理解者はきっと見つかる
ドプッ
不意に大介の足が沈む。下は硬い地面のはずなのに、足がみるみる地面に埋まっていく。
「なんだ!?」
抜こうとして、動けば動くほど足は地面に吸い込まれるように沈んでしまう。
「地面を溶かす毒だ。今このフィールドは、底なし沼。」
コタロウの足下以外の地面が、ドロドロと流動的になっていく。
「たたみかける…【毒魔法 / 大津波】。」
コタロウが地面に両手を置くと、そこから巨大な毒の波が出現する。
「デケェ…、ふぅ。【耐性魔法 / 猛毒耐性】!」
ドパァァァーーーーーー!!!!!
大介が波に飲み込まれる。
荒れ狂う波が徐々に収まっていき、大介が姿を見せる。無傷だ。毒に侵されている様子もない。
「【猛毒耐性】…使えたのか。ナメやがって…!」
大介は、コタロウの実力を測っていた。だから、あえて最初から【猛毒耐性】は使わなかったのだ。コタロウもそれに気づき、苛立つ。
「はは! 俺を倒すんならな。もっと、殺す気で来いよ!!!」
「!?………上等だぁぁああああああ!!!!!!」
大介は得意のスピードでコタロウを翻弄する作戦に出る。コタロウの周りを、現れては消え、現れては消えを繰り返した。
(速いな。)
「【防御魔法 / シールド】に【毒魔法 / 新コタロウ8号】付与。」
コタロウは自分を紫色のシールドで囲む。
(さぁ、どっから来るか。)
キュインッ
地面に影ができる。真上だ。
「無駄、だ!」
パキパキパキパキッッッッッッ!!!
勢いよく振り下ろされた拳がシールドを割り、コタロウの顔面に直撃した。
すると、殴られたコタロウから紫の液体がブクブクと溢れ出し、大介の腕に絡みついてくる。
パァーーーーン
直後、コタロウの身体が弾け飛んだ。散乱する液体が、大介にかかる。
「なんだ!?」
状況がつかめない様子。身体が爆散するほど強く殴ったつもりは微塵もないからだ。
「…【毒魔法 / 毒分身】。」
不意に背後から声が聞こえる。あわわててそちらを振り返ると、コタロウの姿。
そう、大介の殴ったコタロウは、分身であった。紫色のシールドで中を見え難くし、本人は分身を残して地面を溶かして穴を作り、外へ脱出していたのだ。
「おごるなよ。」
(そうだよ。森の化け物たちと違って、人間には知恵と積み重ねてきた歴史がある。アイツらも俺と同じように、死屍累々、数多くの犠牲の上に生きている。)
「侮っちゃいけねーよな。…【サポート魔法 / 高速移動領域】」
サァーーーーー
地面に“白“が広がっていく。
「サポート魔法。珍しいのを使うな。」
「お前が言うな。」
瞬時にコタロウの立っている正面へ移動。今度は蹴りつける。
パァーーーーン
しかし、またもや分身。毒が飛び散る。
「残念、ハズレだ。」
殴る。
分身。
蹴る。
また分身。
攻撃するコタロウは、ことごとく分身でできた偽物。
「ラチがあかねー。こんなん続けてもただ魔力を消耗するだけだろ!」
偽物か本物かわからないコタロウに向かって問いかける。
「…、それもそうだな。じゃあそろそろ、本物が相手してやるよ。」
コタロウは両手を広げ、余裕な表情。
「………どっちだ?」
怪しみながらも、大介はコタロウに向かって全速力で突進していく。
(いや、どっちでも、ただ目の前の敵を倒すだけだ。)
右手を構える。
さっきと同じように、その力のこもった拳をコタロウの顔目がけて放つ。さっきと同じ速度、同じ力で。
のはずが、
「遅せーぞ?」
「!!!」
拳が空を切る。コタロウにかわされたのだ。驚く大介に対し、コタロウは顔面に蹴りを見舞う。
「ぐふっ!」
数メートル吹き飛ばされ、地面に転がっていく。
(なんで。なんで捉えられた!)
グルグルと頭の中で考える。しかし、答えは見つからない。
「…スケ……ダイスケ!!! 」
「え。」
鳴り止まぬ非難罵声の中で、ふと、大介を呼ぶ声が聞こえてきた。それはマルコの声だった。。大介は、咄嗟にそちらを見る。
「どうした動きが鈍いぞ!!! 」
(俺の動きが鈍い?)
言っている意味が分からない。自分は確かにいつも通りに動いているから。
と、ある仮説が思い浮かぶ。まさかと思い、無言でコタロウを見ると、
「やっと気づいたか…お前は既に、俺の毒に侵される。」
「なんだと?」
しかし、大介は、【耐性魔法 / 猛毒耐性】を発動させている。よっぽど強力な毒魔法でもなければ効くはずがないのだ。
「耐性魔法は万能じゃない。耐性魔法は、対象となるものを“軽減する“だけ、完全に跳ね返すわけじゃない…」
コタロウは、人差し指で大介を指差す。
「…そして、毒は“蓄積“だ。今までお前が食らった毒、新コタロウ8号が、少しずつ、少しずつ。お前の身体を蝕んでいく。」
毒沼、大津波、毒のシールド、そして毒分身。それら全てに仕込まれていた毒の蓄積で大介の速度は人並みにまで落ちていた。
(でも、なんで気づかなかったんだ。)
その心の声に勘づき、コタロウが続ける。
「新コタロウ8号は、相手の脳を支配し、身体の自由を奪う毒。そして、コレの真骨頂は、“自分が毒に侵されることすら気づかないこと“だ。」
「な!? 威力にネーミングが追いついてない!」
「あ”あ”!? お前、俺の渾身のネーミングを! 」
怒りながらコタロウは手のひらを上に向け、自分の前へ出す。
ボコボコボコッ
さっきまでとは違う、ドス黒い液体が手のひらから溢れ出る。
「お前、言ったよなあ、殺す気で来いって! …後悔するなよ、コレは“殺す毒“だ。」
ボコボコボコボコボコボコボコッッッッ
遂には手に収まりきらず、下に滴り落ちていく。落ちたソレは地面でシューシューと音を立てている。
「【毒魔法 / 禁じ手】。」
その声は少し震えている。
(スピードが効かない。なら、パワーで行く。)
「【サポート魔法 / 高速移動領域】解除。【風魔法 / 風拳武装】!」
地面を覆っていた“白“が消え、
ゴーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!!!!!
闘技場内に強風が吹き始める。その風は大介に向かって吹いていた。
コタロウの長い髪が大介の方に、向かってなびく。
(なぜだろう。追い詰めているはずなのに。この男に、勝つビジョンが浮かばない。)
「死ねぇ!!!」
相手を信頼しているからこそ。
大量の黒い毒が、不規則に。大介に迫る。
バァーーーーーーーンッッッッッッッッ!!!!!!!!
「………ふっ。」
自然と笑みがこぼれてしまった。やっぱりな、と。
大介を覆う毒は、触れる寸前で消し飛んだ。大介が拳の風圧で消し飛ばしたのだ。
大介が発生させた突風がコタロウを、会場全体を襲う。皆両手で顔を覆い、吹き飛ばされないように踏ん張る。コタロウも気張るが、結局尻餅をついてしまった。
風が収まると、闘技場内に初めて静寂が訪れた。
「…参った、降参だ。」
天を見上げ、呟く。互いに無傷。身体のどこにも傷は無い。
ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「まだいけたろ。」
闘技場の中央に立つふたり。
「最後のが無理なら無理だよ。無駄に魔力も使いたくねーし。」
大介は、笑いながら左手を差し出す。
「?」
「握手。するんだろ? 最後は健闘を称えてって“ルール“に書いてあったよ。」
今、コタロウの両手はポケットに突っ込まれている。
「ふっ、握手を求められるのは初めてだよ。…俺に触れると汚れるんだと。」
なんでもないように言うが、どこか悲しそうに感じてしまうのはなぜだろうか。
「………。お前、うち来いよ。」
「あ”? どー言う意味だ?」
「そしたら、俺が毒魔法学べるだろ? 教えてくれよ!」
どうやらうちの学校に来いと言っているらしい。
コタロウは、下を向いた。その表情は誰にも、正面にいる大介にも見えない。
一旦の沈黙の後。コタロウは顔を上げた。ニヤリと笑う。
「そんな面倒くさいのはごめんだ。」
言って背を向け歩き出した。
結局、ふたりは握手をしなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
コタロウが帰る道。闘技場のバトルフィールドに入るための入場口。応援する同級生など居ないコタロウを待つ者など居ない。ただ、ひとりだけ。コタロウの出場を推薦してくれた先生の姿があった。
「すいません。反対を押し切って出してくれたのに…」
申し訳なさそうに言う。先生は優しい口調で、励ますように答えた。
「私は別に君を勝たせるために出場させたわけじゃない。私はあなたの存在を、世の中に見せてやりたかったの。」
「外の世界?」
コタロウには言っている意味が理解できなかった。自分の存在など、世間に見せてどうするというのか。たったひとつの学校内でさえ蔑まれている自分を。
「この国のどこかに。必ず君を理解してくれる人はいる。そう信じて、君を大会に参加させた。この大会に出れば、沢山の人が、“純粋な気持ち”で君を見るから。君の勝負は負けてしまったけれど、私の勝負は…彼は、君を理解してくれたんでしょ?」
「………!」
驚いたように先生を見た。最後の、コタロウと大介の会話は、闘技場中央でした。入場口のスレスレで見ていたのだとしても聞くことなどできるはずがなかった。
その考えを察したようで、先生は微笑む。
「見てれば分かる。君があんなにも楽しそうに戦っている姿を、私は見たことない。」
コタロウは、顔を背けて頭をかいた。
「…めんどくせーだけですよ。こっち来て、毒魔法を教えてくれ、なんて言ってくるヤツですよ?」
その態度と言葉から伝わる感情。先生の自信が確信に変わる。
「あなたは、ピスケ第三に行きなさい。」
生徒からは嫌われているコタロウだが、教師の中ではコタロウを押す者は多かった。大人でさえ苦闘する毒魔法を、独学で学ぶ学生。それは、よっぽどの努力と創造力が無ければ成り立たない。本来ならばコタロウは、オイプロクスの誇りとなるべき存在であった。
当然、教師陣はコタロウをかばった。しかしある日、コタロウが先生を脅しているというウワサが流れてしまったのだ。
「先生。俺いいです。別に気にしてないんで。」
この手の問題は難しい。コチラを立てればアチラが立たず。どうやっても行き止まってるしまう。コタロウもソレをわかっていた。優秀な生徒だから。
「そう…ごめんね。」
その言葉に甘えてしまった。
気にしないわけ無いのに。
コタロウの顔から目をそらした。
「いや俺は別に…」
「いえ、あなたの意見は関係無いの。」
正直に言えば、残って欲しい。コタロウが出て行くことは、きっとオイプロクス第一魔法学院にとって痛手になる。しかしそれはあくまでも学校側の意見。
「正直。悩みのタネが居なかなった方が、学校としてもありがたいの。私たちの為に、出て行って欲しい。」
大事なのは、コタロウの意見。
「「………」」
ジッと、数秒先生を見つめると、
「分かりました。」
目をそらし、コタロウは先生の横を通り過ぎて行く。
(分かり易いのに、素直じゃない。)
通路に、足音が響き渡る。その音は一定のリズムを刻んでいく。
先生は、何もしてやれなかった自分を思い出し、鼻で笑った。
と、足音が止まる。
「ありがとうございました…」
「え…」
先生が振り返ると、そこにコタロウの姿はなかった。
もしかしたら、分かったのかもしれない。
彼は優秀な生徒だから。




