乱入者は止まらない
ダイスケは、着実にマルコに近づいていく。真っ直ぐではないにせよ、確実に。どの雷も、その歩みを止めることはできなかった。マルコの額には汗が浮かびあがっている。ついに、距離2メートルにまでなっていた。
右の手を握り、小さく振りかぶる。その間は、1メートルにまで縮まっており、なおも詰められる。マルコの周りには、雷が落ちてこなかった。つまり、止める術がないと予想できる。
「クソッ!」
「力入れとけよ」
ダイスケが身体を回転させる。一回転が終わった瞬間2人の目と目がバチッと合った。
「クソがあ!」
遠心力により増大した力が踵集約される。バキバキバキとなにかが割れる音がしたと同時。マルコの顎に、踵が入った。ダイスケは遠心力を余すことなく、脚を振りきる。たまらず、マルコは飛ばされていった。
「ぐあっ!」
着地と同時に足もとを見る。すると、わずかにマルコの足跡が残っていた。足跡は踵の部分の土が、強く盛りあがっている。それは、必死に踏んばっていたという証であった。
もう1度、マルコに目線を戻す。彼は、闘技場の壁にぶつかって止まっていた。今、ちょうど力なく地面に膝をついている最中であった。もうあとわずかで、地面に臥すのだろう。
「ゔ……ゔゔ……」
しかし、マルコは寸前のところで地面に手をついた。そして、思いきり自身の顔面を殴る。ダイスケは何事かと目を見張るが、直後に気を失わせないためだと悟った。ダイスケは、険しい表情を浮かべながら、その姿を眺める。
「あれー? 本気で蹴らなかったんですかー?」
守護天使の言葉には純粋な疑問がうかがえた。どうやら、煽っているつもりはないようであった。
「盗賊んときみたいなヘマはしねぇ。でも、それだけじゃない。アイツ、とっさに殴られる箇所ピンポイントで【シールド】張りやがった」
【防御魔法 / シールド】
魔法に対して有効な防御壁。形を自由に変化させることが可能。物理攻撃しては比較的弱い。
「おー」
「瞬発力はかなりあるなあ」
「ただ……蹴られるなんて、いつぶりだ……!?」
顎を摩りながら、上下に動かす。その目は、いまだ鋭く睨みつけてくる。ダイスケは、腕を組むと首を傾げた。
「なんでお前、俺のこと嫌ってんだ?」
ダイスケは、マルコの顔を見たことも名前を聞いたこともなかった。全くの初対面だという自信がある。怒らせるようなことをした記憶も、当然なかった。
「なんで、だと……? あんなことしておいて……よくもそんな口がきけるな!?」
「ちょっと大介さんー!? なにしちゃったんですかー!」
あまりの怒りように、流石に守護天使もあせり気味だ。
「いや本当にわからん」
「新参者のくせに……」
「うん」
マルコは大きく息を吸いこんだ。その勢いは、周りが真空になってしまうのではないかと心配になるほどであった。
「アマナツさんと仲よく話しやがって! 絶っ対に許さぁあああああん!」
両手を握りしめ、天に向かって吼た。その表情はまさに鬼。怒りに満ち満ちた顔をしていた。
「な、なんだそれ……」
「ウケるー」
マルコの怒りはまだ収まっていなかった。今度はダイスケを指差して叫びはじめた。
「しかも、アマナツさんと一緒に歩くお前の目撃証言多数! にこやかに微笑みあう2人の目撃証言多数! 休みに食事をしている2人の目撃証言……たす……たすけてくれえ!」
その声は震えており、頬からは涙がこぼれ落ちていた。しかもなかなかの大量であった。これにはダイスケも顔を引きつらせた。守護天使も「えぇ……」といつもの口調も忘れて引いていた。
「いや、それは一緒に暮らしてるから……」
「なんだと! どどどどど同棲してると言うのか!? クソッ! アマナツさんだけでなくそのご家族にまで魔の手が……!」
「いや。同棲というか、居候……」
「自慢か! そんなの全然羨ましくないんだからね! 俺だってなあ! お前に負けないくらいのアマナツさんとの運命的な話、持ってるから! 聞きたいか!」
「いや別に」
「聞け! アマナツさんはなあ! なんと、俺の落とした消しゴムを拾ってくれたのだあ!」
大介の言葉を全く聞こうとしない。
「当たり前じゃん」
「きんもー」
「やれやれ……これだからニワカは……いいか? アマナツさんはなあ? たった今自分の机から落ちたペンを拾って『このペン誰のですか?』と平然とクラス全員に聞いてまわる御方だぞ!?」
「おいクソやべーじゃねーか」
「聞かなくていいですよー」
「否! そこがキュートなんだろうが! 愛らしいんだろうがあ! そんなアマナツさんが、俺の落とした消しゴムはすぐに俺に渡してくれたんだ……その瞬間、俺は『ああ、これが運命なのか』と……」
「名前書いてあったんじゃねえ?」
「もう帰りましょーよー」
「う、うるせぇえええ!」
どうやら名前は書いていたらしい。十中八九、アマナツはマルコの名前を見て、返したのだろう。名前まで書いてあって、持ち主を探しまわる人間はいない。気があるようには、誰かどうとらえてもみえてこなかった。
「俺の青春の1ページに泥をぬりたくりやがって! だがもう終わりだ! テメェが呑気にしゃべってる間に、俺の充電は完了した!」
「しゃべってたのほぼお前だったけどな」
「口の減らない野郎は嫌われるぜ!? 今すぐにその口数減らして、クール系キャラにしてやるよ!」
言い終わるが早いから、両手を広げる。マルコの体全体が電気を帯びはじめた。バチバチと音を立てながら、電気は両てのひらに集まっていく。
「くらえ……」
ひらいた両手がダイスケに向けられた。
「【雷魔法 / 充電砲】!」
ゴロゴロゴロッ
マルコの手から巨大なエネルギー砲が、まばゆい光を帯びて大介に向かって放たれた。その閃光は強い衝撃波を生みだし、辺り一面に圧力をかけていた。ダイスケの短い髪がなびいている。
迫りくる雷魔法。もうすぐにでも、ダイスケをとらえるだろう。ダイスケは、右手を前に突きだし、てのひらを向けた。てのひらの先、10センチメートルのところに透明な壁が現れる。その壁は透明であったが、「そこになにかがある」程度にはわかるガラスのような見た目をしていた。
「【シールド】に、【耐性魔法 / 雷属性耐性】を付与」
シールドが一瞬だけひかった。一見すると、透明な壁は透明なまま、なにも変わっていない。直後、轟音とともに雷の光線が【シールド】と衝突した。
「終わりだあ!」
シールドを起点として、雷撃が2方向に割れた。ダイスケは、迫りくるエネルギーの塊に目を細める。雷のひかりは、ダイスケには眩しかったのだ。
ゴロゴロと轟く音は、激しさを増していく。目の前に広がるのは、白とも黄色とも、はたまたオレンジ色ともいえる光線だけ。まるで、自分を天に導く光のようなまぶしさを感じる。それ以外にはなにも見えない。ダイスケは腕でさらに目を覆った。【シールド】には、ヒビ割れ1つ入っていなかった。