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唇歯輔車  作者: akisira
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(八)ノ8

 それから二人は観音山を下り、真奈の家へと戻る。

 西村を殺害する方法と、遺体を隠す場所は決まった。あとはどうやって呼び出すかだった。


 帰りながら、二人で話し合った。鶴岡も真奈も西村の携帯番号を知らない。ポストに手紙を投函すれば、物的証拠が残ってしまう。

 西村の通勤途中を狙って、直接接触するしかないのか。ならば素性の知られた真奈は一緒にいないほうが良さそうだ。

 ただ鶴岡がそうしたとして、西村がどのような反応を示すのか。見知らぬ男がいきなり話しかければ、その場で揉めるかもしれない。それで誰かに見咎められては元も子もない。

 やはり姿は見せるべきではないようだ。観音山に土居薫が埋められたと知る者がいると、匿名で伝えるの理想だ。

 だが、それをどうするか。これという妙案が浮かばないまま、真奈の家に到着した。


「真奈、今日は親戚の家に帰りなさい」鶴岡は言った。

「どうしてよ?」

「決行はもう、ここ数日の内だ」

「うん」

「そうなれば、オレもキミも立派な犯罪者となる」

「うん、覚悟はしてるよ」

 真奈は玄関引き戸を開錠した。

 中へと入り、鶴岡は手に提げていたランチボックスのバックをカウンターの上に置いた。

「だから犯罪者となる前に、ちゃんと会っておいたほうがいい」

「別に良くない?」

 いや、と鶴岡は首を横にふり、真奈のほうへと顔を向けた。

「一晩でも二晩でもいい。一緒に過ごしてきなさい。残されたキミを引き取ってくれたのも、そしてそんなキミの為に、ここをそのままにしてくれているのも、その人たちなんだ。真奈がどう思っているのかは知らないが、やはり感謝すべきなんだよ」

「そりゃあ、感謝は、まあ、してるよ」

 真奈は口元を歪めながら、しぶしぶ認めた。

「なら、その思いを込めて会っておきなさい。言葉にしなくていい、態度にださなくたっていい。ただ、ちゃんと心の中で感謝しながら過ごしてくるんだ。同情を引くべき哀れな子から、愚かな犯罪者となるその前に」

「必要? そんなの」

 唇を尖らせ不満そうな真奈に、鶴岡は「必要だ」と毅然と告げた。

「それにオレも、ちょっと会っておきたい人がいる」

 真奈が小首を傾げ、それが誰なのか先を促した。

「弟だよ」

 嘘をついた。さあ、と鶴岡は言った。

「洗い物はしておいてやるから。真奈は自分の部屋で荷物をまとめてきなさい」

 えー、と真奈は不満の声を上げる。

「今からあ? っていうか、ワタシ行くとは言ってませんけどお」

「行くんだ」

 真奈を二階へと続く階段に追いやる。

 まだ納得はしていない様子だが、それでも真奈は自分の部屋へと入っていった。

 鶴岡は聞き耳を立ててそれを確認して、厨房へと移動した。

 シンクの中に、昼間食べたサンドイッチの容器を入れて水を勢いよく流す。洗い物かごの中にあった包丁が目についた。それを手に取った。布巾を一枚拝借して刃の部分を覆いながら、厨房を出る。

 そして流れる水の音に紛らしながら、そっと玄関の扉を引き開けた。

 外に出て周囲を伺う。人の気配はない。隣の建物との間に僅かな隙間があった。

 そこに包丁を隠すと、また厨房へと戻り、鶴岡は何食わぬ顔で洗い物をした。


   *


 真奈とは店の前で別れた。

「ツルちゃん、今晩はどうするの? ここに泊まってもいいよ」

「ああ、大丈夫だ。そのまま弟の家に泊めてもらうつもりだ」

「そう? あ、荷物は? 部屋に置きっぱなしだけど、取ってくる?」

「いや、そのままでいい。もしオレが戻って来ないようなら捨ててしまってくれ。どうせ大したものはないから」

 うん、邪魔だから捨てておくよ、と真奈は笑う。冗談だと思っている。

「じゃあ、次に俺たちが会えば、いよいよ決行だ。それまでに奴の呼び出し方は考えておくよ」

「分かった。ワタシも考えてみる」

 ああ、と鶴岡は頷き、「じゃあな」と別れを告げた。

「うん、じゃあ、またね」と真奈も応じた。

 だが、どちらも向き合ったままその場を動かない。

「ツルちゃん、行かないの?」

「見送ってやる。行ってくれ」

 へんなの、と真奈は笑い、踵を返して歩き出した。一日か二日、その程度の別れと思っている少女は、あっさりとそうした。数メートル行ったところで立ち止まり、振り返った。


「ねえ、ツルちゃん」と、笑いを声に残したまま真奈が言う。

「なんだ」と鶴岡は返した。

「頑張ろうね。一緒に」

 顔の横でこぶしを握り、むん、と表情を引き締めた。そしてすぐに笑顔で弾けさせる。傾いた陽光に照らされ、まぶしく見えた。

「ああ」と、鶴岡もつられて口元に笑みを浮かべた。そして、行きなさいと顎をしゃくる。

この笑顔を、しっかり目に焼き付けておこうと思った。


 真奈は向き直ると、また歩き出し、鶴岡から離れていった。

 小さくなる背中。

 ボストンバックを肩に下げた、華奢な少女の後ろ姿が遠ざかる。交差点を曲がる際に鶴岡のほうに顔を向け、そして手を大きく振りながら、真奈は姿を消した。


 鶴岡は、そのまま誰もいなくなった道を見つめた。名残り惜しかった。

 この嘘は上手くつけたのだろうか?

 大きな息を、一つついた。肩が上下する。

 そして鶴岡は、建物の隙間から、隠しておいた包丁を取り出した。

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