拳聖が鉄拳に戻る日
バーモントとキエルのふたりは、箒に乗って帰路についていた。
「最後、なぜ止めたんだ?」
「さっきも言ったでしょう。あなたたちが闘技場を…」
「本当に“それだけ“か?」
「!!!」
全てを見透かしたような目で、キエルを見る。
「止める機会はいくらでもあったろう。他に理由はないのか?」
互いにぶつかり合う前。大介が、闘技場の壁に激突し、観客席が半壊した時。止めるべき場面は最後だけではなかったはずだ。それは、つまり最後のあの場面には何か他に止めるべき事柄があったということ。
「…あ、ありませんよそんなの。」
キエルから目を外し、前を見つめる。
「私が負けると、思ったからじゃないのか?」
「………」
キエルはバーモントから顔を背けてしまう。その態度と沈黙は、イコール肯定を意味していた。
「がははは。別に責めてるわけじゃない。私も思ったよ。最後の一撃。あれは今までのとは違う、私はあの攻撃に、明確に“死“をイメージした。」
最後の大介の攻撃には、【風魔法】が使われていた。それは、ふたりの戦いの中で初めて使われた大介による攻撃的な魔法であった。
「死…」
まさかそこまでとは思っていなかったようで、キエルは言葉に詰まる。
「私もまだまだのようだ。隊長になり、私は浮かれていたのかも知れない。生徒にあんなことを言っておいて、私は停滞していたようだ。」
「そ、そんなことはないです! バーモント隊長は誰よりも自分に厳しく、常に上を見ているお方です!」
「いや。私は、隊長の肩書きに囚われ過ぎていたようだ。数年前、ただの隊員だった頃の私はもっと、もっと自分のことで一杯だった。どこまで行っても、壁、壁だった。満足した日なんか、無かった。今日、私は久しぶりに自分のために戦った気がする。」
「バーモント、さん。」
「私はまたイチからやり直そうと思う。“鉄拳“と呼ばれたあの頃に、戻ろうと思う。…こんな私だが、ついてきてくれるか?」
「俺は、バーモントさんが副隊長に指名してくれたあの日から、どこまでもついていくと決めていますから。」
「そうか。」
「はい!」
ふたりの見つめる先には、魔導騎士団の本部がある。しかし、ふたりの目はそこには向いていなかった。見据える先は遥か遠くにある。
その後、二番隊が最強の部隊と呼ばれる日はそう遠くない未来の話。