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第4話

「あんた、本当にサムライに惚れ込んだのかい」

 それまで、私を嬲っていたマリー姐さんは、急に顔色をあらためて、私の顔を覗き込んだ。

 街娼の私には、見守り役のユニオン・コルスの若者が、大抵の時には付いている。

 そこから、彼の事が、マリー姐さんの耳に入ったのだろう。

 マリー姐さんに、嘘はつけない。

 そう考えた私は黙って肯いた。


「止めときな。街娼が行きずりの男に惚れ込む。悪い冗談にも程があるよ」

 マリー姐さんの言葉は、全くの正論だった。

 でも、私は、彼を信じたかった。

 何故なら、彼はサムライの一員だからだ。


 50年近く前の(戊辰戦争の際の)恩義に報いようと、フランスの国難に、サムライは海を越えて駆け付けてきた、と私は聞いている。

 サムライが嘘を吐く筈がない。

 彼は、約束の日、時間に必ず来てくれる。

 その時の私は、そう信じたかった。


「ふん。その眼の色、夢を信じ込んでいる悪い眼だ」

 お互いに沈黙の時が暫く経った後、マリー姐さんは、そう吐き捨てるように言った。

「私が思った通りだ。あんたは、この稼業には向かないよ」

 マリー姐さんはそう続けて、私に言い放った。

 私は黙って俯くしかなかった。


「私の下から抜けるなら、40歳になるか、引退金を払うか、だ。それは分かっているだろうね」

 マリー姐さんは、更に言った。

 私は黙って肯いた。

「引退金は、上納金3年分だよ。耳を揃えて、あんたには払ってもらわないとね。他の者に対しての示しがつかないよ」

 マリー姐さんは、私に言い渡した。


 本来の私からすれば、端金だ。

 3年分と言っても、70人程の客を余分に取れば済む話の筈だ。

 伊達に色情狂ジャンヌ、サキュバスのジャンヌと呼ばれている訳ではない。

 ちょっと頑張って無理すれば、私からすれば、1月もあれば稼げる筈なのに。

 それなのに、今の私は、気が進まない。

 彼以外に抱かれる気持ちになれない。


 私は自分の気持ちの変化に、自分で愕然とした。

 私は、彼にそこまで惚れ込んでいる。

 一目惚れ、というものなのだろうか。

 後、数日が経って、彼が私の下へ訪ねてきたら。


 私は、引退金を払わずに、彼の下へ飛び込みたくなるのではないか。


 マリー姐さんは、私の感情の動揺を察したらしい。

 私にとどめを刺しに来た。


「いいかい。アンタを地獄に落とすようなことはしたくない。アヘン漬けにして、無理に客を取らせるようなことはね。でもね、勝手に逃げたりしたら、アンタといえど、そうするよ。他の者に対する見せしめも兼ねてそうするよ」

 マリー姐さんは、私にそう言い渡した。

 

 実際、マリー姐さんは、何人もの街娼を、そうしている。

 伊達に、ユニオン・コルスの大幹部の情婦を、マリー姐さんは張っているわけではない。

 自分の下から勝手に逃げる等、自分を裏切った街娼を、監禁してアヘン漬けにし、ボロボロの状態にしてしまい、マリー姐さんは、その元街娼に密室で、無理に客を取らせ続けるという方法で報復している。

 死がマリー姐さんの裏切り者を楽にして、日光を浴びせてくれる唯一の路というわけだ。

 私自身、そんな裏切り者の末路を見せつけられている。


 私は背筋が凍る想いがした。


「ふん。夢を見るのも大概にしな。あんたは、街娼になった以上、まともに出られないんだ」

 マリー姐さんは、酷薄に私にそう言い渡して、部屋から出て行った。

 私は、俯いて肩を落とすしかなかった。

 マリー姐さんの言うとおりだ。

 約束の日時に、彼が来なければ、私は彼を諦めて、また、街頭に立とう。

 私は、無理矢理、そう心の整理を付けることにした。


 でも、約束の日時、その少し前に、彼は来てしまった。

「少し早かったかな」

 彼は笑って言った。

 この悪魔、私は内心で泣きながら、彼に叫んでしまった。 

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