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第6章 -Aランク vs Fランク-

フェリシアたちと再会を喜び合った翌日、焔はフラフラとした足取りでダイニングへ現れた。

「……おあよ」

「おはようございます。お疲れですか?」

「誰のせいだと思ってんだ」

ジト目で京を睨みつつ、冷蔵庫から牛乳を取り出し、グラスに注いで飲み干す。

昨日は散々悩みながら帰った後、フェリシアたちのことを告げるのは伊織の件が解決して、落ち着いてからでもいいんじゃないかという結論に達したのだが、仕事から帰宅した京に速攻で見破られ、その後無言で全裸になった京に、ダイニングで、風呂場で、ベッドでと、休む間もなく絞られ続けた。

おかげで寝不足はもちろん、疲労感もまだ残っており、せっかく天気の良い朝もあまり気持ちよくない。

「なんでお前は平気そうなんだ。肌ツヤツヤさせやがって」

「いえ、私も眠いですが、今日はオフなので。このあと二度寝します」

「むかつくーっ!」

「私の予想は見事に的中したわけですね」

「予想?」

「はい。『彼女の2,3人ホイホイ作ってくるだろうな』というやつです」

「うぐ…」

「別に反対はしません。貴方がそういう方だということも、それが師匠譲りであるということも承知しています。私もセリーナとサフィには甘くなってしまいますし」

「そうだろ、とは言えないけど…」

「ただ、私にこうさせているのは貴方です。貴方の意思には服従しますが、物理的には噛み付くことはありますので、お気をつけて」

「キスマークだらけだよ。今日実技で着替えるのに…」

「さあ、朝食を済ませてしまいましょう。座って下さい」

そう言って焔を椅子に促すと、手早くスクランブルエッグとベーコンを火にかけ、トーストを用意してくれる。

「今夜は何が食べたいですか?」

「一昨日昨日とカレーだったからな…。なんかさっぱりした、和食がいい」

「承知致しました」

今日は金曜日。明日から土日は直接伊織の容態が確認できなくなる。

そして、今夜には研修会から戻った一年生の内、寮住まいの生徒たちが戻ってくる。

(何もなきゃいいが…)

この日、焔の不安は最悪の形で的中することになる。




4限、この時間は魔法戦闘実技演習の授業が行われていた。

第2競技場(ドームの第1とは違い、完全な屋外リングのステージだ)で焔たち7組の他に、8組、9組と3クラス合同で授業を行う。

担当は3年2組の担任、マイケル・ロックスミス先生と我らが近衛悠先生だ。

「よ〜し、全員整列したな。これからパートナーを決めて模擬戦を行ってもらう。男女もクラスも関係なし。なるべく自分とランクが同じ相手を探せ」

「制限時間は3分間。一度に2チーム同時に行ってもらう。リングアウト、気絶で負け、時間切れでドロー。降参もありだ」

「お前たちは今年から2年生。トーナメントに参加する連中は、今年から本格的に上位を狙うだろう。今年も上位戦の観戦には多くの騎士団や企業から申し込みが来ている。今から心して臨むように」

「「「はい!」」」

「よっしゃ、勝負だミラ!」

「いい度胸じゃない。返り討ちにしてあげるわ」

「先生、僕ちょっと貧血気味でめまいが…」

「む、大丈夫か櫻?」

周りの生徒たちはそれぞれ適当なパートナーを見つけていく。

「さて、俺はどうするかな…」

何せFランク。そうそう相手をしようという物好きはいない。いっそ怪我を言い訳に伊織の隣で見学していようか…、などと考えていると、後ろから「オイ」と声をかけられた。

振り向くと、京太郎がニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。

「お友達がいないようだな。俺が相手をしてやるよ。ありがたく思え」

「それはそれは、助かるよ乱太郎くん」

「京太郎だ!テメエのその舐めた面を地面にキスさせてやる!」

(ま、いいだろう)

どう料理してやろうかと、腹の中で意地の悪い笑みを浮かべた。


「両者リングアウト、ドロー!」

「あぁ…」

「いってえ…」

ミラとハークは壮絶な撃ち合いの末、互いの攻撃がぶつかり合ってリングアウトになった。

ハークは最初に会ったとき感じた通り、大振りの剣と光魔法の使い手で、対するミラは2丁拳銃から打ち出される弾丸を、巧みに風魔法で操っていた。

この授業では特に魔装は禁止されていないのだが、2人とも生身で戦いを繰り広げていた。

尚、銃使いはもちろん実弾ではなく、学園から支給される非殺傷のゴム弾を使っていて、剣士は刃引きされたレプリカが授業では貸し出される。

「よし、次のグループ、リングに上がれ!」

「へへっ」

「………」

「え〜と、砕牙と鬼城…。ん?お前たち、ランクがAとFだな。鬼城、いいのか?」

「構いません」

「そうか。危ないと思ったら止めさせてもらうから、そのつもりで」

スミス先生はもう一組にも「準備はいいか?」と声をかけると、試合を開始する。

「それでは、はじめ!」

「魔装!」

開始の合図がされた瞬間、京太郎はいきなり魔装する。

『オオオオオ!』

茶色を基調に金の装飾がされ、身の丈ほどもある巨大な斧を携えている。

牛の顔に人の体を持った迷宮の番人。

「ミノタウロス!いきなり!」

「あの野郎…!」

「先生、焔が危ないわ!止めて下さい!」

「落ち着け、クイーン。まだ何も起きていない」

「でも…」

「鬼城はどうやら平静のようだ。少し様子を見よう」

「ぐっ…」


『鬼城、この前の礼をしてやる!妙な護身術が使えるようだが、魔装には通用しねえ!観念しろ!』

「御託はいい。さっさとかかってこいよ、オージービーフ」

『っつ!口の減らない野郎だ!』

怒りが加速した京太郎は、斧の肢を思い切り足元に突き立てる。

『生贄の迷宮(ブラッド・ラビリンス)!』

地面がゴゴゴゴゴ!と唸り、次々と巨大な石版が生えてくる。

「お?」

あっという間に辺りは岩の壁で覆われ、まるで迷宮に閉じ込められたようだ。

『ここは俺の自在空間。お前の運命は出口のない迷宮で正気を失うか、俺に狩られるかのどちらかだ!』

京太郎の姿は見えず、声もどこから響いてくるのかわからない。

天井と足元には黒い霧のようなものが立ち込め、不気味な空気が満ちている。

ゴゴゴ、と、振動と共に目の前の通路が地中から出現した壁で塞がれ、代わりに右手の壁が沈んで別の通路が出現した。

遠くの方でも壁の動く音がしており、どうやら言葉通りの自在空間らしい。

「なるほどな。面白い能力だ、進次郎くん」

『京太郎だ!』

「幻覚じゃあなく、物理的に迷宮を作り出して相手を追い込むか。この黒い霧、魔力の波長を不安定にする作用があるな。正気を失うってのはつまり、暗く狭い空間で魔法が上手く使えず、どこから襲ってくるかわからないお前に追い立てられて平静を失うってことだな」

『‼︎』

まさか、初見でこの迷宮のギミックを全て見破られた⁉︎

完全に空間を把握しているはずの京太郎は、捕らえているはずの敵から言い知れぬ恐怖を感じていた。

「さて、トーナメントでもないのに惜しげもなく能力を見せてくれた唯三郎くんに、俺からお礼のアドバイスをしてやろう」

『っ⁉︎』

明らかに焔の放つ空気が変わった。

京太郎は無意識に壁を動かし、自分へと至る全ての通路を何重にも塞ぐ。

「一見継ぎ目のない壁だ。お前が大地魔法で作り出したこの壁、強度も充分な上に、その気になれば何枚でも作れるんだろう」

焔は突き当たりの行き止まりまで歩みを進め、何もない岩の壁に掌を添える。

「だが、この壁を形成させているのは魔力だ。目には見えなくても、レンガの壁のように継ぎ目がある」

焔が右手から魔力を流すと、壁にひび割れのような模様が浮かび上がる。

「継ぎ目がある、ということは、必ずどこかに衝撃に弱い部分が存在する。そして、これだけの空間を維持できる秘密は、この霧を通じて少しずつ中の人間の魔力を吸収してるからだ」

『まさか、貴様っ!』

「だが、言ってみればこれはプラシーボ効果のようなもの。誰にでも通用するものじゃない。そして、魔力が得られない以上、壁の形成はお前の魔力量次第」

『やめろ、やめろっ!』

「さあ、狩られるのはどっちかな?」

焔は半歩右脚を引くと、魔力を纏った右ストレートを壁に撃ち込む。

ドゴン!という音と共に、壁はあっけなく崩れ去り、隠れていた通路が出現した。

『あああああっ!』

京太郎はタガが外れたように叫ぶと、無我夢中で迷宮を動かした。


(近衛先生)

(なんです?)

(生徒の手前、ああは言いましたが、やっぱり少し危なくはないですかね?)

(どうでしょう。私はむしろ砕牙の方を心配していますが)

(まさか、本当にあのときの鬼城がビギナーズラックじゃなかったと?)

スミスも教員の1人。当然、焔の復学試験のことは知っていた。

まあ、もう少し様子を見ましょう。悠がそう言おうとした瞬間、ドゴン!ドゴン!ドゴン!と、連続で迷宮から破壊音が響いてきた。

「な、なんだ⁉︎」

生徒たちがざわざわとどよめく。

段々と音は外側へ近づき、そして遂に一番外の壁を何かが突き破って飛び出してきた。

「「「‼︎」」」

見学の生徒たちはもちろん、フィールドのもう半面で試合をしていた2人も思わずそちらを見る。

土煙が収まると、ミノタウロスの魔装を纏った京太郎が仰向けに倒れており、一瞬遅れて魔装が解けた。

「あ………」

スミスはあんぐりと口を開けてポカンとしており、悠はやはりな、と頷いていた。

そして、砕けた穴から焔が出てくる。

「ふう…。ん?」

視線がこちらに集まっていることに気づき、一回後ろを見た後、俺?と自分を指差す。

「「「いやいやいやいや」」」

全員が珍獣を見る目で焔を見た。

「勝者、鬼城焔!そこの2人、タイムアップだ!」

悠にタイムアップを告げられ、試合をしていた2人はハッと我に帰る。

焔の後ろで術者を失った迷宮は、静かに土に還っていった。




「さあ答えろ!どんな手を使ったんだ⁉︎」

「今日は逃さないわよ焔!誤魔化そうったってそうはいかないんだから!」

昼休み、昼食を取りながらミラとハークに詰め寄られる。

「いや、だから壁にはヒビがあって、それを壊してただけで…」

「俺も京太郎と戦ったことあるけど、そんなに脆い造りじゃなかったぞ」

「ぜーったい、何か隠してる!」

「ええ〜⁇」

チラッと見ると、黙ってはいるが、燿子と瑛里華も興味津々でこちらを見ている。逃げるのは無理そうだ。伊織はトイレで席を外している。

ちなみに、今日は学食でパスタを食べていた。

(しまった、そんなに派手だったとは…)

これでも穏便に済ませたつもりである。

ハークはともかく、ミラの追求がけっこう激しい。薄々感じてはいたが、人の言動、仕草に細かく注目しているようで、嘘や誤魔化しが見破られている。

学園の情報を得る、という下心から仲良くなったのだが、予想以上に人の内面を観る力を持っていた。

「ディスイザペン…」

「「誤魔化すな!」」

「「ぷっ!」」

キレる外国人2人と、ネタがわかって吹き出す日本人2人だった。


学食からほど近い、魔法科校舎の裏側。普通科の校舎からは最も離れた位置である。

伊織は、トイレと嘘を吐いて1人でここを訪れていた。

「……何の用ですかね」

そこで待ち構えていた相手に、敵意を隠そうともせず尋ねる。

授業が終わり、教室に着替えに戻ると、伊織の机の中には折りたたまれた紙切れが入っており、こう書かれていた。


昼休ミ 1人デ実験室ノ裏マデ来ラレタシ

Mr.Mask


マスクと名乗る通り、この男はツギハギだらけで目の部分に穴の空いた、麻袋で出来たマスクを被っていた。

内側にボイスチェンジャーが仕込んであるらしく、声で人物の特定はできなかった。


春休みの前日、この男は偽の手紙で伊織を校舎裏に呼び出し、背後から遅いかかり魔方陣を刻んだ。

当然、伊織は抵抗したが、この男は一枚の写真を見せてきた。

そこには、伊織の幼馴染であり、親友であり、密かに想いを寄せる最愛の人、瑛里華が写っていた。

どこで盗撮したのか、何気ない横顔の写真だが、伊織の選択肢を奪うにはそれで充分だった。

『我々は彼女を知っている。住んでいる場所、君との関係、全てだ。彼女だけじゃない。目立ちたがり屋のアメリカ人も、掴み所のないイギリス人も、物静かな日本人も。君の家族、友人、その所在まで正確にな』

「何が目的だ!」

『なに、そのまま日常を送ってくれればいい。自然の流れに任せてな』

「ふざけるな!この魔方陣は何だ!」

『知る必要はない。君は今日起こったことは胸の中にしまって、あと僅かとなった日常を満喫するといい』

「っ!」

つまり、人質を取られた上に得体の知れない魔方陣を押し付けられたのだ。

正体は不明だったが、魔方陣は徐々に体を蝕んでいるようだ。何かの呪いか、授業で概要だけを学んだ、魔獣の封印かもしれない。

「ふざけ……うっ!」

ドス黒いものがじわじわと体内に流れ込んでくる。これは生きているものだと直感した。

『我々は終末の時まで君をずっと見ている。下手な考えを起こすことはお勧めしない。では、さらばだ」

「ま……て……!」

伸ばした腕は虚しく空を切る。

我々ということは、あの男1人を倒したとしても、他の誰かが瑛里華や家族に手を出すかもしれない。

この日から、日に日に増していく激痛と、頭の中を掻き回されるような精神汚染にひたすら耐え、ただただ瑛里華たちの無事を支えに苦しみをひた隠しにし続ける、地獄のような日々が始まった。


『機は熟した。君が大事に育てたものを見せてあげよう』

「そうはさせない!」

決死の覚悟で構えを取る伊織だが、目の前の男に気を取られすぎて、またもや背後に不注意になっていた。

伊織の背後から忍び寄った志乃が、伊織の首筋に紫色の液体の入った注射器を突き立てる。

「ううっ⁉︎」

何故か一度治っていた発作が一気に押し寄せ、目を白黒させ、口の端から涎を垂らしながら、膝を着きガクガクと痙攣する。

辛うじて背後を振り返ると、そこには保健室で幾度となく世話になっていた大塚教諭の姿があった。

「せん…せ……ど…して……」

伊織はよろよろと体を引きずりながら、校舎裏から逃げ出した。

瑛里華が危ない。一刻も早く危険を知らせなければ。

『さあ、私たちも避難しようか』

そう言いながら男はマスクを外す。

「こんな不完全な状態で、苦し紛れもいいとこだわ」

「計画に支障は付き物さ」

マスクを取って素顔を表したのは、魔法戦闘実技の担当教諭、マイケル・ロックスミスだった。

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