大介の戦闘スタイル
ダイスケを包んだ雷が、徐々に弱まっていく。激しい雷鳴も止み、ダイスケに向かって一直線にえぐれた地面から、土煙が舞っていた。
その土煙も風に流されて消えていく。視界が開け、ダイスケの姿がうっすらとうかがえるまでになった。
マルコがはなった【充電砲】は、ダイスケに直撃していた。手ごたえはあった。確実に、物体をとらえたという感覚がマルコにはあったのである。
目の前には、たった今発動させたかのような【シールド】と、傷1つ見当たらないダイスケの姿があった。四角く透明な壁は、その角さえ尖ったまま。ヒビ割れている様子も見られなかった。
「まさか……ここまで……」
傷もつかないとは。真っ二つに魔法が割れたのは、見ていてわかっていた。しかし、完璧に防がれるとは予想していなかった。少しの傷も負わせられないとは、考えてもみなかった。
「来いよ」
マルコはハッとした。闘いの最中に、いつまで過ぎたことを考えているのだと。マルコを見つめる彼の瞳は、真剣そのものであった。「この程度がお前の実力なのか」とマルコに訴えかけてくる。
「言ってろ」
マルコの身体がふたたび電気を帯びる。実力差は歴然。このまま闘いをつづけても、勝敗は目に見えている。マルコは、自分は負けるのだろうと悟る。ダイスケの、降りそそぐ雷に対しての身のこなし。そして、まわし蹴りの威力。きっと彼は、体術に優れている。しかし、それがどうした。
「自らけしかけた勝負を投げだすバカに、モテる未来は訪れなねぇんだよ……!」
マルコは、一気にダイスケとの距離を縮める。バチバチと音を出しながら、拳をかまえた。
「接近戦か!」
なんだその試すような口ぶりは。なにを上から、なにを楽しそうに。マルコの額に汗が滲む。マルコは自身を奮いたたせるために、必死に笑みを浮かべた。しかし彼の眉間には、深いシワが刻まれていた。
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この地に降りたってから、1500年が経過していた。ダイスケは、威力重視の魔法攻撃を主体として戦っていた。はじめのころは、膨大な魔力消費によってすぐにガス欠を起こしていた。しかし、それも今となっては昔の話。その魔力操作技術は、もてる魔力をほぼ100パーセント魔法へと変えられるまでに向上していた。そのため、魔力が底を尽きることも滅多になくなっていた。
魔法そのものが効かない敵の出現。それは、なんの前触れもなくやってきた。魔力そのものに対して強力な耐性を持ち、放った魔法はことごとく無に帰っていった。ダイスケには、なす術がなかった。その時のダイスケは、逃げる以外の方法がなかった、はるか昔の姿に戻ってしまっていた。
そしてあるとき、ダイスケは気づいた。魔法が効かない敵でも打撃は効くことに。そこから大介は、戦い方を大きく変えた。魔法は攻撃系から、強化系とサポート系に使い方を変え、もともと備わっていた超人的な身体能力をさらに鍛えあげることに注力していった。
そしてダイスケは、今もこの戦闘スタイルを貫いている。それはつまり。この戦法をとるようになってからの約3500年間、ダイスケが倒すことのできなかった敵は、存在しなかったということである。
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次々に襲いかかるマルコの拳。その手首に、ダイスケは自分の手の甲を打ちつけ、勢いを受けながしていく。いともたやすく弾かれる拳を苦い表情で見つめながらも、マルコは攻撃の手を緩めなかった。
「殴りあい苦手だな!? 覇気がねぇぞ!」
「これでも魔法使いだ! 近接は得意じゃねえ……」
蹴りあげられたマルコの脚も、全ていなされる。
「……でもなあ、そんなん関係ねぇんだよなあ!」
渾身の右ストレート、一閃。ダイスケの鉄壁の両腕をすり抜けて、頬をかすめる。いや、寸前で躱されたのだ。洗練された、最低限の動きで。おそらく、染みついた間合いによって。この男は、これまでどこでなにをしてきたのだろうかと、マルコは心で叫んだ。
そして気づく。自分の顎の下で、男の拳が止まっていた。いつからあったのか、マルコにはわからない。いつの間にあったのか、マルコにはわからない。ただ、自分が負けたことだけは、どれだけ考えなくても理解できた。
「惨めだな……俺は……」
マルコは、顎下でかまえられた拳そっと掴んだ。そして、そっと拳を自分の顎に当てた。
「……俺の顎は砕かれた。俺の負けだ」
気を失いかけてから、無理矢理起こしていた身体が悲鳴をあげる。全身の力が一気に抜けおちる感覚に襲われ、マルコは地面にあお向けに倒れていく。抗う術がない。かろうじて、意識は飛ばさずに済んだが、身体は動かなかった。魔力も体力も、この少しの間の攻防で消耗しきっていたらしい。
両手で顔を覆う。自分から始めた勝負に負けた。トドメをさされることもなく、実力差を見せつけられて負けたのだ。自分を惨めだと感じても、しかたがない。
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目の前の敵をただひたすら倒すことしか考えていなかったダイスケにとって、誰かのために闘っていたマルコの姿は、まぶしく見えた。たとえ、その理由は勘違いであったとしても、大介には輝いて映った。
「お前、いろいろと勘違いしてるぞ。俺は、アマナツさんの家族に助けられたんだ。行くあてがなかった俺を、あの人たちが拾ってくれたんだ。ほら……アマナツさんて、優しいだろ……?」
「え……そう、だったのか!? 」
マルコの目に正気が宿る。身体を勢いよく起こすと、ダイスケを凝視した。
「あ、ああ。それに、目撃証言てのもそうだ。大事なことをが抜けてる! その現場には絶対、俺とアマナツさんの他にも、家族の誰かがいたはずだ!」
「なにぃいいい!?」
実際のところ、アマナツには、かなりの頻度でキツイことを言われる。「常識ないもんね!」なんて「おはよう!」の感覚で言われるようになった。優しいことはウソではない。しかし本当とも言いきれない。場を収めるための、ちょっとした誇張表現というものだ。
うなだれてムードがウソのように、飛ぶような軽やかさで起きあがる。ダイスケは、瞬間で肩を掴まれ、前後に激しく揺さぶられる。
「あ、ぁあ。そうだよぉおぉお……」
「なんだよ〜。それならそうと、早く言ってくれればいいのに〜」
頭がふらつく、いくら鍛えても、揺れに強くはならない。今度は、上機嫌に肩をバシバシと叩かれる。
「よし! 誤解も解けたことだ! 同士よ、これから俺の部屋でアマナツさんについて朝まで語り合おうじゃあないか?」
「えぇ……いやあ、俺いま……」
今がまさに朝である。正確にはもうお昼に近いが。マルコの言う朝とは、いったいいつのことなのだろうか。
「早速行くぞー!」
笑いながら強引に肩を組むと、そのまま寮のある方向へと、ズルズルと引かれていく。どこにこんな力があるのだろうか。さっきの闘いで披露してほしかった。
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「行っちゃいますけど……」
「どうすんスか? とりあえず、マルコはサボりなんで反省文書かせますけど」
「ん〜……まあ、合格でいいんじゃないか? ……彼をそのまま放置しておくほうが、危ない気もするし……勉強も、なんとかなると信じて、ね?」
「それは同感です。あれを野放しは冗談キツいっスわ」
「しかし、彼は本当に17歳なのでしょうか……」