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唇歯輔車  作者: akisira
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(三)ノ6

 鶴岡と真奈の二人は朝食にと、ハンバーガーのファストフード店に入り、窓沿いのカウンター席に並んで座った。

「ワタシさあ、やっぱりイヤだなあ。あんな男の為に人生無駄にするの」

 真奈はそうつぶやいて、モーニングセットのホットドックにかぶりついた。

「ワタシの人生まだまだこれからだし」と、口の中をもごもごさせながら、不明瞭な言葉で続けた。

「なるほど」

 鶴岡は頷いた。アイスコーヒーをストローで吸い上げる。


 結局、この子の言う『殺しちゃおう』は、軽い冗談だったのか。その冗談に思いのほか、鶴岡のほうがその気になってしまっただけの事なのか。

「あ、まただ」

「なにがだ?」

「ツルちゃんの口癖」真奈は顔を向けて、クスリと笑う。

「なるほど、って。澄まし顔でよく言うよね。なんかすぐに悟っちゃてさ。その実なーんも分かってないと」

 どういう事なのか理解出来ずに、鶴岡は表情をしかめた。そんな鶴岡の反応に、真奈はまた、小さく笑みを浮かべた。

 そして伸ばしてきた人差し指で、鶴岡の眉間に寄ったしわをほぐすかのように優しくさする。


「心配しないで。西村は殺す。一緒にやっちゃおう」

 可憐な少女には、似つかわしくないはずの言葉。だが可笑さはなかった。

 幼さ故に見せる酷薄な一面。例えば、子供が捕まえた蝶々の羽を無残にむしり取ってしまうような、そんな無邪気な嗜虐性。

「でもね」真奈は言う。

「殺人犯として捕まるのはイヤだ。そう言っているの」

「ああ、なるほど」

 確かに口癖のようだ。口走ってから鶴岡は気付き、微苦笑を浮かべた。

「つまり、バレたくない。事故か自殺に見せかけよう、と言う事か」

「うん、まあ、あとはバレても、ワタシたちにはたどり着かない方法で、とか」

「そう上手くいくか?」

「どうだろうね。ワタシはともかく、ツルちゃんは由布子さんの件で西村とつながっているからね。すぐに警察がくるかも」

「いや、たぶん、それは大丈夫だ」

 鶴岡が言うと、真奈は怪訝そうな目で、どうしてかと促した。鶴岡はカウンターに視線を落として束の間、口を噤む。

 自分のホットドックの包みには手を付けていない。食欲はなかった。

 西村と言う男をこの目で初めて認識して、体中の細胞が静かに、だが確実に沸き立っていた。


「由布子がその、自殺をしたとき」

「うん」

「警察は西村の存在を掴んでいなかったはずなんだ。だから、例え西村を殺したとしても、少なくとも由布子の件からはオレへとつながらない」

「そんなはずはないでしょ」真奈は意義の声を上げる。

「自殺とはいえ、一通り調査はするものじゃあないの?」

「そう、通り一遍程度だ。特に由布子の場合は遺書があったからか、早々に自殺として処理されたみたいだ。そしてその遺書には、西村との関係を示すものはなかった」

 ああ、と真奈は声には出さずに、口の動きだけでそう言った。そしてまだ半分ほど残っているホットドックをトレイの上に置くと、背筋を気持ち伸ばした。

「その遺書には」と、伺うような態度を見せた。

「なんて書かれていたのか、聞いても大丈夫?」

 鶴岡は目を閉じた。皮肉めくように、口端の片方を吊り上げる。

「まあ、端的に言うと、オレの所為で絶望した。みたいな事さ」

「はあ?」真奈は語気を強めた。

「なによ、それ」と、憤慨する。

「なんでそんなウソを書いたのよ、由布子さん。実際は西村のせいなんでしょ?」

「嘘ってわけではないさ。オレが突き放したから、彼女を受け止められなかったから。それが出来ていれば、由布子は死を選ばなかったのかもしれない」

「でもさ、でも、さあ」真奈は納得しかねる様子だ。

「だったら、警察はツルちゃんのところへ聞きに来たよね」

「来たな」

「その時に言わなかったの。そもそもの原因は別の男だって」

「言わなかった」

「どうしてよ」

「どうして、なんだろうな」


 鶴岡はつぶやき、当時の自分の感情を辿るための間を設けようと、紙コップを手に取り、ストローでコーヒーを吸い上げた。

 エグさが強く、雑味が舌に残った。あまりいいコーヒーとは言えない。

「ただ」と、言葉をつなげた。

「由布子がそれに触れないのなら、あえて言う必要がないと思ったから、かな?」

「だからって、泥を被らなくてもいいじゃない。警察は恋人を自殺に追いこんだロクデナシって、ツルちゃんをそう思ったって事でしょ」

「その時はショックが強すぎたからな。誰にどう思われるとか、気にしてなどいられないさ」

「ツルちゃんはむしろ被害者なのに……。人が好いのもほどがあるよ」

 真奈は憤懣やるかたない様子で唇を尖らせる。

「そうでもないよ」

 つい先日も、別の女性に似たように言われたなと、鶴岡は思い返した。

「本音は、オレがそうしたかっただけなんだ。きっと」

「どういう事?」

「正直に言う。由布子の死を、オレのせいにしたかった。彼女の死は他の誰かによるものではない。何よりもオレが原因なんだって。オレが由布子に死を選ばせたのだと――。そう、思いたかった」

 真奈は、理解出来ない様子で首を横にふる。

「由布子さんの自殺の理由を自分のものにして、彼女の存在を独占したかった、って事?」

「ああ、いや、どうだろうな――。言葉にしてしまうと、そうかもしれないが。ただやはり、ちょっと違う感じもする」

「よく分からないな」今度は口にした。

「複雑だね。ツルちゃんの感情って。大人ってそういうものなの? お子様のワタシには、まだ理解出来ないよ」

「いや」と、鶴岡は息を吐いた。

「オレだって言いながら、自分でよく分かっていない。だからキミが子供かどうかはあまり関係はない。ただその時のオレはそうだった。それだけさ」


 んー、と真奈は唸りながら首を傾げた。トレイに置いたホットドックを手に取り、もそもそと食べ始める。

 何か思う所があるのか、難しい表情を浮かべていた。

 それまで空席だった隣をサラリーマン風の中年男性が埋めた事もあり、この話題はこの場では、ここまでだった。

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