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第3話

 彼は何の気無しに言ったのだろう。

 でも、その一言は、私の心の奥底に残っていた何かを抉ってしまった。

「ねえ、もし、私が」

 そこまで思わず口に出してしまった後で、私は気が付いた。

 自分の身の上、私の立場に。


 この人の子どもを産みたい、そして、育てたい、何て、何を夢物語を私は思ってしまったのだろう。

 夢にも程がある、私が第三者として聞いたのなら、笑い転げてしまう話だ。

 それなのに、今の私は。


 夫として、彼を迎え入れられなくても、彼の子を産み育てたい。


 我ながら酷い夢を思い描いたものだ、私は妄想の中で号泣してしまった。


 でも、これまでの街娼生活が、皮肉にも、それを私の表面上の感情として見せなかった。


 しかし、彼は察してくれたようだ。


 何も言わないまま、私を抱きしめ、事に及んだ。

 私もそれに応えた。


 その後、別れの時間が来るまで、彼は何も言わないままだった。

 別れの時間、翌日の明け方の頃に、彼は言った。

「僕には妻がいる。それは分かってくれ。6日後の19時にまた来るから」


 私は何も言えずに肯いた。

 私、6日後の19時まで、ずっと、あなたを待っているから。


 それから、3日後、部屋にほとんど籠りきり、食事のときだけ、行きつけの食堂に顔を出すような生活をしていた私の所に、マリー姐さんは訪ねてきた。

 私は慌てふためいた。

 マリー姐さんは、マルセイユの街娼の顔役だ。

 私は呼びつけられて当然なのに、私の所に来るなんて。

 

「ふん。夜逃げの算段とかはしていないみたいだが」

 マリー姐さんは、鼻を鳴らしながら言った。

「部屋の外、道路まで出ていな。こいつが、窓から飛び降りて逃げないようにね」

 マリー姐さんは、護衛の若者2人に命じて、部屋から若者を追い出した。

 部屋の中は、私とマリー姐さんの2人だけになった。


「一体、どういうつもりだい。私の所にまで噂が届いたよ。あのジャンヌが、路に立っていないとね」

「ちょっと気が乗らなかったもので」

 マリー姐さんの問いかけに、私は懸命に平静を装って答えた。

「嘘も大概にしな。あんたは、一番の稼ぎ頭といっても過言ではないんだ。もし、売り上げに応じて、何て契約だったら、あんたは、うちで一番稼ぐ売れっ子だよ」

 マリー姐さんは凄んだ。

 私は俯いて、黙ってしまった。


「ふん。自分の噂を知っているようだね。色情狂ジャンヌ、サキュバスのジャンヌ。あんたみたいな女が、今更、普通の生活をしたいなんて、夢を見るんじゃないよ」

 マリー姐さんの言葉に、私は泣きたくなる思いをしながら、黙って俯くしかなかった。

 マリー姐さんの言葉は、全くの事実だからだ。


 捨て鉢になっていた私は、最初の頃はともかく、1月も経たない内に、朝から街頭に立って客を取るようになっていた。

 大抵の街娼は、夜になってから街頭に立つ。

 だが、私のような一部の街娼は、少しでも稼ごうと、朝から街頭に立つのだ。

 更に私は。


「シシリアンの男10人が泣きながら、シチリアに逃げ帰る羽目になったのは、あんたのせいだったよね」

 マリー姐さんは、私の心を更にえぐった。

 ユニオン・コルスとシシリアン・マフィアの仲はいいとはいえない。

 ユニオン・コルスの大幹部の情婦、マリー姐さんの下にいる私は、シシリアン・マフィアにとって、快く思われる訳がない存在だった。


 その時の私は知る由も無かったが。

 先日、シシリアン・マフィアの男10人は、私を嬲るつもりで、私を24時間、買ったのだ。

 だが、24時間後、10人の男全員が、足腰が真面に立たない状態で、私の下から逃げ出した。

「あんた達、本当に男かい」

 私は、啖呵を切って、彼らを嘲笑して追い返した。


 それ以来、色情狂ジャンヌ、サキュバスのジャンヌの異名が、私には付いていた。

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