ダイスケたちの背後には、ボサボサの髪の毛を後ろで束ね、目の下にひどい隈をつくった背の高い男が立っていた。振りむいたダイスケは、パァと明るい表情を見せ、喜びの声をあげた。


「コタロウ!」


 しかし、他の2人は違っていた。反面、威嚇の形相を見せる。ダイスケとコタロウの会話内容など、昨日の今日で話す暇もなかったのだ。2人には、コタロウはそこまで悪いやつではなかった程度にしか伝えていなかった。


「あ、お前は昨日のお! なにに来やがったコラア!?」


 昨日に引き続きレイジが今日も睨みつけてくれている。コタロウとレイジでは、その身長差はとんでもない。それでも彼は果敢に威嚇していた。


「見に来たに決まってるだろ。他になにかあんのか?」


 やはり効果がないようで、コタロウは冷静に返した。皮肉っているわけでもないようだ。素でこの口調なのだろう。あまり人と関わってきていないのだろうか。また少し親近感が湧く。


「た、たしかに!」


 しかし、レイジはバカであった。いや、バカというより素直なのだろう。なにごともなくて、内心ホッとする。


「いや違うだろ。“ここ“になにしに来たってんだろう?」


 マルコは片手をポケットにしまい、コタロウと正対している。


「そ、そうだ、そうだよ! なにしに来た!」


「だから見に来たんだって」


「見に来たんだってさ!」


「まあ、そうだろうな。べつに、悪いやつじゃないってダイスケも言ってただろ。そう突っかかってやるな」


 マルコはレイジを見ることもなく、空いている手で頭にチョップをかました。レイジは小声で「いて」と言うと、頭を軽くさすった。本当は全く痛くないのだろうと雰囲気で察する。


 ダイスケの前に手が差しだされた。コタロウの手だ。手はひらかれて、まっすぐとダイスケにむけられている。


「ダイスケ、お前はオレに勝ったんだ。優勝以外、あり得ないからな?」


 マルコがダイスケの脇腹を肘でつつく。そこで、ようやくダイスケは差しだされた手は握手をもとめているのだと気づいた。


「当っ然!」


 コタロウの手を軽く握る。それでもコタロウは大声で痛がっていた。鍛え方が足りないと言うと、俺は特殊戦術でいくからいいと言いかえしてきた。


 森での5000年間と前世の17年間。味わったことのない感覚におそわれた。手から伝わってきた温度が、自分の胸に直接注がれるような。だれかになにかを託されるというのは、こんな感じなのかと知る。闘いはあくまでも自分本位だ。己が己のために己の力で闘う。そこに足枷のように加わった思い。しかし、これも悪くないと思える。


「やったりましょー、大介さんー!」


 いざ会場内へと向かう足どりは、想像よりも軽かった。


基本20時台投稿。

たまに22時台にものっけたり、のっけなかったり。


最近のっけたモノだけでも見てくれないかなぁ…なんて言ってみたり。


皆様。ここまで見ていただいて本当にありがとうございます…(*´∇`*)


見てくれる数は、やっぱり多いと嬉しいものですね。

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