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第7章 -ザ・グリード-

焔が学食で詰め寄られている頃、京太郎はいつもの取り巻きたちを連れて校舎の端にある中庭まで来ていた。

「くそっ、あの野郎!なにがFランクだ!」

実際には魔法は使われていないのでなんとも言えないが、仮に魔力が少ないが故の緻密な魔力操作に特化した戦法だとしても、Fランクの魔力であそこまで連続して京太郎の迷宮の壁を壊せるはずがない。

仲間には言っていなかったが、京太郎自身も右ストレート一撃でノックダウンされていたのだ。到底信じられないが、経穴を突かれたときといい、恐らくなにかしらの格闘技も修めているに違いない。

「ま、まあ落ち着けよ京太郎。ほら、今日のところは奢ってやっから」

「チッ」

怒りが収まらない京太郎に取り巻きの1人、黒人の生徒が気を使う。

実は、はじめは学食に入るつもりだったが、焔たちの姿を見て出てきたのだ。イライラは募るばかりである。

(鬼城にしろ、伊織にしろ、弱えフリして心の中では俺たちを嘲笑ってやがるんだ!舐めやがって!)

負けたことよりも、何より許せないのはそこだった。

嘲笑っているかどうかはともかく、京太郎は力を持つ人間が力を行使せず、自分より弱い者に見向きもしないという態度が、どうしても許せなかった。

「「「………」」」

京太郎の態度のワケを知る5人は、気まずい思いでガツガツとパンを貪る京太郎に複雑な気持ちだった。

と、そこへ校舎の陰からフラフラとした足取りで伊織が現れた。

下を向いていて今にも倒れそうだ。表情はわからないが、苦しんでいる様子ではあった。

このところ伊織の具合が悪いことになんとなくは気づいていたが、ここまでではなかった。

少し迷ったが、取り巻きの1人、糸目の中国人の男子が伊織に声を掛ける。

「おい、お前こんなとこで何やってんだよ?真っ直ぐ歩けてねえじゃねえか」

方に手を置こうとするが、ゆらりと頭を上げた伊織の顔を見て「ヒッ」と悲鳴を上げて後ずさる。

京太郎たちが訝しげに覗き込むと、目は赤く充血し、エルフのそれとは違う青ざめた肌には紫色の筋が浮かんでいる。

苦しそうに抑えている胸のあたりには何がウネウネと蠢いており、尋常な様子ではない。

「お、お前、え、なん?」

「……なんでいつもちょっかい出すのさ……危ないから早く逃げて……お前のせいで……僕は大丈夫……ううっ、ゲェッ!……え、えりか……う、う、『うわあああああああああああああ‼︎‼︎』」

カッ!っと魔方陣が光り、伊織を飲み込む。

すると、伊織の身体中に蛇が這っているかのように何が蠢き、制服を突き破って背中からソレは現れた。

『キシィィィ』

「え?え?」

巨大な蛇かミミズのようなシルエットだが頭には目はなく、口はクリオネのように4方向にパックリと開く。身体は灰色でやや滑り気があり、生理的嫌悪感を覚えるグロテスクな風貌だ。

少しゆらゆらとしていたかと思うと、いきなり物凄いスピードで体を伸ばし、一番側にいた男子生徒を頭から飲み込んだ!

「んーーーっ!んーーーっ!」

悲鳴を上げることも叶わず、あっという間に飲み込まれてしまう。

「い、嫌ああああ‼︎」

女子生徒の1人がパニックになって悲鳴を上げ、それを皮切りに全員が蜘蛛の子を散らすように逃げだした。

「な、なんなんだよアレは⁉︎」

「リー、嘘、リー‼︎」

「おい、危ないぞ逃げ…」

と、走りながら振り返ると、同じ生物が更に数匹伊織の身体から現れ、伊織自身は増長する灰色の肉塊に飲み込まれていく。

「うわあああああ‼︎」

わけもわからず逃げようとするが、複数の生物は次々に京太郎の取り巻きたちを捕まえて飲み込み、更に他の生徒がいる校庭や、校舎の中にも窓を突き破って進入していく。

あっという間に辺りは叫喚の渦に巻き込まれ、それに比例するかのように謎の生物は数を増して、容赦なく生徒たちを食らっていった。

学園は正に一瞬にして地獄と化した。




同じ頃、学園に残っていた教師たちは全員職員室に集まっていた。

ホワイトボードに書かれた予定表にはこの時間『職員会議』と記入されている。

が、校長も教頭も不在の上、誰が招集をかけたのかわからなかった。

「あれ?おかしいですね?」

「何か連絡事項があるのでは?」

「さあ?私は何も…」

あーでもないこーでもないと話していると、不意に職員室の外が光り、職員室全体が光の壁に包まれた。

「え⁉︎」

「これは、魔法障壁!」

1人がそっと手を伸ばすと、バチバチッと魔力が弾けた。

慌てて手を引っ込めた教員が恐る恐る口にする。

「ま、まさか、閉じ込められた…?」

と、1人の女性教員が窓の外を見て叫んだ。

「なんですかあれ⁉︎」

全員が窓の外に注目すると、逃げまどう生徒たちが無数の灰色の触手のような生物に襲われ、次々と喰われて飲み込まれていく光景が広がっていた。

「そんな…!」

真っ先に動いたのは悠だった。

炎を纏って思い切りドアにショルダータックルをかますが、障壁に跳ね返される。

「近衛先生!」

「うおおおお!」

殴り、蹴り、魔法で攻撃するが、障壁はビクともしない。

と、そこで更に魔方陣が発動し、職員室が何重もの魔法障壁で囲まれた。

「なっ…!」

これでは生徒たちが喰われていくのをただ見ているしかない。

途端に他の教師たちも動き出し、一斉に職員室の壁に向かって攻撃をはじめる。

「あああああ‼︎」

事態の全貌はわからなかったが、悠は悪意のあるテロのようなものだと直感し、怒りに絶叫しながら壁に殴りかかった。




学食でミラとハークの追求に窮していた焔は、邪悪な魔力を感じていきなり立ち上がった。

「え、ちょ、なに?」

「まさか……」

「ほ、焔、怒った?」

「おい、伊織はどこだ?」

「え?あれ?まだトイレかな?」

次の瞬間、耳をつんざくような悲鳴が響き渡り、学食の入り口から無数の蛇のような生物が進入してきた。

4方向に割れる口を大きく開け、次々と生徒たちを食らっていく。

「なんだあれ⁉︎」

「みんな逃げろ‼︎」

焔は周囲が震えるほどの大声で叫ぶと、目の前にあったテーブルを思い切り蹴り上げて上から迫っていた生物の突進を防いだ。

「行け!行けえ!」

ミラたちはわけもわからず、悲鳴を上げながら席を立って走り出す。

「どこに逃げるんだよ⁉︎」

「入り口が塞がれてる!」

「窓を突き破れ!外に出るんだ!」

焔の指示が聞こえていた生徒たちは窓に向かうが、それでも学食内では生徒たちがどんどん喰われて消えていく。

「おい、外にもいるぞ!」

誰が叫び、振り向くと外でも生徒たちが逃げまどっていた。

誰かが風魔法で宙に浮いたが、空中で見えない壁にぶつかって弾き返され、そのまま待ち受けていた生物に飲み込まれる。

「魔法障壁!」

学園のどこかに仕掛けられていたのだろう。校舎を中心に、学園の敷地の内側5分の1ほどがドーム状の障壁で覆われ、外に出られなくなっている。

焔はスマホを取り出し京に連絡しようとするが、電波が遮断されているのか、通信機能が使えない。

「くそっ!やられた!」

「う、うわあああああ‼︎」

転んで逃げ遅れただれかの悲鳴が上がる。謎の生物がその生徒を狙って口を開いた瞬間、火炎弾が撃ち込まれ、間一髪でその生徒を救った。

隣を見ると、燿子が右手をかざして呼吸を荒くしている。

「魔法が効くぞ!」

それを見た生徒たちは魔法で反撃をはじめるが、学年トップの燿子の攻撃ならともかく、一般の生徒たちの攻撃では足止めがせいぜいだった。

魔法を乱射しながら再度逃げ出す。

「みんなパニックだ!あれじゃあすぐに魔力がなくなる!」

「安全な場所に避難しなきゃ!」

逃げながら、瑛里華は周囲に伊織の姿を探していた。

「ねえ、みんな!伊織がいないの!」

「なにっ!伊織!」

ハークも光魔法でレーザーを撃ちながら周囲を見回すが、伊織の姿は見当たらない。

焔が悔しそうに歯噛みするのをミラは見逃さなかった。

「焔!貴方何を知ってるの⁉︎」

「え?」

「焔?」

「…ひとまず、一息つける場所に行こう」

後ろを振り返ると、また謎の生物が迫っていた。

「どこへ行くの?」

「校舎に戻って仲間と合流する」

「仲間?仲間がいるの?」

「まあな」

「中は危険だぞ!」

「外も危険だ。狭い校舎の中なら少数ずつ相手にできる」

「電話が使えない!」

「どこに行くのよ⁉︎」

振り返って答える。

「生徒会室だ」


先に進もうにも、いつも帯刀している燿子以外、皆武器を持っていなかった。

焔には必要ないが、ハークとミラには自分の武器が必要だ。

瑛里華はもともと騎士志望でもないため、そもそも戦闘要員としてはカウントできない。

2年7組は西側の3Fにあり、幸いにも先ほどいた学食からは近い。

5人は息を殺しながら階段を静かに上がる。戦闘は焔、殿は燿子が務め、ハークとミラが瑛里華を挟んでいた。

7組に一番近い階段を上がっていたが、焔は階段の途中で足を止めて、後ろに止まるよう促す。

(みんな下がれ。踊り場にいる。反対側の階段を使うぞ)

2Fと3Fの間の踊り場に一匹陣取っており、上に進めない。

そろそろと引き返し、2Fの廊下を抜けて東側の階段に回る。

が、もう少しで階段というところで、突如下階から登ってきた触手が顔を出し、こちらに向かってガバっと口を開いた。

『キシャアアアア‼︎』

「まずい!」

慌てて戻ろうとするが、踊り場にいた触手も鳴き声に反応してこちらに向かってくる。

「挟まれた」

「くっ!」

「待て」

抜刀した燿子を制し、焔は回し蹴りで思い切り窓を蹴破る。

「飛び出せ!」

焔は瑛里華を抱えて空中に飛び出し、他の3人も後に続く。そしてすかさず叫ぶ。

「ミラ!」

「はあっ!」

ミラの風魔法が5人を押し上げ、そのまま3Fの廊下の窓を突き破って着地した。

「ぐっ!」

「いでっ!」

ハークとミラは転がるようにして着地し、燿子はかろうじて、瑛里華を抱えた焔は綺麗に衝撃を殺して着地する。

「さあ、行こう」

飛び込んだ目の前は2年7組だった。

5人は額の汗も引かぬまま教室の扉を開けた。


「下の階にはまだ奴らがいる。長居はできないぞ」

「いったいなんでこんなことに…」

ミラとハークはロッカーから武器を取り出して装備し、瑛里華は手近な椅子に座ってぐったりとしている。

「長居はできなくても、あいつらがなんなのかくらいは教えてくれないかしら?」

「そうだ。逃げてるときもお前は妙に冷静だし、襲撃される前に気づいてただろ」

「………」

この惨劇の中、ここまで冷静に状況を分析し、生き残るための最善を尽くしている。

(やっぱり、学生騎士ってのも馬鹿にできないな…)

「まず、勘違いをひとつ正しておこう。あいつらじゃない。あれは1匹の生物だ」

「「「‼︎」」」

「蛸みたいなもんだ。襲ってきてるのは全部体から生えた触手。本体は起動力がないから、どっかで触手を動かしてるはずだ」

「な、なんだよそれ…」

「でも確かに、奴ら尻尾が見えないな」

「あんな生物いるわけない!」

「もちろん。あれは違法な遺伝子操作で生み出された魔獣だ。莫大な魔力を糧に魔方陣から召喚される。姿形は様々だが、あのタイプは“グリード”と呼ばれてる」

「魔獣って、いや、授業で習ったのはあんな巨大な人喰い生物じゃなかったぞ!」

「ひと口に“魔獣”と言うとかなり定義が広い。その気になれば夏休みの自由研究で造れるようなものから、グリードみたいな生物兵器まで多種多様だ。そんな小型犬みたいな生き物、わざわざ法律で取り締まると思うか?」

「で、でも、こんなのがゴロゴロいたら極端な話、人類なんて滅びるわよ!」

「その通りだ。だがさっきも言った通り、召喚には莫大な魔力を必要とするし、召喚したところで生命活動を維持するには召喚の比じゃないくらいの魔力を必要とする。寿命は短いし、繁殖能力もない」

「だとしても、あなたが知ってるってことは他にも同じようなのがいるわけでしょ?なんでニュースにならないの?」

「魔獣にも魔法使いのように危険度を示すランクがあるんだが、高いほど存在の秘匿性が高い。調査と始末は主に騎士団の仕事だが、一般には好評されていないな」

「そんな、市民が危険に晒されてるってのに、それを隠すのかよ!」

「お前たちが思ってるより世間の闇は深いってことだな。だが、そもそもここまでの事件は滅多に起こらないもんだ」

「コストがかかるから?」

「それもそう。このレベルの魔獣を召喚できる魔方陣、ブラックマーケットで取り引きされる値段は何千万になる」

「何千万円…」

「違う、ドルだ。それだけの金があったら、普通はもっと簡単に人を殺せる兵器を大量に購入する。そもそも、失敗する確率の方が高い。金の無駄使いだ」

「じゃあ、どういう場合に魔獣が召喚されるの?」

「今存在する魔獣は、そのほとんどにオリジナルが存在する。科学が発達する前の時代、魔法が主流の時代には盛んに研究されていたんだ。魔法と科学兵器を融合させることに成功した現代じゃそんな必要はないがな」

「オリジナル……」

「そういうオリジナルの魔獣は多くが魔方陣だけ解析されて、壊されるか封印されてる。だが、世界中の研究機関や学者がその技術を求めて大枚を叩くんだ。そうして技術が漏洩する」

「それを元に魔獣がコピーされているわけか」

「もっとタチが悪い。制御を可能にしたり、寿命を延ばしたり、量産したり、色々だ。だから世界の多くの国が魔獣の研究、運用を禁止しているんだ」

「なるほど」

「話を戻すが、世界にはまだ封印されてる魔方陣が僅かに存在する。神聖な場所の守護に、遺産の盗難防止に、海上を輸送中に船ごと沈んだ、なんてのもある」

「そういうのが調査の途中とか、何かのきっかけで発動することがある、と」

「その通り」

「じゃあ何だ、このグリードって奴はこの学園の下にでも埋まってたのか?」

「いや。これは人為的なテロだ」

「うそ⁉︎」

「そんな⁉︎いったいなんのために?」

「目的はわからないが、学園を建てる前に調査はする。こんなところには封印されてないさ」

「じゃあ、誰かが操ってるってこと?」

「グリードタイプは特に制御が難しいんだ。不可能とさえ言われてる。俺の予想だが、これは公開実験だ」

「公開実験?」

「ここまでデカいのは俺も初めてだ。コストの低下、魔獣の巨大化、生命力の強さ、コピーをカスタマイズして、自分の技術を売り込んでるんだろうよ」

「そんな、そんなことのために学園のみんなが…!」

ミラは血が滴るほど唇を噛み、ハークもガリガリと頭を掻いている。瑛里華は涙を流しながら口元を押さえ、燿子は刀の柄にかけた右手を左手で押さえつけている。

「そんなことして、騎士団や自警団が動かないはずがない!」

「そうだな。魔方陣を調べればその流通元が割れる可能性もある」

「それなのにここまでするのか?」

「する奴がいるんだよ。恐らく何か巨大な後ろ盾があるか、逃れるだけの用意はしてるだろうがな」

「ねえ、伊織はどうなったの?要は、魔力の為に人間を食べてるんでしょ?だとしたら…」

瑛里華が最悪の想像に、震えた声でそれでも尋ねる。

ゴクリとハークが唾を飲み、ミラも祈るように手を握っている。

「……最近、あいつの様子はどうだった?」

「え?」

「具合が悪かったんじゃないか?貧血とか、トイレとか言って急に姿を消したりしてなかったか?」

「え、と…」

「そういえば…」

「何度も言ってるだろう。召喚には莫大な魔力が必要なんだ。それをどうやって得ると思う?」

「エルフ……」

「コストの低下と言ったのはそのことだ。エルフ一人で召喚できるほどにまで改良されてる」

ミラがガタン!と机を押しのけて焔の胸倉を掴んでくる。

「知ってたのね!知ってたのに何で!」

「ミラ、落ち着け!」

燿子が後ろからミラを羽交い締めにするが、ミラは止まらない。

「みんなが死んで、伊織まで!なんで何も言わなかったのよ!」

「落ち着け。俺は助けようとしてた」

「嘘吐かないで‼︎」

「本当だ。だが、俺が最初に復学したとき、もう魔方陣は伊織の身体の芯まで侵食して剥がせない状態だった。だから伊織の信頼を得て、誰もいない場所でわざと発動させてから引き剥がしてグリードだけ始末するつもりだったんだ」

「そんな……」

ついに瑛里華は泣き出してしまう。ハークが瑛里華の背中をさすりながら聞いてくる。

「それが本当だとして、そんな余裕あったのか?」

「なかった。だから、保健室で寝ていた伊織に魔法治療を施して一時的に浄化をしたはずだったんだ」

「それじゃあ何でこんなことに?」

「伊織は、恐らく誰かに魔方陣を埋め込まれて脅されてたんだろう。だから誰にも言わず、一人でずっと戦ってた。正直驚いたよ。いくらエルフとはいえ、相当な苦痛だったはずだ。だが、伊織の抵抗に業を煮やしたその犯人が、薬か何かで症状を加速させたんだろう」

「伊織ぃ…」

「伊織は無事なのか?」

「わからない。人間を使って魔獣を召喚した例は幾つかあるが、生き残っていた例もある」

「いったい誰が伊織を…」

「誰がよりも、脅されていたことに注目するべきだな」

「なに?」

「きっと、犯人は伊織のことを徹底的に調べていたはずだ。家族、友人関係まで。お前が妙なことをすればそいつらを殺す、とな」

「じゃあ、伊織は私たちのために一人で耐えてたっていうの?」

「馬鹿野朗……!」

「でも、私たちは誘拐も脅迫もされていないぞ?家族か?」

「人質ってのは、誘拐しなきゃ成立しないわけじゃない。現代は監視技術が発達してる。常に監視され、狙われているとしたら、それはもう人質だ」

「許せない!」

「俺が伊織と知り合ったのは偶然だ。だがこの事態は見過ごせない。その気があるなら、とりあえず生き残ることに全力を尽くせ」

「言われなくても!」

「よし、次は生徒会室だ」

「そういえば、先生たちは?やられたとは思えないんだけど…」

「ふむ。職員室の方から巨大な魔力を感じる。外と同じように魔法障壁で閉じ込められている可能性が高い」

「そんなことわかんのかよ…」

「言っておくが、誰も気づいてなかった伊織の魔方陣に最初に気がついたのは俺だぞ?」

「ああ、もう!あんたいったい何なのよ!」

「続きは後でだ。触手の対処法を教えてやる」

「え?そんなのあるのか?」

「アレだって生き物だ。弱点がないわけがない。ミラ、奴らの鼻先を狙って撃て。触手の先端に神経が集中していて、そこで魔力を感知して襲ってくる。ハークと燿子は、魔法を刀身に集中させろ。無駄に魔法を撃たず、動きが鈍ったやつから焼き切れ。そうすれば貫通する」

「わ、私戦えない。足手まといだわ」

「瑛里華、お前が一番重要だ」

「え⁉︎」

「伊織が生きていた場合、意識がちゃんとあるかどうかわからない。伊織と一番親しいのはお前だろ?」

「え、まあ、うん……」

「お前の声なら届くはずだ。俺が本体まで連れていく。だから絶対生き残れ」

「……わかったわ」

瑛里華は涙を拭い、瞳に決意を宿す。

「魔装はまだ使うな。人手を増やしてから攻勢に移る。だが、いざというときは躊躇しなくていい」

「……貴方を完全に信用したわけじゃないけど、今は従ってあげる」

「ありがとう。納得してもらえるように努力しよう」

全員が立ち上がり、見えない敵に闘志を燃やす。

「さあ、行こうか」




第一体育館、逃げ延びた生徒たちはそこに集まっていた。

誰もが疲弊し、絶望の色が浮かんでいる。

その中に京太郎もいた。結局、仲間は全員喰われ、自分だけがここに辿り着いたのだ。

「くそっ、くそっ、くそっ!俺はなんにもできねえ……」

地面を殴り、悔しさに唇を噛む。

と、入り口の方で悲鳴が上がった。

ついにここも嗅ぎつけられ、謎の生物進入してきたのだ。

入り口に近い生徒から次々に丸呑みにされ、生徒たちは疲れも忘れて逃げまどう。

「あああああ‼︎」

生徒たちの流れに逆らい、京太郎は入り口に駆け出した。

「魔装!」

ミノタウロスの魔装を召喚し、迫っていた一匹を切断する。

『生け贄の迷宮‼︎』

ありったけの魔力を込めた迷宮を構築し、体育館全体を自分のフィールドと化した。

「え⁉︎」

「なにこれ⁉︎」

「嫌あ‼︎」

迷宮のあちこちで悲鳴が上がる。

『みんな落ち着け‼︎これは俺の固有魔法だ‼︎』

迷宮に響き渡った京太郎の声に、みんなが耳を傾けた。

『壁は自由に動かせる。今から反対側の出口に誘導する。だが、この黒い霧は人の心を惑わせる。みんな落ち着い進め!』

多くの生徒たちが迷宮の中で希望の光を見出した。

一方、謎の生物は魔力の満ちた狭い迷宮に右往左往している。

(時間稼ぎはできる!必ず全員逃してみせる!)

京太郎は、仮面の内側で鼻血を流すほどに意識と魔力を集中しながら、順調に生徒たちを逃していく。

(急げ!焦るな!急げ!)

錯乱した生物が、身体を暴れさせて壁にヒビを入れ始めた。

生徒たちを誘導しながら、壁を片っ端から修復

(あいつは一撃で壁を破壊したんだ!このくらいなんてことねえ!)

一人、また一人と生徒たちを誘導し、残りは僅かだ。

しかし、目からも血が流れ出し、ついに壁の耐久力が下がりはじめた。

謎の生物は壁を破壊し、暴れ回る。

『うおおおおお‼︎』

京太郎はもはや意地だけで迷宮を動かし、ついに最後の一人が外へ脱出した。

そして壁の操作から意識を手放すと、こちらへ向かってくる破壊音に身構える。

『来やがれクソッタレ‼︎』

京太郎は斧を振り上げ、雄叫びと共に謎の生物に向かっていった。

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