第2話
マリー姐さんは、そうは言ったものの、結局、私の願いに押し切られ、私が街娼になるのを認めた。
それに、街娼が1人でも増えたら、結局は、マリー姐さんの懐は暖まる。
マリー姐さんは、良くも悪くも街娼商売の仁義を弁える基本的に街娼にとっていい人だが、あくまでも街娼にとっていい人であって、人間的に善良と言う訳ではない。
マリー姐さんが、街娼に私がなるのを認めたのは、ある意味でマリー姐さんの限界だった。
そして、1年半程が経った。
私は、当初は戸惑ったが、いつの間にか街娼としての生活に馴染んでしまっていた。
1日に何人もの男と関係を持つのも平気になり、とうとう、行きずりの10人もの男と私は1日で関係を持っていた。
この頃、マリー姐さんは間違っていた、と私は思っていた。
だって、こんな生活に私は馴染んでしまえたのだから。
更に気が付けば、戦争は続いているものの、マルセイユ市街の景色は少しずつ変わっていた。
街中から、白人の姿は少しずつ減り、有色人種が増えていた。
有色人種の男は嫌だ、と最初から嫌って、鼻もひっかけない街娼も中にはいた。
でも、私は、所詮は客だと割り切って、前払いで金さえ払ってくれたら、有色人種の男とも平然と寝ていた。
そして、私が注目してみると、いつか日本人が増えていた。
サムライ、と彼らは呼ばれていた。
本来は海兵隊員だけを指す日本の言葉らしい。
でも、私のような立場の人間からすれば、サムライは日本人の代名詞になっていた。
フランスを援けるために、彼らは遥々と来てくれたとのことだった。
私は興味本位から、何とか日本の海兵隊士官を引っかけて、本心を聞きたくなった。
そして、ある日、私は、遂に日本の海兵隊士官を引っかけることに成功した。
当然のことながら、私はフランス語しか話せない。
だから、こういった色事のフランス語が分かる日本人でないと、私は引っかけることが出来ず、中々旨く行かなかったのだ。
「1時間に、これくらいでどう」
私は、ちょっとサービスするつもりで言った。
「10時間で、その12倍出そう」
その海兵隊士官の答えに、私は固まった。
私が10日は食べていける額だ。
「街娼にそんなに払うものではないわ」
私は思わず、そう言ってしまった。
「僕がいいんだ。それともダメかい」
「ううん」
海兵隊士官の答えに、私は思わず肯いて、更に街娼らしからぬキスをしてしまった。
いつもの一室、私の商売用のベッドに、その海兵隊士官、彼と私は共に入った。
そして、私は懸命に彼へのサービスに努めた。
彼は私に満足してくれたようだった。
一通りの情事が済んだ後、お互いに気だるげな空気が漂った。
私は思い切って尋ねることにした。
「ねえ、どうして、こんなことをしてくれたの」
「なぜかな。何となく君の身の上が気になったから」
「街娼に、身の上話をさせるものではないわ」
彼の答えに、私はイラっとくるものを感じ、思わず口答えした。
でも、その一方で、何故か彼に身の上話をしてしまいたくなった。
「本当に聞いてくれるの」
「聞きたい」
私の問いかけに、彼は肯きながら答えた。
私は思い切って話すことにした。
10歳程の時、両親を失い、歳の離れた兄と2人きりになった事。
兄もこの戦争で戦死し、天涯孤独の身になった事。
それで捨て鉢になった私は、街娼になった事。
彼は黙って聞いてくれた。
私が話すのに疲れ、語り終えると、彼は私に問いかけた。
「これからどうするつもりだい。こんな商売、早く止めた方がいいと思うがな」
「言うのは楽な話よ。でも、女一人で、他にできることがあるというの」
「もし、子どもができた際に、子どもに対して、胸を張れる商売かい」
私の捨て鉢な答えに、彼はそう言った。
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