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曰く、其の少年は5000年駆けて街へゆく  作者: 過猶不及
第一部
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火種

 夕食までは、まだ少し時間があった。ツバキは、今日は少し疲れたからと言って、自室へ戻る。ツバキの部屋は共同スペースから、さほど遠くなかった。だから、部屋のドアを閉めても笑い声がかすかに聞こえてくる。


 ツバキは、部屋の電気をつけようとスイッチに手をかけたところで、思いとどまる。すらりと伸びた人差し指を内側にしまいこみ、窓に目をむけた。夕陽はすでに山のむこうへと沈みかけていた。もうじきに、この部屋はまっくらになるだろう。


 ツバキは、そのままベッドにダイブした。敷かれたマットが、軽く反発しながらツバキを迎えいれる。


 夏のピークが過ぎて、時折涼しさが感じられる季節。太陽は日に日に、顔を見せる時間を短くしていった。今の時間帯も、つい先週まではもっと明るかった。


「はあ……」


 うつ伏せのままつかれたため息は、外界には漏れることなく吸収されていく。


 ツバキは、自分が多くの人たちから慕われていることを知っていた。男女問わず、年齢も関係なく。しかしそれは決して、彼女の慢心からきているものではなかった。ただ事実を、事実として受けいれているだけであった。


「『天才』かあ……」

 

 天才とは、本当に優れている者が満を持していわれる褒め言葉であると、ツバキは認識している。つまり、彼らはツバキに尊敬と羨望の眼差しをむけ、心からツバキを褒めたたえている。ツバキは、充分理解していた。彼らに悪意はないことを知っていた。


 しかし、なぜだろうか。ツバキは悲しかった。天才とは、天性の才能のことである。生まれながらにして持ちあわせている能力のことである。


 ベッドはどんな自分でも、快く迎えてくれる。たとえどんなことを言っても、なにも言わずに受けとめてくれる。それに甘えて、ついつい自分のイヤな部分が滲みでてしまう。


「私は、『天才』なんかじゃない……」


 ベッドに吸収され、ツバキ耳にすらまともに入ってこないのだから。この叫びを聞きとれた人間はいない。


 天性の才能。みんなは、天才という言葉をどうとらえているのだろうか。仮に、ツバキが天才であったとして。そこには、努力や経験が入る余地があるのだろうか。


 うつ伏せが苦しくなり、ツバキは酸素をもとめて身体を反転させる。両手を大きく広げて、薄暗い天井を見あげる。


「ふふふ。みんな褒めてくれてるのに。私はなんてワガママなんだろう」


 弱音はうつ伏せでなければ吐けない。このまま言ってしまえば、発せられた声は部屋に響き渡り、自分の耳に届いてしまうからだ。


「おかしいなあ、私やっぱおかしい」


 いまだ、共同スペースではみんなで談笑を繰りひろげているようだ。彼らが、自分のこれまでの時間や苦悩を否定するわけがない。ツバキは、独りはキケンだと身に染みて感じていた。このままだと、自分がただの16歳の女の子であることを思い出してしまいそうになる。


「お父さん、お母さん……私、独りだよ」


 ツバキの目は天井に向いていた。天井のシミがツバキの目には映っていた。しかし、ツバキの心は違っていた。その行く末ははるか先。両親がいるであろう場所にむいていたのである。


コンコンコン


 ツバキの心臓がはねた。その音は、自室のドアを叩く音であっと。不意をつかれたツバキの鼓動は今もドクドク響いている。


「だ、だれ?」


 いったん呼吸を整える、平静を装いながら声をかける。しかし返事は返ってこなかった。しかたなく、ベッドから降りる。途中にある姿見鏡すがたみで自分の目元を確認しようと試みる。暗闇に目は慣れていたが、やはりよく見えなかった。おそらくなんともないだろうと思い、ドアへと向かった。


 ドアノブに手をかけ、ドアを押す。ドアの向こうにいるのは、きっと友人のだれかであろうと検討をつけていた。ツバキは食事時になると部屋にこもるクセがあった。過去には、そのまま食事をすっぽかすこともあった。見かねた学友が、呼びにくるようになってしまったというわけだ。ツバキも最初は申し訳ないと思っていたが、だいぶ前に慣れてしまっていた。


「迎えきてくれて……あ」


「あ゛?」


 即座にドアを閉める。見あげた先には、目つきの悪い知りあいが立っていた。ツバキは、その男をなるべく見たくなかったのである。


 ところが、あともう少しのところで、つま先がドアの間に入ってきてしまった。


「おい閉め……」


ガッ


 少し反動をつけてもう1度、勢いよくドアを引いてみるも、つま先は出ていかない。しかたなく、もう1度試してみることにした。


「閉めんな!」


 同時に、手がドアと壁の隙間に差しこまれた。力強く開けようとしてくるので、応戦してツバキもさらに力を込める。


「いってぇなクソ……」


 結果として、ドアを閉めることは叶わなかった。この男は、とにかく力が強かったのである。不愉快だと見あげると、やはり予想どおりの男であった。


 サイドを刈り上げた鶏冠とさかのような髪型。目は鋭く傾斜を描くように吊りあがり、目と眉毛は近すぎて一体化しそうである。加えて両耳にピアスをつけた男が、太々しく立っていた。


「アルスト……なにしにきたの」


 ツバキの顔には、不快の2文字が浮かびあがっていた。声もすこぶる低かった。丸みを帯びた大きな目も、今や鋭く研がれてみる影もない。口角は下がり、眉間にはシワが寄っていた。

 

 以前に、「整った顔って、どうして怒るとあんなにこわいのかなあ」と言われたことがあった。前半の言葉がとても嬉しかったのでよく覚えている。その時は、「え、私整ってる!?」と後半は聞かなかったことにした。それでも、記憶にはくっきり刻まれてしまっている。


 たしかに、睨むと目をそらされる。しかし、目の前のアルストは睨みかえしてくる。その様子はツバキを見おろすというよりは、見くだすとったほうが正しい。なぜなら、顎が上がっているのである。ツバキは女子にしては高身長である。このアルストという男は、男の中でもかなり高身長であった。


「メシ」


「はあ?」


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