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遠い誰かを想うこと

 村に到着した頃にはまだ高かった陽は、早くも傾き残雪を橙色に輝かせている。ところどころに穴がある壁からは、そんな外の風景が見えた。

 

「なあ、妖退治屋の陰陽師。澄はもう、大丈夫なんだよな?」

「うむ。数日程安静にすれば、じきに力も取り戻すだろう」

 

 春雪の断言に安堵したのは、氷雅だけではなかったのだろう。夕詩の隣でも、咲羅がほっと息をついた。師匠とよく似た、お人好しで優しい陰陽師だ。

 

「けど、移動しねェとな。今度はオレが、澄を助ける番だ」

「しかし、伝手はあるのか?」

「…………」

 

 俯いた氷雅が肯定することはなかった。

 現にこのような、人さえもう使わないであろう山小屋に身を寄せていることからして、往く場所もないのではないだろうか。

 

「ならば、『立春うち』へ来ると良い。妖への偏見を持つ者もおらぬし、何よりすでに妖がおる」

「本当に、良いのか? ……オマエ、スゲー良い奴だな!」

 

 居場所を失くし、『立春』に辿り着く者は多い。

 これまでの生活を捨てた咲羅。人の中にも妖の中にも、交わることのできない琥珀。狐憑きであるが故に拒まれた灯毬たち。

 手を差しのべるように、春雪は受け入れる。夕詩もそうして春雪に救われた。

 

「春雪さん。依頼人の方が歓迎の用意をしておくって言ってたの、どうしますか?」

「む、そうだったな。三種はよく気が付くな」

 

 灯毬の肩の上で小首を傾げた三種が指摘するまで、皆そのことは失念していたらしい。

 しかし、退治してほしいとの依頼があった氷雅と澄を連れていく訳にもいかない。よって『立春』の面々は、二手に分かれることとなった。

 席を外すことはできないからと春雪、そして咲羅と灯毬が村に残る。夕詩と琥珀がふたりの案内をする。

 

「では夕詩、琥珀。頼んだぞ」

「黒莉はそっち。よろしく」

「おう!」

 

 灯毬から何を頼まれたかは誰にもわからなかったが、黒い狐はぴょんと夕詩の肩に飛び乗った。彼女と三匹の間でだけ通じるものがあるのだろう。

 

 春雪たちが村へと戻るのを見届けた後、夕詩たちは逆方向へ往くこととなる。

 来た時とは違う道だが、どう進むべきかと夕詩が思案する前に、肩からもふもふとした感触がなくなった。案内役を買って出るように、黒莉が降りたのだ。

 

「そいつら、人に見られたら困るんだろ? 追われてるって話だし。だから常世の道を往くぜ。早く着くしな」

 

 常世――人間の暮らしている世ではなく、主に妖怪たちが隠れ住んでいる世界だ。普通に行き来することはまずできず、あちら側の存在の道案内が必要なのだ。

 

 黒莉が視線を向けた先には、澄をおぶった氷雅。澄はまだ目を覚ましておらず、黒い翼は先が地面につきそうな程ぐったりとしている。一方の氷雅も、透き通る美しい角と雪のような白髪が、良くも悪くも人の目を引くだろう。

 それだけでなく、琥珀もいる。印象的な金の瞳は学生帽で隠されているが、特に村の者にはとうに知られてしまっているのだ。もし見られれば、騒ぎになる。

 

「助かる。道案内は任せた」

 

 夕詩の言葉に胸を張って応えた黒莉が先導する常世の道は、雪がなく緑が深い。この辺りの常世も、どうやら森らしい。

 さほど歩かないうちに森を抜けると、田園風景が広がっていた。しばらくは道なりに進めば良いらしい。

 

「あのさ、夕詩」

「ん、何だ」

 

 再び肩に乗った黒莉が、ふぁたんとしっぽを夕詩の頬にぶつけながら切り出した。

 

「灯毬と、仲良くしてやってくれよ。あいつ確かに変わってる奴かもしれないけど、お前に恩義を感じてるからさ。もし良かったら、頼むよ」

「……悪ぃけど、おれはどうすれば誰かと友好的に接することができるか、わかんねぇんだ」

「拒まないで、ただそばにいるのを許すだけでも良いんだよ。縁があるなら、それだけで何かは変わるんだからな」

 

 皆似たようなことを言う。必然の『運命』ではなく、おそらくは偶然の繋がりといった意味で『縁』と。

 ほんの少しの違いで形を変えてしまうそれに触れるには、夕詩はあまりにも不慣れだった。淡々と過ごしていた日常が変化したとはいえ、たった一年前のことなのだ。そうでなくとも人付き合いに不器用な夕詩には、難しいことだった。

 

「見ていられませんね、夕詩。まず自分が先輩であるという心構えを、もっと前面に出すことから始めてみたらどうです?」

「な……っ!?」

「彼女を庇ったのは、後輩を守らねばという気持ちがあったからでしょう。貴方の感情表現が伝われば、少しは円滑に関われるのでは?」

「なんだ、そうだったのか。じゃあ問題ないな!」

 

 動揺しきった夕詩は、されるがまま黒莉のしっぽに頬をぼふぼふと叩かれている。意外にも穏やかな表情の琥珀が並んで歩くのを、後方から氷雅が観察するように眺めていた。

 

 『立春』近くの境界――浮世と常世を行き来するための出入り口だ――から出ると、そこは屋敷からあまり離れていない川の辺りだった。

 建物同士の狭い隙間、神社や辻、井戸などが主な境界であり川もその一つだ。神隠しがよく起こる場所でもある。

 

「ふふん。妖とはいえ狐だからな、帰巣本能ってやつだ」

「すごいな。ありがとな」

 

 人目につくような場所に出ると、黒莉は大人しくなりまるでぬいぐるみのようで、氷雅の角や澄の翼もなくなっている。これは「視え」なくなっているだけであって、消失ではないらしい。陰陽師などには視えるという。

 

 実際の道のりより短かったとはいえ、春先のこの季節の日暮れは早い。町はすっかり暗くなっていた。しかし、おかげで妖のふたり組が目立たずに済んだ。

 『立春』の屋敷にはいくつもある空き部屋の一つに澄を寝かせ、夕詩は夕食の支度をしにくりやへ向かった。そこへ、とことこ黒莉が歩いてくる。

 ふと、黒莉が片耳だけを揺らした。

 

「おう、白葉か。そっちで泊まり? ああ、わかった。気を付けて帰ってこいよな。じゃあな。……夕詩、聞いての通りだ」

「了解だ」

「って、おい。待て」

 

 夕詩のズボンの裾に、黒莉が噛みついて引っ張る。けして強い力ではないが、小動物が相手なので抵抗をせずに夕詩は近くの部屋に引き込まれる。ついでとばかりに、琥珀もいた。

 

「鬼の彼は、僕が案内してきますから。貴方、怪我をしているでしょう。手当てくらいされてください」

「任せろよ。おれがちゃんとやっておくからさ」

 

 空中でくるりと一回転した黒莉が十歳程の子供の姿になり――黒い耳としっぽは残っていた――、琥珀から救急箱を受け取る。

 

「ほら、脱げ。あーあ、この服咲羅にでも繕ってもらえよ」

「掠ったところ、服が裂けてますよ。痛々しい……見苦しいので、たまにはひとの厚意に甘えてみてはどうです。では、僕はこれで」

 

 そうして手当てする黒莉も、気遣った琥珀も人間ではない。それでも違和感なく、あたりまえのように共にいる。

 春雪の設立した『立春』の理想が、この光景だ。人も妖も互いを受け入れ、理解しようとし合うこと。相容れなければ線引きを、共存できるのならばそのための場所を。『立春』はその中立である。

 

 用意した夕食を氷雅はとても気に入ったようで、夕詩に「オマエも良い奴なんだな!」と言ってきた。先程案内をした琥珀にも似たようなことを言っていた。

 どうやら自分のために何かしてもらうと、すぐに相手を信用するらしい。

 

「オレの名前は白銀しろがね 氷雅、雪鬼だ」

 

 そして信用すれば、疑うこともないらしい。今は夕詩相手とはいえ、陰陽師のいる寄合で名乗る程なのだから。

 陰陽師には、本当の名を知っているだけで使える術がある。妖はそれを警戒するものだ。

 

「雪鬼? 妖には詳しくねぇんだ。教えてくれ」

「雪を操る鬼の一種だ。鬼として、または雪女から生まれるのもいる。オレはそれだ」

 

 雪女は有名な妖だ。だがそれ故に、人の認識を大きく受ける。

 雪女の欠点は、その儚さだった。雪がすぐに溶けてしまうことになぞらえて、雪の化身たる雪女は寿命が短いのだった。

 

「だから、家族なんてもういない。雪は儚いなんてくだらねェ固定概念、そんなもんのせいだ。知られていないからこそ、雪鬼オレ一人だけが残された」

 

 存在があまり認知されていない妖は、概念の影響をあまり受けない。琥珀もまた同じで、生活面はほとんど人間と変わりないのだ。

 

「家族は、『大切』なのか?」

「……? あたりまえだろ?」

 

 問い掛けた夕詩は、知らないことを聞いただけと言わんばかりだ。答えた氷雅も、不思議そうに首を傾げる。

 

「そう、か」

 

 赤ん坊の頃に親に捨てられた夕詩に、家族の記憶はない。養ってくれた『八百万』の面々を、家族だと思えることもなかった。いや、あえて思わないようにしていた。

 最近になってようやく、『普通』の日常の営みに慣れ始めたばかりなのだ。あたりまえのように語られるその存在は、夕詩にはあまりにも遠い世界の話のようだ。

 

「オレには、澄だけだったんだ。ずっと」

 

 青い目を伏せて寂しげに呟いた氷雅は、迷子になった子供のような顔をしていた。

 

 そんな彼は今、疲れているせいか妖ながらもすでに就寝している。

 真夜中だ。冬の冷たさを残した空気の中に、春の気配が混じっている。澄んだ夜空に星が輝いているのを、夕詩は見るともなく見ていた。寝付けずに、こうして庭に面した廊下を歩いているのだった。

 咲羅がよく拭き掃除をしていたり、春雪が座っているこの場所に来たことには、何か意味があるのだろうか。同じ夜空の下にいる相手を、夕詩は静かに想ったのだった。

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