第5話
そうは言っても、彼は彼だ。
私はベッドに彼を誘った。
彼は律儀に前回と同様の金を私に渡して、それを私は受け取った。
これで、彼は私の客、そう客なのだ。
私は、何度も自分にそう言い聞かせた。
でも、やっぱりダメだった。
彼は私を抱くときに、避妊しようとしなかったし、私もむしろそれを望んでしまった。
私の二つ名、色情狂ジャンヌ、サキュバスのジャンヌの名が泣いてしまう話だ。
私は内心で自嘲しながら、彼に抱かれ、そして、涙をこぼしてしまった。
「どうかしたのかい」
彼の問いかけに、私は懸命に平静を装って答えた。
「気にしないで。お願い」
一通りの情事を終えた後、いつもの気だるげな空気が漂う中、私は我に返った。
情事で疲れてしまった彼は、微睡んでいるようだった。
10時間、彼に買われたのだ。
朝まで彼が寝入っていても、サービスしたということだ。
私は自分にそう言い訳して、微睡んでいる彼の横で、自分も黙って添い寝することにした。
娼婦と客では無く、恋人同士として、こう添い寝したい。
内心でそう思いながら、私が添い寝しようとしたら、彼は目覚めて言った。
「ごめん。寝入ってしまったようだね」
何で、そんなことを言うの。
私は混乱して、何も言えなくなった。
「朝まで横で寝てくれないかな。妻のように」
彼は、そう言った。
この天然の女殺し。
私は、内心で思わず叫びつつ、彼の言葉に従ってしまった。
「ねえ。奥さんを裏切ることになっていないの」
私なりに考えた末の、彼への精一杯の皮肉だった。
彼の横で、妻のように添い寝していい立場ではない筈だ、私は。
それなのに、私と彼は横で夫婦のように寝ている。
「いいんだよ。どうせ、戦場で死ぬんだから」
彼は乾ききった笑みを私に見せた。
「それに、地獄だろうと、天国だろうと、妻も生前の事を恨みに追いかけてこないだろうからね。どうせ、妻とは10日余りしか過ごしていないのだから。それなら、惚れた女と少しでも過ごしたい」
彼は、諦念を浮かべ、自嘲して、笑って言った。
惚れた女か、私は、それにふさわしい女ではないのに。
私も、彼と同様に自嘲したくなって言った。
「私は、あなたにふさわしい女ではないわ。所詮は街娼よ」
「それでも、いいさ。惚れてしまったのだから」
彼は、そう言って、黙ってしまい、目蓋を閉じようとした。
祖国日本で何かあったのかもしれない、街娼の私が触れていい話ではなさそうだ。
私はそう考え、彼の横で夫婦のように朝まで寝ることにした。
気が付くと朝になっていた。
彼は、私より先に起きて、着替えて帰る準備をしていた。
妻失格だ、私はそう思わず想って、慌てて起き上がり、彼の準備を手伝おうとして気付いた。
私は、何を想って、そうしてしまったのだろう。
彼は微笑みながら、私を見て言った。
「また、6日後の19時に来るよ」
私は週末だけ帰る夫を待つ妻ではないのに、彼は私をそう扱っているようだ。
平日、昼間から男をくわえこむようなふしだらな妻なのに、夫は気にしていないようだ。
困った夫を持ったようなものだ。
所詮、街娼の私の客の一人筈なのに、彼は。
彼が去った後に、私はあらためて考えた。
本当に私が妊娠してしまっていたら、そして、将来、妊娠したら、どうしよう。
街娼の私にとって、妊娠してしまったら、商売ができなくなり、あっというまに貧困に沈むことになる。
マリー姐さんに相談したら、闇医者を紹介され、半強制的に中絶することになる。
中絶は犯罪なので、闇医者にやってもらうしかない。
そして、街娼にとって、子どもが新しくできることは、単なる厄介事にしかすぎないからだ。
私は彼の子を産んで育てたい。
そうなると、私はどうすればよいのだろう。
私は考え込んだ。
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