第3章 -放課後は優雅に-
「さ、みんな揃ったわね?」
「ようし、こうして俺たちがまた同じクラスになれたのも何かの縁だ!今年もよろしくそして!」
「改めて7組へようこそ、焔。復帰おめでとう!」
「カンパーイ!」
「「「かんぱ〜い」」」
ミラとハークが交互に音頭をとってくれる。勢いよくカップを掲げたハークだが、中身はコーヒーだ。
集まった面々も控えめにそれぞれ紅茶やコーヒーの入ったカップを持ち上げる。
ここは学園に3つある食堂の内の一つ。学食と言ってもその内装はまるで高級レストランのようで、2階席の窓際で焔の歓迎会が行われていた。
あの後、新入生歓迎会も終わり、今は各部活や委員会で新入生の勧誘が行われており、それらに所属していない生徒たちは既に下校となっていた。
「私とハークと燿子は自己紹介済よ。2人はまだ話してないわよね?」
「ええ。はじめまして、鬼城君。私は天城瑛里華よ。よろしく」
「僕は櫻伊織だよ。よろしくね」
先ほどのエルフの少年、伊織(てっきり苗字だと思っていた)と、伊織に話かけていたおさげの女子生徒、瑛里華と焔はそれぞれ挨拶を交わした。
席は焔を真ん中に右側がハーク、左側がミラ、向かって正面が伊織、その右側が瑛里華、左側に燿子が座っていた。
「さっきはちゃんと紹介できなかったけど、伊織はエルフなのよ」
「青い髪って、なんか凄いな」
「あはは。よく言われるよ」
「あと肌が白い」
「耳がトンガリ」
「男か女かわからない」
「追加で悪口言ったの誰?」
先ほどは脂汗が滲むほど苦しんでいたようだが、今は落ち着いている。
断続的な胎動、恐らくは魔獣召喚用の魔方陣が身体に仕込まれているのではないかと見当をつける。
「伊織と瑛里華は幼馴染で恋人同士なの」
「こここ恋人なんかじゃないわよ!伊織も何か言いなさい!」
「え?えっと、ミラ、何でも恋愛に絡めるのはよくないよ?」
「……(バシッ)」
「痛っ⁉︎何でぶつのさ⁉︎」
「まあ2人はこんな感じよ」
「なるほど。よくわかった」
まるでアニメを見ているようなテンプレの2人を見ながらアップルティーを啜る。
「ねえ、ところでさっきはどこにいたの?探したのに」
さっき、とは新入生歓迎会のことだろう。最初に体育館で校長、理事長、生徒会長、新入生代表から挨拶があり、その後体育館と校庭で3年生による模擬戦の披露や、各部活が露店を出して立食など、かなり盛大に行われていたらしい。
「ん、ちょっと人酔いで端の方に」
「ふ〜ん…?」
「それより、2人もトーナメントに出てるのか?」
「イテテ…。あ、うん。一応ね。成績は全然なんだけど」
「伊織は戦うの苦手だもんね」
「そうなんだよね。でもエルフってだけで珍しいから、去年の担任の先生から是非って言われて出たんだけど…」
「本気を出せば強いのに…」
「え?なに?」
「お砂糖とって!」
「あぁ、はいはい。あんまり入れ過ぎると虫歯になっちゃうよ?」
「お母さんか!」
瑛里華が小さく呟いた一言を、焔は読唇術で読み取っていた。
(エルフの魔力量があれば、単純な攻撃でもかなりの威力を発揮できる。それ以上のことも出来そうだが、戦いが苦手というのは嘘じゃなさそうだな…)
エルフのポテンシャルについてはよく知っている。
だが、争いを好むかというとそんなことはなく、むしろエルフには社会の好奇の目を避けてひっそり暮らす者も多かったりする。
「焔はランキング戦に参加するのか?」
「いやあ、俺はちょっと…」
「そうなの?勿体無いわよ」
「そうね。騎士団を目指すわけじゃなくても、ランキング戦で良い成績が残せればかなり将来には有利よ」
「学年トーナメントに出ていないと学園トーナメントへの参加もできないからな。4月の内からけっこう出場を決める生徒は多いんだが」
「俺も殴り合ったりとか、そういうのはあんまりやりたくないな。それに…」
ポケットを漁って生徒手帳を取り出すと、ロック画面を見せる。
「あ…」
察したのか、誰かがポツリと漏らした。
「Fランクじゃあ、出ても馬鹿にされて終わりだろ。試験も筆記で切り抜けたようなもんだから」
「そっか。いや、その、悪かったな」
「いやいや、別に謝ることないさ。普通に試験受けて、ランクはまあ授業で何とかするよ」
「私たちにできることあったら何でも言ってね?練習とか、付き合うから」
「ありがとう。助かるよ」
最初に弱いとわかってしまえば、無理に誘われることもない。
悠には何か含みがあると思われそうだが、表立って何か言ってくることもないだろう。
「初日からこんなに親切にしてもらって、だいぶ気が楽だよ」
話を切り替え、最も気になっている伊織のことをそれとなく掘り下げていく。
みんなの出身地や学園の行事についても話をしながら思惑通りだと思っていたが、隣に座っているミラが猫のように眼を細めて焔を見ていたことに、気付けていなかった。
結局2時間ほど学食で話し込み、この日は解散となった。
寮住まいだったミラ、燿子、ハークとは学園で別れ、電車通学をしている伊織と瑛里華とは駅前で別れ、1人帰宅する。
焔の自宅は星宙学園都市の外れにある高級住宅街、その入り組んだ一角の奥にあった。
4階建ての豪邸に現在京と2人で暮らしている。
学園からは徒歩で30分程。丘の頂上にある学園から駅まで下り、更にもう一山越えなければならず、いささか通学が面倒ではあった。
京は既に戻っており、3Fのリビングで夕食の支度をしていた。
「ただいま」
「お帰りなさい。先にシャワーを浴びますか?」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
京は薄ピンクのキャミソールにホットパンツというラフな格好だ。
いつもバッチリスーツの彼女の生活感のある格好が、実はけっこう好きだった。
「エルフの生徒に召喚魔方陣?」
夕食のカレーライスを食べながら、早速直面したイレギュラーについて話す。
「そいつの資料だ」
一冊のファイルをテーブルに置く。瑞乃に事態をメールで説明し、新歓の合間に伊織の資料を貰っていた。
実は、新歓の前に気づかれないようにクラスから離れて一通り学園を探索しており、新歓にはそもそも参加していなかった。
ファイルを受け取るとき、焔は何者かによって伊織が魔方陣を埋め込まれた可能性が高いと告げ、瑞乃は神妙な面持ちで独自に不審な人物がいなかったか調査を行うと言っていた。
京は少し手を止めてファイルをパラパラとめくる。
「参加したのは学年ランキングだけで、成績は248位。素行にも家庭にも目立った問題はなし」
「実際話してみても、ちょっと気の弱い普通の16歳だった。魔力の透明度が高くて、わざと力を使っていないようだったな」
「誰が豊富な魔力に眼をつけて彼を苗床にした…」
「胸糞悪い話さ。魔方陣は見えなかったから何が仕込まれていたのかまではわからないがな」
「焔の見立てはどうです?」
「発動までのリミットは1週間てとこだな」
「ただのイタズラ、なわけはないでしょうね。被害者が出るでしょう」
「最悪正体を明かしてでも止める」
「それが敵の狙いですか?」
「恐らく違うだろう。狙いは別にあって、俺のことは把握しているかどうかも怪しい」
「テロ、ということですか」
「ジャスティンに衛星を寄越せと伝えろ。監視を怠るな。明日もう一度伊織と接触してくる」
「了解しました」
「それともう一つ」
「なんでしょう?」
「緋々神の姓をもつ生徒がいた」
食事を終え、ベッドに横たわりながら考える。4,5人がいっぺんに眠れそうなキングサイズのベッドだ。
(魔獣テロ、緋々神の縁者、まだ奴の姿を捉えていない内からアレもコレも…)
ごろん、と寝返りをうつ。
(ただでさえこの街には居づらいってのに、どうも一筋縄じゃいかなさそうだ)
もう一度寝返りをうって仰向けになり、無意識に左腕をさすりながら天井を見つめる。
(どんなに力をつけても、一度に対処できる問題は一つだ。私情で民間人を見捨てるわけにはいかない)
「お悩みですか?」
片付けを終えた京がノックをして寝室に入ってきた。
「順序をな。作戦にイレギュラーは付き物、今回はむしろゆっくり考える時間があるだけマシだ」
京はそっとベッドの淵に腰掛ける。
「私がもっと若ければご一緒したのですが…」
「気持ちは嬉しいけどな」
くっ、と起きあがって首をバキバキと鳴らす。
「まあいつも通りさ。目の前の敵は全て倒す。救える命は救う。目的は果たす」
「はい。貴方なら容易でしょう」
パサッ、パサッ、と軽いものが落ちる音がした。
振り返ると、京はキャミソールもホットパンツも脱ぎ、上下黒のランジェリー姿になっていた。
そして四つん這いでベッドに上がり、ゆっくりと焔に寄ってくる。
「私が心配しているのはもっと別のことです」
「別のこと?」
「ええ。制服から女の匂いがしました」
「いや、それはさっきも話したけど、隣の席の女子と喋ってて…」
「美人でしたか?」
「え?うん、まあ…」
「そうですか」
京は、今度は膝立ちになると焔の首に手を回して、しっかりと瞳を見つめる。
「制服、着ればよかったですね」
「着てどうするんだ?」
「いつも通りです。貴方を夢中にさせて、骨抜きにさせて、私に溺れてもらいます」
「よく言う。最後にはいつも自分からねだるくせに」
「大人を舐めると怖いですよ?」
「へえ。どう怖いって?」
「こう、ですかね」
そう言いながら京はゆっくりと焔を押し倒して横になる。
朝とは違い、とろけるような濃厚なキスを交わしながら、お互いの衣服を脱がせ合い、一糸纏わぬ姿で興奮を確かめ合う。
「きて……」
京は全てを委ねる格好で焔を誘い、焔も瞳に京だけを映して、答えを示すかのように覆い被さっていった。
同じ頃、家が隣同士の瑛里華とも別れた伊織は、自室のベッドの上で胎児のように蹲っていた。
今日もロクに食事を取れていない。家族や瑛里華への誤魔化しも怪しまれはじめていた。
「くそっ、治まれ、くそっ、くそっ…」
苦しげに胸を掻き毟る。発作の頻度は日に日に短く、強くなってきている。
「このままじゃ、本当に」
どうすることもできない。ただ耐えるだけ。
魔力は人よりあるのに、どうしてこうも無力なのか。
やがて発作は治まり、汗だくのままいつの間にか意識を失った。