1、偶然というか、何というか・・・
こんばんは。いつもありがとうございます。ちょっとインターバル的な、お話です。5話で終わります。
鎌倉の駅に着いて、俺は途方に暮れた。
いや、家へまっすぐ帰ればいいのだが。
親父に強制的に、学校帰りは高校生らしく遊んでこいと言われ。
こんな時間に帰ったら、どやされることが分かっているから、途方に暮れているわけで。
タローはすぐ上の兄貴の結婚式で、家族で昨日からハワイへ行っている。
来週まで帰ってこない。
タローはたった1人の俺のダチで。
嫌われ者の上に人見知りの俺は、タロー以外遊ぶ友達なんかいない。
まあ、綾乃ちゃんは・・・優しく勉強を教えてくれたり、一緒にラーメンを食べてくれたりするが。
なんて言ったって、1か月前に失恋したばかりだし。
顔を見ると、切ないし。
いや、初対面の時にはすでに結婚をしていたから、俺の想いが実ることなんてハナっからないってわかっていたけど。
だけど、面と向かって『タイプじゃない』と言われ、旦那のジョージさんにメロメロな様子を見せつけられたら・・・完全な失恋決定ってわけで。
ああ、思い出したら、また涙が・・・。
旭谷友則、17歳、高校2年生。
身長190㎝、体重75㎏・・・さして、鍛えてもいないのに、やたらと筋肉体質で。
男で自慢になんかならない、色白で、モチ肌だ。
望んでもいないのに、体力と腕力が半端なく・・・力加減を考えないと、いつも物を壊してしまう。
その上、子供のころから目つきが悪く、全然怒っていないのに、いつも凄みをきかせていると誤解されてきたいわゆる悪人顔で。
俺と目を合わせたやつは、ほとんどが怯えてだれも近づかない。
だから、子供の頃から友達なんかできるわけもなく。
だけど・・・何故か高校で出会ったタローは、俺の容姿なんか、気にもせず。
「お前、可愛い目、してるなー。え、友則っていうのか?じゃあ、トモリンって呼ぶなー?俺、タロー!」
と、最初から俺と目をバッチリあわせて、話しかけてきた。
周りの奴らは、タローをバカだから、というが。
あいつほど、純粋で真実の目を持った奴はいないと思う。
俺は、そんなタローを誇りに思う。
まあ、テストの点数がいつも1ケタっていうのは、例外だけども。
そういえば、「可愛い目」と俺のコンプレックスでしかなかった目をほめてくれたのは、綾乃ちゃんもだった・・・。
ううぅぅ・・・。
思い出して、また胸が痛む・・・。
1か月前。
俺の人生初の恋は、見事に砕け散った。
その胸の痛みを忘れたいがために、俺は家の仕事を夢中でこなした。
タロー曰く。
「失恋に効く薬は、次の新しい恋だっ!」
・・・まあ、確かにタローの幼稚園から始まった恋愛経験の多さには、目を見張るものがあるし・・・しかも、全部片思いの上失恋・・・人生経験の多さはある意味、尊敬するけれども。
やっぱり、そんなこと俺には向かなくて。
で、結果。
辛さを紛らわせるべく、学校と、飯と、風呂と便所と寝ている時以外は・・・やみくもに家業に打ち込んだ。
うちの家は、鎌倉で一番デカい賃貸マンションを持っていて、1棟80軒入っているマンションを20棟持っている。
他にも土地があるから、駐車場とか・・・店舗・・・あと、学校の敷地などをいくつか賃貸しているが、メインは20棟並んで建つマンションだ。
そこの管理を俺は手伝っている。
掃除や、ごみの分別チェック、共用部分の電燈の付け替え・・・その他もろもろの雑務だ。
それを、いつもに増して一心不乱に打ち込んだ。
あまりにも打ち込んだため、掃除など早く終わってしまい、1度のところを2度掃除したりと・・・結果、マンションはピカピカになったのだが。
何故か、親父からストップがかかった。
そして、言い渡されたのが、家の手伝いはいいから友達と遊べと。
遊んでいたら管理ができない、と言ったら。
「これからは、業者に頼むからいい。」
そう言われた。
俺の親父は、本業は警察官で、本質は優しいが・・・見た目がゴツクて無口で。
だから、そういわれたらそれ以上は何も言えなかった。
まあそれからは時間をつぶすべく、タローの家にほとんどお邪魔しているのだが。
今、タローの一家は、ハワイだし・・・。
はあ。
どうすればいいか・・・。
俺は、うなだれながらホームに降りた。
「こんにちは。」
突然声をかけられた。
見ると、駅でよくすれ違う、顔見知りのばあちゃんだった。
「お、ばあちゃん。こんにちは。」
俺は、同年代や教師などには嫌われているが、何故か年寄りとは気楽に話せる。
うちのマンションにも年寄りが多いし、もう亡くなったけれど、祖父ちゃん祖母ちゃんと一緒に住んでいたからだろう。
たったそれだけの挨拶だったが、ばあちゃんがニコニコ笑って挨拶してくれたので、なんだか気持ちが浮上して、階段を駆け下り改札へ向かった。
だけど。
「やめてください!」
高めの少し鼻にかかった甘い声が聞こえた。
でも、その声は酷く震えていて。
とっさに、声のした方を見た。
すると、西鎌倉学園高校の男子生徒数名が1人の女子を取り囲んでいる様子だった。
気になって近づくと。
「なあ、なんで俺と付き合ってくれないの?・・・じゃあ、とりあえず友達からでいいから・・・ね、あ・・・そうだ!友達になった記念にケーキ食べにいかないか?」
えらく強引な感じで、男が女子に詰め寄っていた。
男に囲まれていて女子の顔は見えないが、声の感じでは多分怯えているのだろう。
でもそのコは、勇気を振り絞って、拒絶をした。
「嫌です!お断りしたはずです。と、友達も絶対にありえません!!」
震える甘い声で、必死に・・・いや、絶対って、はっきりしてるな。
だけど。
これは完全に、絡まれているっていう状態だよな。
「おいおい、西野さんのこと断るって、ありえないだろー?西野さん、あの西野製菓の御曹司だぞ?」
いや、菓子屋の御曹司って、付き合うのに関係あるのか?
まぁ、毎日菓子は食えるだろうけど。
「そう、そう、西野さんは頭もいいし、イケメンだし?ちょっと可愛いからって、あんたいい気になってねぇ?」
いい気になって・・・って、ただ嫌だと意思表示しただけだろ?
ま、絶対って、全否定もあったけど。
取り巻きらしき男たちが、甘い声の主に言いたい放題のことを言い、詰め寄っている様子だ。
にしたって、本人が嫌がって、しかも震えてんのに、他人がどうこう言うことじゃねぇし。
何か無性にイライラしてきた、俺はこういうのが一番嫌いだ。
「あー、もうっ、グダグダいってないで、行くよー。強制連行!西野さんに付き合えるだけで、ありがたいと思わないとー。」
そう言って、取り巻きのひとりが動いた。
「嫌っ!!キモいっ!!その出っ歯と、分厚い唇が無理っ!!」
甘い声が、そう叫んだ。
いや、声は甘くて可愛いけど、何気に毒はいてねぇ?
たしかに、そいつ歯が出てタラコ唇だけれども。
身体的欠陥部分は口に出しちゃダメだろ。
でも、まぁ。
つい思っていることが、出ちゃったんだろうな・・・。
これはどう見ても、理不尽だし。
我慢できずに俺は、声をかけた。
「そのコ、どう見ても、嫌がって怖がってるんじゃねぇか?」
思ったより、低い声が出た。
で、思った通り。
一斉に振り返った男たちの顔に、怯えが走った。
「うわっ!旭谷だっ!?」
「ヤバイッ!!殺されるっ!!」
「逃げろっ!!」
そんな失礼な事を口走ると、男たちはホームへと逃げて行った。
はあ、何なんだよ。
普通殺したら、犯罪だろ・・・。
あまりにもバカらしくて、ため息をついたら。
「あの・・・・。」
後ろから、高めの少し鼻にかかった甘い声が。
振り返ると、声の印象と同じような女子がそこに・・・。
いや、つまり。
綿菓子みたいにふわふわとして、目が大きくて、色が白くて・・・滅茶苦茶可愛い女子が震えてヘタリこんでいた。
「大丈夫か?そんなとこ、座り込んでたら、腰冷えるぞ?」
死んだ祖母ちゃんが、腰は体の要だから腰は冷やすな、って言ってたもんな。
そう思って、思わず手を差し伸べたら、そのコは唇を震わせたまま俺を見た。
ああ、そうだった。
ハッ、と我に返った。
俺なんかが声かけたら、怖いよな・・・。
俺は手を引っ込めて、駅員を呼んでくるから、といって踵をかえそうとしたが。
女子の手が、俺の制服のズボンのすそを掴んだ。
「駅員さんはいいです。す、すみませんが、手を貸してください。」
甘い声の女子は俺に震える手を差し出した。
そんなことを言われて驚いたが、いつまでも座り込んでいたらよくないと思い、ヒョイと引っ張ってやった。
「大丈夫か?」
あまりにも軽くて頼りないので、つい心配で声をかけると。
目の前の女子は、ふわりと微笑んで。
「ありがとうございましたっ。」
と、ペコリと体をくの字に曲げて、俺にお辞儀をした。
その途端、甘いシャンプーの香りが漂った。
「!!!」
偶然というか、何というか。
俺は。
かなりの衝撃を受けた――
そして、この瞬間。
「失恋に効く薬は、次の新しい恋だっ!」
という、タローの声が頭の中に響いて。
心臓がドキドキしすぎて、壊れるんじゃないかと、不安になった。