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曰く、其の少年は5000年駆けて街へゆく  作者: 過猶不及
第一部
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過ぎたるは猶及ばざるが如し

 窓越しに、登校中の高校生が見える。そこにちょうど看護師が来て、今日は日差しが強いからとカーテンを閉めた。大介だいすけは、「助かりました」とだけ言って、またベッドで横になった。


             ✳︎


 日差しは夏の装いに身を包み、生命力を遺憾なく見せつけている。歩く人々はみんな、手や傘を使ってさえぎっていた。


 カーテンの隙間から入る陽光は神々しく光り輝いている。漂うほこりさえも、まるで新雪のように映って見えた。


 大介だいすけは、日光に直接当たらないように配置されたベッドの上にいた。右目だけがわずかに開けられている。しかし、それももうツラかった。


 天井に取り付けられた人工の灯火など、本来なら必要ない日和。それでも彼は人工物に照らされている。人工物に灯火を委ね、ひたすら横たわっている。


 早朝から、周りには白衣の天使と、天使を従える先生がひとり。聞こえる声は、すこぶる深刻だった。


 看護師は、“白衣の天使“を揶揄やゆと捉えるのだろうか。非常に辛い仕事であるのだから。常に恐怖と向かい合う仕事であるのだから。天使などという神秘的で赤ん坊のような可愛らしいさはないと言うのだろうか。


 少なくとも、薄目から覗くその人達は、大介にとっては天使以外の何者でもなかった。ましてや、天使は本当に可愛らしいものなのだろうか。大介の脳内には、今までに見た天使というものを必死で探す。そして気付いた。天使は服を着ないのだ。第一、大介は赤ん坊を可愛いと感じる性格ではなかった。


 看護師が天使でなければ、今まさに難しい言葉を吐いている先生も、神ではないということか。それなら、今は一体、なににすがればいいのだろう。短い走馬灯の、一体どこに現状を打破する方法が隠されているというのだろう。思い出すのは、神様仏様に自分の未来を祈り続けた日々ばかりだ。わらをもすがる思いの時に、藁の居所もつかめない。


 耳に微かに聞こえる声はいくつかある。どの声からも焦りの中には落ち着きと静けさを感じてしまう。緊急を要する事態に反する妙な静けさ。実のところ、妙なことなど1つもないのかもしれない。その瞬間彼は、自分の死を悟った。


 一瞬にして身体をむしばむ形容しがたい感情。脳内が混ざるような、全身が沈むような感覚が襲いかかる。強い恐怖、震えることさえ許さない身体が怨めしいかった。表現の自由を次から次へと奪われた自分の人生が憎かった。射し込む日光の暖かさを躊躇ちゅうちょなく感じられる彼等が羨ましかった。


「この仕打ちはなんだ……一体、俺がなにをしたっていうんだ。俺の祈りは、アンタには届かなかったのか?」


 実際には、彼は口をぱくぱくさせていただけだった。加えて酸素マスクまでしていた彼の言葉を聞くことができた者は誰もいなかった。


 17年間生きてきて、彼が敷地を飛び出した回数を数えるに片手も必要としない。鳥の脚で足りてしまう。いっそ鳥も見たことがなければ、虚しく思うこともなかった。


 歩きたかった。車椅子も杖も、補助する人も何もかも必要とせず、自分の身で。


 遊びたかった。卓上遊戯などではない。野外で身体を動かして。同年代の友と呼べる人をつくって、みんなと一緒になって。


 学校へ行きたかった。勉強の鬱陶しさを。人間関係の煩わしさを。子どもたちを想う大人からのしかりを。


 全てが彼の夢だった。味の濃い物を食べることも、人の身体になんの配慮もないジャンクフードを食べることさえも、全てが夢だったのだ。


 彼には、友だちと呼べる人も居なかった。強いていうなら看護師か。いつもニコニコしていた。


 有終の美を飾ろうと、鮮明に蘇った思い出は、じじばばと一緒に見た相撲中継だった。張り手も引き落としも、今思い出したところで、どうにも役に立ちそうにない。なんとも締まらない走馬灯だ。口角がわずかに上がる。彼にとっては、それでも数少ない楽しい思い出だった。そうでなければ、恐怖をやわらげにくるはずがない。良い人生だったと少年は思った。さっきまでの恨み辛みが嘘のよう消えていく。そろそろのようだ。


 しかし、それでも消えない思いがあった。どうしても、掻き消えることがない願い。こびりついて離れない。


「ああ、もっと長く生きたかった」


 享年17歳。看護師と病院の先生の措置も虚しく。少年、館大介やかた だいすけは静かにその短い生涯に幕を閉じた。


 わざわざご覧頂き誠にありがとうございます。

2022年5月10日、一部と二部に分けてみました。個人的には、一部はキャラクター紹介話で二部からいよいよお話スタートという感じです。なので、なんなら二部から見ていただいても……いや、全部見て頂けるのならこの上なく嬉しいです。いやいや、ただ来て頂けただけで、興味を持って頂けただけで感謝ですね。もう足向けて寝られないです。


 後書きまで読んで頂き、誠にありがとうございました。


PS : 何処に住んでるのか分からないので逆立ちして寝てます。


追記。

 実は、倍くらい加筆しました。本筋は変えておりませんので、悪しからず。わかりやすく丁寧ってホント難しいですね。丁寧に丁寧にとやっていたらいつの間にか倍くらいになってましたよ。これもしも、昔書いたやつ全部やるってなると、途方もない……

 ちなみに! 伏線的なものを付け加えるとか、そんな後載せサクサクはしていないつもりですので! そこは公平にやります。

 結果的になっちゃったとかなっていたら、その時は本当すみません。

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