孤高の毒使い
【オイプロクス第一魔法学院 / 闘技場】
国内の高等部の生徒でその魔法の実力を競い合う大会、エルストレガ。その規模の大きさから、試合はいくつかの会場に別れて行われる。オイプロクス第一の闘技場もそのひとつである。
「俺たち、完全アウェーだな。」
マルコは闘技場内を見渡す。闘技場は観客でごった返している。そして、その観客はオイプロクスの生徒ばかり。ピスケ第三の生徒は、マルコを含めても100人いるかどうかといったところ。対して、ホームであるオイプロクス生徒の数はその比ではなかった。
「君たち。ピスケ第三の生徒だよね?」
不意に話しかけられる。見ると、オイプロクス第一の制服を着ていた。ここの生徒だ。
「おー? なんのようだ?」
レイジが、そんな敵である彼らに睨みをきかせる。ナメられないように。人数的に不利な状況だ。何かをされたら数で押し切られてしまう。
「いや、別に何をしようってわけじゃないよ。ただ、ひとつ謝っておきたくてね。」
オイプロクス第一の恐らくリーダー的存在であろう、ひとりの少年が申し訳なさそうに言った。
「謝るぅ? なんだコラ、まだ勝負は決まってねーだろナメんな!」
マルコがグッと前に出て、顔を近づけて威嚇する。相手は一瞬ひるんだが、すぐに立て直すと、
「違う違う、誤解だよ。俺は本当に純粋に。君たちに伝えなくてはいけないことがあるだけなんだ。」
手のひらを左右に振りながら、必死に敵意が無いことをアピールする。
「なんだコラ! 言ってみろよコノヤロー!」
あくまで喧嘩腰の態度を崩さない。
「対戦相手、いるだろ? コタロウっていう。」
確かにいる。コタロウ。オイプロクス第一の代表選手で、大介の一回戦の対戦相手である。しかし、だからなぜ謝るのか。わからない。
「コタロウは、危険な“毒魔法“の使い手なんだ。」
聞き覚えのない名前に戸惑う。そんなマルコたちに真剣な眼差しを送りながら続ける。
「知らなくても無理ないよ。毒魔法はその余りの危険さから、高等部の教科書にも載っていない魔法だから。だが、そんな危険な魔法を、アイツは平気で使うんだ!」
憤りを隠せない様子のその少年。よく見れば、後ろにいる大勢のオイプロクス第一の生徒たちも皆同じような苦い表情をしている。
「危険な魔法…」
「申し訳ない。俺たちも先生に出さないよう抗議したんだが……アイツ金でも握らせたか…!」
「クソッ…」
「アノヤロー!!!」
悔しそうな声が聞こえてくる。
「…おいおいダイスケ大丈夫かよ…」
マルコたちが闘技場の中央に目をやる。今は誰もいないそのバトルフィールドを心配そうな目で見つめていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ふたりの少年が闘技場に現れた。それと同時に、盛大なブーイングが起こる。大介とコタロウだ。
(俺か?)
ここは、オイプロクス第一魔法学院。大介にとっては完全アウェーであり、対戦相手にとってはホームである。大介がそう感じるのも無理はない。
しかし、すぐにブーイングの対象が自分でないことが分かる。
「帰れ外道!!!」
「このオイプロクスから出てけクズやろう!!!」
「どうせまた卑怯な手でも使ったんだろ。コタロウ!!!」
コタロウとは、対戦相手の名である。このオイプロクス第一魔法学院の生徒であり、大会に出場するふたりの学校代表の内のひとりだ。普通は大声援を送られる立場であるはず。
(ホームなんだよな?…ていうか…)
しかし、そんな大ブーイングより気になることが大介にはあった。対戦相手であるコタロウは、とても長い髪の毛を後ろで束ねて、ポニーテールにしている。しかし、慣れていないのか、時間が無かったのか。しばれていない髪の毛が頭の至る所でハネまくっていた。服もヨレヨレ。目の下にはクマがくっきりと入っている。
「ボッサボサだな。」
あれほどだらしない人は、自分以外では初めてだった。今まで森で暮らしていた大介は、何かと疎い。特にファッション。オシャレってなに? 髪の毛をいじる意味ってあんの? 服なんか暖をとるための物でしょ? そんな気持ちを分かってくれる人は全くいなかった。
「あ? 文句あんのか? 髪の毛なんか、前が見えればなんでもいい。」
コタロウはポケットに手を突っ込み、めんどくさそうにそう答えると、大きなため息をついた。きっと今まで散々言われてきたのだろう。
しかし、そんな突き放すような言葉であるにも関わらず、大介の表情がパッと明るくなる。
「そうだよな!」
大介にとっても、髪の毛は、長いなぁと思ったら邪魔にならない程度には切る。くらいの認識だ。今まで理解されなかった気持ちを、初めて共有できた気がして少しテンションが上がってしまったのだ。
「ちっ、……なぁ、お前に良いこと教えてやるよ。 」
何かが気に障ったようだが、大介には分からない。その後の意味も。
「?」
コタロウはニヤリと笑った。何かを企んでいるその顔は、良いことを教えてくれる雰囲気ではない。少なくとも大輔にとっては良いことではないだろう。
「“大会出場者は試合開始の笛の音と共に戦闘を許可する“ってのが、この大会のルールだ。だから合図があるまで攻撃してはいけないってことだが…」
ビィーーーーーーーーーーー!!!
コタロウの言葉を遮って、試合開始の笛が鳴った。次に笛が鳴るのは、勝敗が決したときだ。しかし、コタロウはその音を気にすら素振りを見せず、大介の方を変わらず不敵な笑みを浮かべている。
「…“戦闘準備“はしてオーケーってことだ。」
ドクンッ
「!」
途端に、大介の身体に異変が生じた。身体が小刻みに震え出す。大介は自分の手や足を見下ろし、震えを止めようと力を込めるが、そもそも力が入らない。
観客がざわつく。
「…うっ…うう…」
とうとう、大介は膝から崩れ落ちる。そして遂には前のめりに倒れる。その拍子に地面に顔面強く打ちつけてしまったが、痛みも感じない。
「【毒魔法 / 毒霧】。気づかないかったろ。最小の魔力で最大の攻撃。それが俺の魔法だ。安心しろよ。ちょっと痺れるだけだ。俺は“人を殺すような“ヘマはしない。」
未だにポケットに手を入れたままの状態で。あごを上に向け、完全に大介を見下す態度をとる。返事はない。時々ピクピクと動くが、それだけだ。
観客のざわつきが更に増していく。
「もうひとつ教えてやるよ。この試合は、選手は降参もしくは戦闘不能になった時点で負けが決まる。要するに今のお前は、負け一歩手前ってことだ。」
コタロウの登場から鳴り止まないブーイングが、更にその威力を増す。そんな観客には目もくれず、コタロウは空を見上げた。
「悪いが早く終わらそう。時間がもったいない。」
批判に包まれた会場から、逃げるように。
きっかけは些細なものだった。
俺の家は比較的裕福であったが、父が厳格な人で、幼い頃に甘やかされた記憶がない。
「コタロウ、今日は好きなものを買ってやろう。」
その日はなぜか父の機嫌が良かった。勤務先で何かあったのか、誰かに影響を受けたのか。俺の誕生日だったかも知れない。
俺は漫画が欲しかった。周りの友達がよく漫画の話をしていたから。
大きな本屋だった。難しそうな本がたくさん並んでいた。俺は一目散に漫画コーナーへ向かった。
漫画コーナーの一角、友達から面白いと聞いていた漫画が置いてある場所の前に着いた。俺は一冊の漫画を取ろうと手を伸ばした。そのとき。
ふと、となりに。見るからに漫画では無い、一回り大きな本が無理やり押し込まれていた。
(一体誰が?)
分からないけど、なんとなく俺はその本を手に取ることにした。本のタイトルは…、忘れた。書いた人も、内容もほとんど覚えていない。
けれど、ひとつ。今でも鮮明に覚えている文章がある。それは、本の最後に書かれていた。
「しかし、毒魔術はその扱いの難しさ故に誰もその真価を見たことが無い、この世で最も発展途上の魔術と言える。挑戦するのにこれ以上素晴らしい理由があるか?」
漢字だらけの文章だった。読めたのは父が厳しくしてくれたおかげ。その時初めて父親に感謝した。
俺はこの瞬間から、毒魔法にハマった。
結局買ったんだっけか? 忘れたけど、どっちみち今は手元には無い。あるのは本当に、この文章と、そのときの感情だけだ。
その後俺は、“毒キノコを食べるて死にかける“という奇行を何度も繰り返したこともあった。今となってはいい思い出だが、ひとつ気がかりなのは、そこら辺から急激に父が俺に対して優しくなったことだ。
高等部は、オイプロクスで一番魔法学に力を入れている、オイプロクス第一へ行った。そこがもっとも毒魔法を学ぶのに適していると思ったからだ。
しかし、現実は違っていた。毒魔法は高等部の教科書に載っていなかった。先生に聞くと、
「毒魔法は扱いが難しい。だから学生にはまだ早いと判断されたんだよ。」
ということらしい。仕方なく俺は、今まで通り独学で研究していくことに決めた。
魔法学の一環で、一対一の対人戦闘訓練というのがある。オイプロクス第一はそれがかなり盛んに行われていた。
「勝者、コタロウ!」
教科書にも載っていない魔法。言ってしまえば初見殺しだ。俺は戦闘訓練において、いつの間にか学年トップになっていた。
「くそ! また毒魔法か!」
「あんなの勝てるわけねーだろ!」
周りが自分から距離を置き始めていた。
(ま、今のうちだけだろ。いずれは俺の毒も対策されちまうだろうしな。)
特に気にすることなく、そんなことを考えていた。実際自分自身も自分の毒魔法の欠点はいくつか見つけていたから、他のヤツらだってすぐに気付くだろうと思っていたのだ。俺は前にも増して毒魔法を学んでいった。
「勝者、コタロウ。」
「勝者、コタロウ。」
「勝者、コタロウ。」
最初は自分の研究は間違っていなかったのだと思った。自分の努力が報われているのだと。
しかし、勝利を重ねるにつれて、様子が違うことに気づいた。
「あんなん卑怯だ…。毒魔法って教科書に載ってねーよな?」
「誰かから聞いたけど、載せるの禁止されてるんだって。」
「え!? それってかなりヤバイんじゃ…」
「何考えてるか分かんないし、あんま関わんない方がいいかもな。」
(卑怯? 禁止? 何言ってんだ?)
訳の分からない輩もいるのだと、相手にしなかった。実際相手にならなかったし。相手にするほど暇でもなかった。
それからも一度として負けることはなかったが、それは自分の努力の賜物なんかじゃないことくらい分かっていた。俺が勝ち続けいくほど、対戦相手は無気力になっていった。何の対策もして来ない。それどころか攻撃さえもしないヤツまで現れた。所々弱点が見えるように攻撃をしてやっても、ことごとく決まってしまう。
「つまんねーな…」
とうとう俺は対戦中に呟いてしまった。ずっと心にしまっていた思い。張り合いのない勝負ほど無駄なものは無い。
そしてこれが、みんなの俺への評価を決定的にした。
「アイツ、人殺したことあるらしいよ。」
「え!? マジかよ。先生も何で辞めさせねーんだよ。」
「裏で脅してんじゃね?」
「この前もブツブツひとりごと言ってたよ。」
「きっと人を殺す方法とか考えてんだろ?」
俺の成績と反比例するように、落ちていく。
(この前、何考えてるかわからないって言ってなかったか?)
毒魔法の研究は、底が見えない。
元々大量の知識と経験が必要。前例のあるモノは、すでに対策もされている。専門書は手がかりにしかならず、常に自分で考え、自分で作っていくのが基本。教科書があったところで意味は無かったかもしれない。
そんな途方も無い時間が必要な学問だから。面倒なことに無駄な労力は使いたくない。
だから…
「これでいい。ひとりの方が、研究がよく進む。」
俺は孤高の毒使いだ…
そして現在
人の噂も75日とは言うけれど、常に塗り替えられる悪評は、いつになったら終わるのだろうか。
「禁止された魔法を使うなんて、何とも思わないのかー!!!」
違う。毒魔法は教えることを禁止されただけで、使用を禁止されたわけじゃない。
「もっと正々堂々戦えー!!! 何もできない相手をいたぶって楽しいか!!!」
違う。対抗策ならいくらでもある。俺はそれを上回る研究をしているだけだ。
「一歩間違えば人が死ぬんだぞ!? いい加減気づけオイプロクスの恥さらしが!!!」
分かってないのはお前らだ。毒魔法はたしかに危険だ。でもそれは他の魔法だってそうだろ、扱い方を誤れば危険なのは。“一歩間違えば人が死ぬ“なんて、そんなの…
「そんなの、どの魔法にも言えることなのにな。」
「!?」
俺じゃない。その言葉は紛れもなく俺のものだ。でもその声は俺じゃない。
「お前、スゲーな。まだ身体がピリピリする。」
「なんで、なんで動ける!!!」
俺の毒を受けて動けるヤツなんて居なかった。なのになぜこの男はしゃべれる。起き上がることができるんだ。
イライラする。
なぜか?
俺の毒が効かなかったから。
計算が狂ったから。
外野がうるさいから。
でも1番の理由は、
「スゲー、だと? 煽ってんのか…!」
バカにしてるのか。
俺はアイツを睨みつける。どちらかと言えば童顔な俺だが、それでも精一杯。
「いや? 俺も昔に毒魔法を覚えようとして。毒魔法強いからさ。でも、覚えること多過ぎてやめた。まあ、毒を使ってくる敵は居たから、一丁前に【毒耐性】だけは覚えちまったけど。」
毒耐性だと…
【耐性魔法 / 毒耐性】
一定水準までの毒魔法を軽減する
学生で、俺以外に覚えてるヤツが居たのか。
「だから、こんなに毒魔法を操れてるお前が凄いと思ったんだ。」
「………」
なんだコイツ。
なんなんだよコイツは。
何がしたいんだこの男は。
なぜ効かない。
なぜ毒耐性を持っているんだ。
毒を使ってくる“敵“ってなんだ。
なぜ敵を褒める。
なぜ俺と同じことを考えている。
なぜ、他のヤツらと違うんだよ。
「ふざけんなよ。」
「!?」
なに驚いてる。こんなの、作戦だ。乗ったら負けだ。惑わされるなよ。
「じゃあ、もっと“スゲー“のくれてやる。」
「よっしゃ、来い!」
なにを楽しそうにしてる。
なんだよ。
なんだよ。
なんなんだよこの込み上げてくるもんは。
冗談じゃない。
今の俺はきっとあの男とは違って、ヤツを睨みつけているはずだ。
冗談じゃない。
そうでなくては、今まで俺が。まるで、
寂しかったみたいじゃないか…
「【毒魔法 / 毒沼】!」
俺の毎日は充実していた。だってそうだろ。ひとりで、あんなに頑張ってきたじゃないか。努力してきたじゃないか。
俺は孤高の毒使いなんだ。




