拳聖の猛攻
バーモントが観客席から降りてきた大介をまじまじと見つめる。
「少年、名はなんと言う。」
「大介。」
「俺の名はバーモント。」
「知ってます。」
すると、バーモントは持っていたマイクを隣にいたキエルに渡す。
「キエル、観客席に行ってくれ。」
「観客席、ですか?」
聞き返したのは、わざわざ観客席にまで自分が退がる必要があるのかという疑問からだった。相手はあくまでも学生。キエルは、戦うといってもこの場から避難するほどの激戦をするとは到底思えなかった。
「あの少年、なかなかイカツイぞ。“勘“だがな。」
「勘…分かりました。」
納得した様子で、キエルはバーモントからマイクを受け取り、闘技場の観客席へと向かった。
キエルが観客席に着いたのを見届け、大介に向き直る。準備運動なのか、両手の関節をパキパキと鳴らし始めた。
(拳聖バーモント。拳を使うんだっけか…近距離タイプか?)
「…ずいぶん見てくるな。…じゃあ、こっちから行こうか。」
バーモントがおもむろに、右手で握りこぶしをつくると、腕を後ろへ引いた。
「やっぱ近距離。」
「【鉄魔法 / 鉄拳】」
バーモントの右側に、巨大なコブシの形をした鉄の塊が出現した。バーモントがその場で何かを殴りつけるように腕を動かす。
「!?」
その動きと呼応するように、巨大な鉄拳が大介に向かって迫る。
(遠距離かよ!)
心の中で叫びながら、その自分の身長のひと回りもふた回りもデカイ鉄拳を右手で受ける。
大介の指が鉄拳に食い込む。
ピキピキピキッッ
鉄拳に亀裂がはしっていく。
バキッーーーーーーン!!!
砕かれ、破片が舞った。
「いきなりあぶねぇな。」
「がはははははは、やるな少年! じゃあ、次はどうだ?」
先ほどと同じ巨大なコブシ型の鉄の塊が、今度は大介を中心に、至る所に出現した。その全てが大介に向いている。
「【鉄魔法 / 千手の鉄拳】!」
一撃目。
大介はそれを難なくかわす。
二撃目、三撃目、…。次々と大介を襲う。
(マルコの雷に比べたら、避けやすい。)
しかし、大介はそれらをかわしながら、バーモントに向かっていく。
「…ナメるなよ小僧。」
大介の足下の地面がわずかに盛り上がった。
「!!!」
次の瞬間、大地を割って、鉄拳が大介を捉えた。
「ぐあ!!!」
突き上げられ、空中へぶっとばされる。
「まだまだ。」
宙に投げたれ身動きのとれない大介に、追撃の鉄拳。それが大介の顔面にクリーンヒットした。
バキバキバキッッッッッッッッッ!!!!!!
そのまま、後ろの闘技場の壁に激突。そのあまりの衝撃に、激突した側の観客席がガラガラと崩れ始める。
「崩れる!」
「に、逃げろー!!!」
避難する生徒たち。
「やり過ぎだろ…」
「おい、死んだんじゃねーか?」
バーモントの闘技場をも破壊する攻撃に若干引き気味である。
「ダイスケ! 大丈夫かー!!!」
ガラガラガラガラ
崩れたガレキが動かされている音が響く。
「…大丈夫だマルコ、今回はまだ死んでない。イテテ…」
ガレキの中から大介が、額をさすりながら出てきた。
「ダイスケ、無事だったか! ……ってダイスケ!?」
安心も束の間、マルコは大介の姿を見て驚愕する。
「ダ、ダイスケが割れてるー!!!」
それもそのはず。大介の頭から足から、身体全身、至る所にヒビが入っていたのだ。動くと、ポロポロとカケラのようなものが落ちていく。
「安心しろよ。“シールド“だ。」
【防御魔法 / シールド】
魔力をそのまま具現化したもの 変幻自在
大介は、勝負が始まる前に、念のために全身を薄い【シールド】で覆っていたのだ。これならばある程度の衝撃には耐えることができる。大介は不死身ではあるが、死にたくはない。死なないための最善を尽くす。だから【防御魔法 / シールド】は大介が5000年で最も多く使用し、また磨いてきた魔法なのだ。
「そうか、バーモントさんはこれが分かってたからあれだけの攻撃を仕掛けたのか!」
生徒のひとりが納得したように言った。すると、それに他の観客たちも賛同していく。
ただひとりを除いて。
「いや、生徒さんには悪いけど…」
(あっぶねぇー…。シールド張ってて良かったぁ〜。危うく死なせるところだった。)
「隊長はそんな器用な人じゃない。」
額に一筋の汗を垂らしながら呟いたキエルの言葉は、歓声でかき消され誰の耳にも届かなかった。