魔導騎士団
編入試験に合格した大介は、アマナツとマルコが居る2年3組に入れられた。どうせなら知り合いが居る組に入れた方が本人的にも良いだろうという先生たちの計らいらしい。
「明日だね!」
「いよいよだな。」
「早く明日にならないかなぁ。」
人数が多いせいか、この学校は活気がある。生徒も先生も明るい人が多い印象だ。大介が廊下を歩いていると、そんな楽し気に話す生徒の姿が学校の端々に見られる。
2年3組の教室に入ると、既に殆どの生徒が席に着いていた。アマナツは居ないが、マルコは頬杖をつき、大きなあくびをしながら座っている。アマナツが居ないからだろうか、退屈そうである。
「今日はやけに楽しそうな人が多いな。」
隣に座るマルコに話しかける。どうも皆明日を気にしている様子で、気になっていた。マルコは眠たそうな目で大介を見る。単純に朝が弱いらしい。
「お前この前入ったばかりだもんな。明日は魔導騎士団が来る日なんだよ。だから皆んな浮かれてんだよ。」
「魔導騎士団?」
「え!? おいおい知らねーのかよダイスケ!」
大声を出したのは眠そうなマルコでは無く、大介の前の席に座っていた少年レイジだった。急に後ろを振り返り、嘘だろという表情を浮かべ、大介を見る。
「有名なのかソレ。」
知らない単語がまた増えた。
「有名も何も、この国みんなの憧れだよ! 知らないなんて有り得ない!」
「レイジは熱狂的な騎士団ファンだからな。絡まれるとうぜぇぞ?」
マルコが少しウンザリした声で言った。大介にしてみれば、お前も大概だけどなと思うのだが、口には出さなかった。
編入試験の後、マルコに強引に連れて行かれ、アマナツ延いては女性の素晴らしさについて、丸一日語られた。あの地獄の時間を思い出すと、マルコに絡まれるのはもう懲り懲りだったのだ。
「お前が言うな! マルコだってアマナツの事キモく語ってんだろ!」
「あ゛あ゛? キモくねーし! お前のウザ語りと一緒にすんな! あとアマナツ“さん“な!」
「アマナツには悪いが、魔導騎士団は国中の憧れ、ヒーローなんだ。ダイスケもそう思うだろ!?」
「え! ああうん。」
突然のレイジからの問いかけ。なるべく巻き込まれないように静かにしていたのに。
「“魔導“の称号を与えられた、誇り高き戦士の集まり、騎士団! そんな魔導騎士団に出会ったのは俺がまだ小さい頃…」
(似た者同士だな……、ん? 魔導?)
大介はしみじみと思っうのだった。
「……。ダイスケ、魔導って知ってるか?」
ひとりで昔話を永遠と語っているレイジを他所に、マルコが問う。大介がまた疑問を抱いたことに気付いたらしい。編入試験の一件以来、マルコと大介は行動を共にすることが多かった。そのおかげか、大介の気持ちが徐々に分かってきていた。
「知らん。」
「魔導ってのはな? この国で最も栄誉ある称号なんだよ。例えば、魔法使いの最高峰は“魔導師“。魔導騎士団は、その魔導師の集まりなんだ。他にも、国内有数の名門校には“レオナルド魔導学院“てのがある。“魔導“を得るってのはそれだけでスゲーことなんだよ。」
そう話すマルコの目はキラキラ輝いている。なんだかんだ言って、マルコも魔導騎士団に憧れを抱いているようだ。
「魔導騎士団か…」
「…だから俺は魔導騎士団に憧れたんだ!」
((あ、まだ話してたんだ。))
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翌日
ピスケ第三魔法学園高等部の生徒全員が、ひとつの闘技場に集められた。
大介・レイジ・マルコも当然闘技場に、しかも最前列に横並びに座っていた。魔導騎士団の人はこの円形闘技場の中央に立つ予定なので、かなりの特等席である。はずなのに、もうずっとマルコは苛立ちっぱなしだった。あんなに目を輝かせていたはずなのに。
その原因は昨日の授業終わりにあった。
最後の授業が終わったと同時に、突然レイジが立ち上がった。
「場所取りするぞ!」
そう言うと、マルコと大介を強引に引っ張って教室を出て行くと、今座っているこの場所へ連れて行き、そこで一夜を明かしたのだ。この硬い石造りの席で。
「お前のせいで関節バキバキだわ!」
今がまだ朝だということもあり、目つきの悪さがマックスである。
「い、いい席とれて良かった〜。な、ダイスケ!」
マルコの方は見ないようにしながら、大介にこの行動に対する正当性を確かめる。
「が、がんばった甲斐あった〜、よかったな〜。」
言わなきゃレイジが殺される。
「「「おぉぉーーーー!!!!!」」」
突然大介の耳に聞こえる歓声。周りが全員闘技場の中央を見ていた。そちらに目をやると、今まさにふたりの男性が入ってくるところだった。
「あれか?」
「あれとはなんだ! あの方々は、魔導騎士団・二番隊隊長バーモントさんと、副隊長キエルさんだよ。」
レイジは身を乗り出し、少しでも近づこうとしている。
「特にバーモントは最近じゃあ“拳聖“って呼ばれてる。」
「こぶしを使うのか?」
「そこはお前に近いかもな。」
マルコはイタズラっぽくニヤニヤしながら答えた。魔導騎士団の登場によって、マルコの機嫌も直ったようだ。
ふたりが中心に立つ。正確に言えば、ひとりがマイクを持って立ち、もうひとりはその一歩後ろで気をつけの姿勢で立っていた。
マイクを持った男性の方が軽く咳払いをし、話し始めた。
「盛大な出迎え、感謝する。我々は、魔導騎士団二番隊、隊長のバーモントと…」
言いながら、後ろを振り返り、
「彼が副隊長のキエルだ。よろしく。まぁ、なんだ。こういうのはあまり慣れていなくてな、何を話したらいいかもよく分からない。だから君たちの質問に答えていこうと思うのだが、あるかな?」
照れ臭そうにしながら、少し自信なさげに問いかける。しかし、そんなバーモントの予想に反して生徒は我先にとほぼ全員が手を挙げた。うるさいくらいに皆ハイハイ言っている。
バーモントは少しの間目を見開き驚いていたが、嬉しそうに手を挙げている生徒を当てていった。もちろん、かなりの距離があるので、当てるときはその生徒の服装であるとか髪型だとかを添えて当てていった。
ひとりの生徒が当てられた。どこか意地の悪そうな笑顔を浮かべている。
「バーモントさんはどうしてそんなに強くなれたんですか? まさか、国民のためとか、そんな綺麗ごと言わないですよね?」
それは悪意のこもった質問だった。反抗したい年頃なのだろう。
発言し終わった次の瞬間、
「テメー! 失礼だぞ!!!」
「そんなこと言いに来たなら帰れ!!!」
「オメーに何がわかんだ!!!」
怒涛の非難の嵐が起こる。言った本人も平静を装うが、かなりダメージを受けている様子だ。内心言わなきゃ良かったと思っているだろう。しかしそんな中、闘技場中央から、
「そうだな。」
と言う凛々しい声が響き渡った。バーモントだ。嵐が嘘のようにピタリと止む。
「私が魔導騎士団になったのは、ひとりの友の存在が大きい。小さい頃からそいつとなにかと競い合っていたら、いつの間にか魔導騎士団に入っていた。私が強くなれたのもその友がいたからだ。」
微笑みながら発せられた言葉からは、バーモントの誠実な人柄が伝わってくる。
しかし、バーモントの発言は観衆が求めていたそれではなかった。質問をした生徒は、それ見たことかと勝ち誇りながら安堵の表情を浮かべ、その他の生徒たちはどこか残念そうな表情。
バーモントは続ける。
「…そして、今の私がいるのは国民のおかげでもある。みんなの期待に応え、また守るために。これは何もリップサービスで言っているんじゃない。確かに、守るべきものがあるというのは時として邪魔になる。雑念も生まれる。しかし私は、絶体絶命の場面、もうダメだと思ったとき、国民を守りたいという気持ちに何度も命を救われてきた。これは紛れもない事実なんだ。だから私が生きて、今でも上を目指せるのは国民のおかげだ。」
静まり返る場内
「つまり、私が強くなれたのは友のおかげだが、強くなることができるのは国民のおかげだと、言えるのではないだろうか。」
質問をした生徒が、パチパチと手を叩いた。それは、バーモントに対する謝罪の表れか、はたまた純粋な感動からか。少なくとも、この生徒の心が動かされたのは確かだ。
場内に広がっていく拍手の波は、次第に闘技場全体に広がっていく。歓声をあげる者はいなかった。静かな場内に手を叩く音だけが聴こえる。
「私今かなり良いこと言ったな!」
「「「え?」」」
がはははははははははははは!!!!!!!!
拍手の嵐を止めたのは、またもやバーモントだった。嵐を止める才能があるようだ。闘技場全体に問いかけ、豪快に笑う。良くも悪くもウラオモテがない人なのだろう。
「それは心の中で止めておいてください!」
今までずっと直立不動の姿勢を崩さず、黙っていた副団長がたまらず大声をあげる。
「ん? お前もそう思うだろ?」
「しかし最後のは要らないでしょう…」
「あ、そうか! 失敗した〜。こういう堅いのはいつもお前に任せていたからな〜。スピーチもいつもお前が考えてるし。」
「だから、余計なこと言うな!!!」
副隊長であるはずのキエル、隊長のバーモント。この会話だけ見れば立場が逆に思えるだろう。
「副隊長が隊長を叱ってるぞ?」
「かっけー! バーモントさん!」
恋は盲目
それは憧れの存在にも言えることらしい。今のレイジがまさにそれである。




