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澄んだ氷に秘めたこと

 早速調査のため村を囲む山に入った『立春』の面々だったが、ここではまだ降雪が続いていた。どうやら結界は二重に仕掛けられていたらしい。

 

「ふむ……。気配こそ探りにくいが、この仕掛け方は人のものとは思えぬな。しかし、妖ならば目的が見えぬのもまた事実だ」

 

 相手が妖であることだけが確定されたので、先頭を春雪が往き、夕詩が殿しんがりだ。夕詩のすぐ前にいる咲羅も辺りを見回しているが、手がかりは得られないようだ。

 

 元々雪深いということだけが理由でなく、山道には雪が積もっている。どうやら妖は、雪や氷を操る種だ。

 捜すのならば、陰陽師である春雪と咲羅が適任のはずだった。しかし、歩けども一向に妖はみつからない。

 

「咲羅、結界を破ってくれぬか。妖が出て来るやもしれぬ」

 

 足を止めて、春雪が振り返った。

 

「この結果の中では、妖の存在が探りにくい。しかし、妖にも気配がある。夕詩と琥珀は迎え撃ってくれ」

 

 殺気に素早く反応できる夕詩と琥珀が、互いの死角を補うように立ち、武器を構える。

 

 張り詰めた雰囲気の中、ゆらりと夕詩が灯毬の方を振り返った。鋭い漆黒の瞳が細められる、雪よりも冷たいその温度に、灯毬が思わずびくりと縮こまる。

 飛び掛かった夕詩が灯毬を押し倒すのと、彼が警戒していた方向から煌めく矢が飛んでくるのはほとんど同時だった。

 

「……っ」

 

 地に落ちたのは、透き通った氷でできた鋭い矢だった。

 

 かすかな呻き声は、灯毬にだけは聞こえたらしい。わずかに顔を歪める夕詩に、灯毬は驚きや困惑などが混ざった複雑な表情を向ける。

 琥珀が矢の飛んできた方向へ矛を向ける。咲羅が二人の元へ駆け寄って来た。

 背を掠めた傷は深くないが、力量のわからない相手と戦うには不利だ。そう考えつつ立ち上がろうとした夕詩の袖が掴まれた。

 

「ごめん……。代わりに、あたしがやる」

 

 琥珀よりも前に出た灯毬には、狐の耳と尾が現れている。それがぶわりと逆立っていることから、その憤りの程がわかる。

 ぴくりと動く先端だけが白い黒の耳が辺りの音を探り、灯毬は駆け出した。草木をかき分けて進むその速さは、さながら野生動物のようだ。

 

「あれが、狐憑きの実力か。さて、私達も灯毬を追わねばな」

「ご案内しますよ。灯毬がどこに向かったか、ちゃんとわかります。そのために残ったんですよ」

 

 先導するように前を往くのは、最後の一匹である三種だ。小さな胸を張る様子は、人懐っこい印象を与える。

 灯毬の狐たちは互いに意志疎通が可能らしい。時折立ち止まって片耳をぴるんと動かす以外、三種は迷わずに灯毬の後を追う。

 琥珀の後を夕詩に肩を貸した咲羅が往き、最後尾で春雪が誰もはぐれないようにと気を配る。

 

 明るい茶色のしっぽを揺らす狐に案内され辿り着いたのは、山にありながらも開けた場所だった。

 やはり先端だけが白い、黒の尾を大きく膨らませた灯毬が相対していたのは、ひとりの鬼だ。白髪に青い瞳、額には氷柱つららのように透明な角がある。そんな儚げな見た目ながら、浮かべる表情は好戦的なものだ。

 

 鬼の手に合わせ、再び氷の矢が飛ぶ。先程の攻撃も彼のものらしい。迎え撃つ灯毬は、両手に炎を纏っている。輪を描く狐火が氷を溶かし、矢は彼女まで届かない。

 今度はすらりと刀を抜いた灯毬が仕掛ける。対する鬼は一瞬で作り出した氷の剣でそれを防ぎ、吹雪で灯毬を弾き飛ばした。

 

「人間が、こっから先に近付くんじゃねェよ。妖退治屋ならなおさらな」

「僕は貴方がしたような、自身のことだけを優先し、周囲の無関係な者を巻き込むという選択は気に入りませんね」

 

 方相氏はかつて人のために在り、人のために鬼を追い払っていた存在だ。今も残された数少ない琥珀の譲れないことこそ、誰かのために動くことなのだろう。

 

「『自分のことだけ』だと?」

 

 金と青の瞳の間、誇り(プライド)と敵意がぶつかり合う。琥珀の黄金の瞳が輝きを増し、鬼の周囲からは冷気が広がった。

 

「僕は方相氏、退魔の力を有する妖です。鬼である貴方では、敵いませんよ」

「うるせェ。オレはアイツのためにも、ココから先には誰も通さねェ」

「その虚勢、いつまで続くか試してみますか?」

「妖退治屋に飼われてる奴になんか負けるかよ!」

 

 襲いかかってくる鬼の攻撃を、琥珀は受け流すだけで自分からは仕掛けない。後方からの咲羅の援護も、動きを制限するような術ばかりだ。

 その間に、夕詩が灯毬を助け起こす。どうやら無事だが何かに落ち込んでいるようで、耳としっぽがくたりと下がっていた。

 その耳がぴくりと動いて音に反応する。途端、鬼の身体に蔦が巻きついた。戦闘には参加していなかった春雪の技だ。

 

 鬼の話から、他の妖がいることだけがわかった。春雪は気配を探るため、別行動をしていたのだった。鬼に気取られないよう咲羅と琥珀が陽動を担当している間に、手がかりを掴んだようだ。

 

「手荒な真似をしてすまぬな。君が今戦っておるのは、あちらにいる彼のためか?」

 

 春雪のしなやかな指が示す方向には、もう人に使われなくなって久しいと思われる山小屋があった。

 まだ整備さえすれば、住める程度にはしっかりしている。ところどころ穴こそあるものの、屋根も壁もある。中は見えないが、妖の気配があったのだろう。

 

 動きを封じられながらも、蔦を引きちぎろうと抵抗する鬼の元へ春雪が近付き、視線を合わせた。

 

「呪いの気配があるが……。もしや、それが理由なのではないか?」

「……だったら、何だよ」

「陰陽師は呪術にも精通しておる。何か、助けになれるやもしれぬ」

「本当か!?」

 

 雲の切れ間に覗いた、冬の鮮やかな青空に似た色の目を輝かせた鬼だったが、ふとまた敵意を滲ませる。

 

「呪いを解く以外でアイツに手出ししたら、タダじゃおかねェぞ」

「そのようなことはせぬ」

 

 拘束を解かれた鬼が山小屋へ向かう。まだ警戒の混じった視線だけで、『立春』の面々についてくるよう促した。

 

 軋んだ音をたてて、山小屋の扉が開く。玄関からすぐに続く部屋の中心で、黒い影がうずくまっていた。近付くとその影は、柔らかい黒の翼を持つ妖だとわかる。

 

「烏天狗か」

「ああ。……すみ、起きろ」

「う……」

 

 鬼が烏天狗の身体を揺すると、わずかに身動ぎした後に顔を上げた。

 

氷雅ひょうが……? あ……駄目、だよ。逃げて」

「おい、しっかりしろ。大丈夫だから」

 

 澄という烏天狗は虚ろな目で、何度も魘されるように「逃げて」と繰り返す。今目に映っている光景など、見えないとばかりに。抱えられている鬼――氷雅の腕の中、力が入らない身体で抵抗するようにもがく。

 

「澄、落ち着け。大丈夫だ、ちゃんとオレを見ろ」

 

 氷雅の吐息が雪に変わる。小さく儚いながらもきらきらと輝く雪の結晶は、床に落ちる前に消えた。しかしその雪は、澄を確かに現実に引き戻したらしい。

 

「この雪……氷雅?」

「ああ」

「後ろの、人たちは……?」

「妖退治屋。けど、オマエの呪い解いてくれるって」

「そう。……見ず知らずの僕のために、どうもありがとうございます」

 

 肩までの黒髪が床に着く程に頭を下げた澄が、順に目を向ける。頼もしげに頷いた春雪、にっこりと笑った咲羅と続き、夕詩はどんな表情かおをすれば良いかわからなかった。感謝の情を表されても、受け止め方を知らないのだ。

 

「私は陰陽師の春雪と申す。君の名は?」

天風あまつかぜ 澄です」

「良い名だな。では解呪を始めるが、手始めに呪いを調べるために、触れさせてもらうぞ」

「はい」

 

 春雪が目を閉じる澄の額に触れた。

 

「力を奪う呪いか。方法が間違っているにも関わらず、力尽くでかけておるからこれほど雑なのだな。……さほど嫉妬はないのだな。主に苦しめば良いという悪ふざけか」

 

 普段の穏やかな春雪からは想像もつかない程、怒りに満ちた声が紡がれた。その反面、労るように澄を優しく撫でる。

 後半の言葉の内容に、説明を求めるように咲羅へ視線が集まる。春雪の弟子であり陰陽師である咲羅ならば、今春雪がしていることが理解できる。

 

「かけられている相手に触れれば、呪いに込められた色々なものが読み取れるのよ。例えばさっきみたいに、かけた相手の感情とか」

「おそらくかけた相手に呪いは返るだろうな。妖だが、人を呪わば穴二つというものだ」

 

 額に手を触れたまま、春雪の一つに束ねた銀髪が光を帯びる。腰に届く程長い髪が輝けば、銀の龍がゆらりと宙を泳いでいるかのようだった。

 澄の身体から立ち昇る黒い影と拮抗し、妖しくも美しい閃光が輝きを増す。光の龍が絡み付き、影を何処かへと散らした。春雪の推測通りならば、かけた相手の元へだろう。

 

 ぐらりとくずおれた澄を受け止めた氷雅が、そっとその身体を横たえる。

 

「妖が呪いを持ち出すとはあまり聞かぬが、何があったのか説明してくれぬか?」

「……澄は烏天狗だけど力が強いから、身勝手に妬まれたんだよ。昔からだったけど、この前のは全然違った」

 

 天狗には主に鼻高天狗と烏天狗の二つの種族がおり、序列がある。群れで行動する天狗にとって、上下関係の影響は大きい。そしてその地位は、所持している力によって決められる。


 数日前のことだ。同族の天狗のひとりに呼び出された澄は、周りを下っ端の烏天狗たちに囲まれた。澄程の力の持ち主ならば、抵抗は容易いことのはずだ。しかし、そこで何があったのか――氷雅にその理由が語られることはなかったが――袋叩きにされたのだった。

 異変を察知した氷雅が向かった時には烏天狗たちは去っていて、怪我でぼろぼろになった挙げ句に呪いをかけられた澄が倒れていた。

 

「アイツらがまた澄を狙うなんて、わかりきったことだろ。弱ってる今こそってな。だからオレは、澄を連れてココに来たんだ」


氷のような凛としつつも強さを秘めた声音で、氷雅は澄を見遣った。

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