(四)ノ4
この日も概ね、昨日と同じような展開となっていた。
放課後、学校から出てきた西村は真っ直ぐに帰宅し、それから出直す事もないままに、夜は更けていった。
日付が変わる頃に家の電気が消えて、早数時間。
昨日に反省したかのように見えた真奈だったが、それはその時だけ。本日も強硬に張り込みの継続を訴え、自分の意見を押し通した。
そしてその後は、案の定である。ただじっとしているだけの退屈さに、勝手に不機嫌となった。
鶴岡に八つ当たりして、やがてその元気もなくなると、うんざりとした表情でうなだれる。
「もうさ、いっそのこと、家に火点けちゃう?」
やけくそじみた口調で、真奈が冗談めかす。
「馬鹿を言うな」鶴岡はすぐに拒否した。
「標的は西村だけだ。家族を巻き込む気なんてないぞ」
「うん、そうだね。分かってる」
「特に小さい子もいるんだ。あの子がもし逃げ遅れでもしたら最悪だ。そんなの絶対に御免だ」
「だからあ、分かってるって言ったよ。ワタシ」
ただの冗談だったのにさ、と口先でぶつぶつ言っている。
どうやら鶴岡も、心のゆとりを失っていたようだ。鶴岡は両手で自分の頬をパンと張った。
空を見上げる。心なしか、少しだけ明るくなってきたように見える。
「まいったな」
真奈は疲労と落胆の色が濃いため息をついた。
「計画の練りようがないよ。ねえ、世の中のおじさんって、こんな変化のない毎日なの?」
「人によるだろ。まあ、家庭持ちで勤めに出ていれば、平日はどうしたって単調になりがちだろうがね」
結局この二日間、西村は見事に家と学校の間を行き来しただけとなる。どのような手を使うにしても、人目にさらす事なく殺害するのは今の状況では難しい。
「今日は金曜日だね。明日からの週末の動きにかけてみますか」
「そう、だな」
鶴岡は一応は頷いた。ただ胸中では反対していた。
どうやら真奈は、明日と明後日も朝から一日中張り込むつもりでいるらしい。
だが、さすがにそれはどうだろうか?
もし西村が一度も外出しなければ、それを見張る鶴岡達も、ずっとこの場に留まり続ける事になる。
それではあまりにも近所の人の目に晒されすぎる。いくら真奈がいるとはいえ、不審に思われるのは避けようがない。
目立つの行為は慎むべきで、ここは少し作戦を考え直す必要がありそうだ。
「とりあえずどうする?」と、鶴岡は言った。
「夜明けも近い。今日のところはいったん引き上げるか?」
うーん、と真奈は唸った。手にしていたスマートフォンに目を落とす。
「そうね、でも、あと三十分」
「いや、真奈。あのな――」
なぜこの子は、これ程に張り込みに拘るのか。鶴岡は反論を試みようとした。
「待って!」
鋭く、だが潜めて真奈がそれを遮った。その声に鶴岡は、反射的に西村の家へと視線を向ける。
――動きがあった。
門が開く。金属的な音が遠慮がちに響いた。そして動く人影。すぐにその正体を、外灯の下に晒す。
西村だった。
ノータイのシャツの上に、薄手のジャケット。手提げカバン。昨日とは多少違うようだが、これが西村の基本的な着こなしなのだろう。高校の教師が出勤するのに、何の違和感もない。
ただ一つ、その時間帯を除いては。
鶴岡と真奈は塀の陰に身を潜めた。西村の背中が遠ざかっていくのを、息を殺して見守った。
「まだ、五時前だよ」
真奈は改めて、スマートフォンの画面に目を落とし確認した。
「随分と早い登校だな。部活の朝練でもあるのか?」
「どうだろ。でも、そうだとしても早すぎじゃない?」
「まあ、いいさ。とにかくつけよう」
鶴岡は歩き出す。真奈もすぐに続く。
西村が初めて見せた動き。この男の目的が何であるのか。鶴岡は緊張と興奮を覚えた。
疲れも眠気も、一瞬で吹き飛んだ。
辺りは静寂に包まれていた。歩く足音にすら気を使うほどだ。
前方で闇に紛れていた西村の後ろ姿が、外灯の光に小さく映し出され、そしてすぐにまた消える。
鶴岡は必死に目を凝らすが、この暗さでは意味がなかった。
見失わないだろうか。もっと距離を詰めたくなる。しかし気取られては意味がない。
「あ、曲がった」
傍らで真奈がささやいた。鶴岡が、え? と聞き返した時にはもう、体重の軽い彼女は足音を殺し、小走りで先へと駆けていった。とにかく鶴岡も早歩きで彼女の後を追った。
差し掛かった交差点の手前で歩速を緩め、そっと曲がり角の先の通りを伺ってみた。
外灯の下を歩く西村の姿があった。どうやら真奈のほうが、鶴岡よりも夜目が効くようだ。
「学校のルートから逸れたね」
真奈がささやく。鶴岡は頷いた。
つまり西村は、出勤前にどこか寄り道をするという事だ。
張り込みを訴えた真奈が、どうやら正しかったようだ。




