第10章 -魔法神竜・ジルニトラ-
自然現象を操り魔装がなくとも魔力があれば扱える魔法には、8つの属性が存在する。
炎、水、風、光、大地、氷、影、雷。
ここから更に変種や魔装が覚醒することで手にする固有魔法などが存在するが、基本、神が人類に与えた魔法はこの8つだ。
この8属性の魔法は魔法使いなら誰もが扱えるというわけではなく、それぞれに波長の合う合わないがあり、1種類しか扱えない者もいれば複数使いこなす者もいる。
そして、統計学に基づき魔法の属性の適合率というものが算出されており、それによれば最も多くの魔法使いが操れるのは炎属性であり、最も扱いづらいとされるのは雷属性である。
これについてとある高名な学者は「火とは神が人類の発展の為に与えた贈り物であり、稲妻は傲慢な人類に神が下した罰である」という言葉を残している。
本当か嘘かはわからないが、事実、雷属性を最も得意とする魔法使いの数は少ない。
更に、一定の出力あたりの魔力消費量も、最も燃費が良いのは炎属性で、最も燃費が悪いのは雷属性である。
これについては練度によって個人差が出るが、8属性全てを使いこなす魔法使いを集めて魔力の測定を行った実験でこのような結果が出されている。
端的に言えば、“雷属性の魔法は、燃費が悪く扱いづらい”と言うことだ。
戦いという一点において、俺は同い年の人間よりも経験豊富だという自負がある。
師匠の下で費やしてきた時間と密度は並ではない。
しかし、それでも世界にはまだまだ俺の知らない魔法があり、見たことのない敵がいる。
今回もそうだ。グリードタイプの魔獣を退治するのはこれが初めてではないが、人型になって襲ってくる個体は見たことがない。
きっと、この戦いはどこかで監視されている。ならば個人情報である魔装を簡単に使いたくはない。
だが、俺の本能が未知の戦いを求めている。
“気に入らなければ全力で叩きのめせ”
師匠にはそう教わった。
目の前の醜悪とも言える怪物を前に、思わず舌舐めずりをしてしまう。
「面白い」
背後に友達がいるから?これ以上誰も傷つけたくないから?そういう理由付けも、倒してしまえばどうということはない。
さあ、はじめよう!
焔を中心に大気中に電撃が走る。
まるで積乱雲の中にいるかのようだ。
その眩しさにハークたちは目を細めながらも、視線を外せない。
「もう魔装を解いても平気だぞ」
フェリシアがそう告げる。
腕を組んで壁に寄りかかり、余裕の面持ちで外を眺めている。
刀那と刹那も武器をしまっていた。
それを見た3人も、一度顔を見合わせて魔装を解いた。
「結局、今回私たちの出番はなかったな」
「美味しいところは譲らないのよね、彼。いっつもそう」
「…でも、昔とは比べものにならない魔力を感じる」
「あの、フェリシア先輩。前にも焔と一緒に戦ったことが?」
「うん?というか、彼は私たち3人の命の恩人なんだ」
「さっきの義肢といい、生半可な戦いじゃああはなりませんよね?」
「だろうな。私たちも会うのは久しぶりだったが、色々と壮絶な経験をしてきたらしい」
「最初に教室で会ったときは、ただの格好いい男の子だと思ってたのに…」
「格好いいと思ってたのか、ミラ?」
「うえ⁉︎あ、いやいや⁉︎」
「まあ、昔から多くを語るタイプじゃない。ここまでもあまり戦っていなかったしな。ここはゆっくりと見物しようじゃないか」
空は晴れているが、辺りにはどんどんと雷が広がり、一際大きな落雷が焔に直撃する。
そして、焔は鎧を纏った。
雷に阻まれて攻撃するタイミングを失っていた人型グリードは、焔の周囲の雷が引いたのを見逃さず、触手を振るって一撃を見舞った。
触手からは不規則に牙が突出しており、伊織という魔力供給元を失った代わりに完全に身体を制御していた。
いくら人間を飲み込んでも消化できず重くなる一方の腹から一度体外へ排出してストックしていたが、それすらも何処かへ消えてしまった今、魔獣の本能が目の前の焔こそ最も魔力を得られる標的だと告げている。
しかし、触手の一撃が焔の身体を潰した感触はなく、むしろ弾かれた触手の方が千切れかかっていた。牙も粉々に折れている。
身体の強度は上がっている筈だが、思わず苦痛に呻きながらよろけてしまう。
今回、敗因を分けることになったのは、このグリードが圧倒的な敵を目の前にして“恐怖”という感情を持ち合わせていなかったことだ。
「あぁ!」
「あれが、焔の…」
グリードの一撃をいとも簡単に跳ね返したその鎧は、黒と金色で構成されていた。
特別分厚い装甲には見えない。武器も召喚していない。
派手に見えるが、そのフォルムや装飾には無駄がなく、常に雷を纏って帯電している。
見るからに異質だが、目を引くのは額から後ろ向きに生えている二本の角だ。
「な、なんだあれ?」
「悪魔型…?いや、幻獣型か?」
「なんて魔力圧なの」
「うぅ……」
「伊織!」
伊織が苦しそうに声を上げながら目を覚ました。
「みんな、無事、だよね…?」
「おう。お前のお陰でな」
「もう、なんで最初に人の心配なのよ!バカ!」
「よかった……。あぁ!そうだ!大変なんだよ、犯人は……っ!」
「おい、まだ無理するな」
「ご、ごめん…。あの魔獣は?」
「あそこにいる。姿を変えているが」
「ええっ⁉︎生徒会長⁉︎なんで⁉︎」
「伊織からグリードを引き剥がす為に協力してくれたの」
「え、あ、ど、どうもありがとうございます…?……グリードって?」
瑛里華はここまでの経緯をざっくりと説明する。学食で襲われてから生徒会と合流し、この体育館に目星を付けてやってきたこと。飲み込まれた生徒たちは無事で、避難もさせていること。そして、その立役者である焔が、今正にグリードと戦っていること。
「あれが鬼城君?Fランクどころか、なにこの魔力…」
狂ったように攻撃を仕掛けるグリードに対し、焔は全く反撃もせず、ただ歩いて距離を詰めている。
反面、グリードは攻撃が通らないどころか、焔の纏う雷でダメージを負い腕の修復が追いついていない。
「あれ、もしかしてドラゴン?」
「え⁉︎」
伊織の一言に瑛里華たちはギョッとする。
「いやいや、翼も尻尾もないぜ?」
「でも、あの防御力は…」
「正解だよ、櫻君」
「会長!」
「あれこそ、最強種ドラゴンの一角、ジルニトラだ」
「うそ…」
「噂には聞いていたが…」
「初めて見た!」
【魔装・ジルニトラ】
焔に宿った魔装は、圧倒的な防御性能を持つドラゴンの一角にして、魔法の神であるジルニトラだ。
ドラゴンが最強種と言われる所以は“竜の鱗”と呼ばれる鎧の装甲にある。
破壊不可能と言われるドラゴン種に共通するこの装甲は、歴史上はじめてドラゴンの魔装が確認されて以来、破壊に成功した記録はない。
その防御力は転じてそのまま攻撃力にもなり、その攻撃はあらゆる物質を打ち砕く。
ドラゴン種の多くは翼と尻尾を持ち合わせているが、ジルニトラには何故かそれが見当たらない。
しかし、本来人体にはない“余分”な部分が削られていることで、焔の持つ格闘スキルは遺憾なく発揮される。
魔法の神であり特定の属性に寄らないジルニトラは、焔の波長に合わせて莫大な雷を生み出す。
攻守共に突出した性能を持つが故に最強種と呼ばれるが、反面で魔力の消費量の多さと、ドラゴンの持つ凶暴性は制御を難しくしている。
しかし、焔の姿にはガス欠も暴走も、その気配すら見えなかった。
グリードの攻撃を歯牙にもかけず間合いを詰めた焔は、雷を乗せた拳を容赦なく叩き込む。
生身のときよりも数段強力なそれは、身体を圧縮し、数トンの重量を持つ筈のグリードにいとも簡単に膝を着かせる。
苦しげに呻くグリードは、触手を焔の両腕に巻きつかせて動きを止め、そのまま腕を引き抜こうとする。
が、焔はビクともせず、逆に両腕に雷を集中させ、グリードの触手は炭化してボロボロと崩れ去った。
『ギュアアアアアアアアアアアアア‼︎』
身体をバタバタと震わせるグリードに蹴りを叩き込むと、焔は左手の拳を突き出す。
普段は義手では魔法は使えないが、魔装状態であれば鎧を伝って魔力を流すことができる。
その左手の手の甲がスライドし、そこから雷の輪が3つ射出される。
その輪はグリードを締め付けるように捕縛し、動きを奪う。
『終わりだ』
脚や背中の装甲が開き、スラスターが顔をだす。
そこから魔力を噴出し、焔は空中に浮かび上がる。
翼がないからといって、飛行能力を有していないわけではない。
空中で焔が腕を広げると、辺りを帯電していた雷が自分に集まり、強大な魔力が集中する。
その魔力は腕から胸、腹、そして右脚へと流れ、激しい雷を伴って渦を巻き出す。
本能的に危機を察知したグリードは逃れようともがくが、雷の輪の締め付けが強くなるだけで叶わない。
『はあぁぁぁぁ‼︎』
背面のスラスターが逆方向に開き、魔力が一瞬にして放出される。
『ゼアアアアアアアア‼︎』
ほんの1秒にも満たない間に音速を超え、空中から盛大な蹴りを見舞ってグリードを粉砕する。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎』
学園中に響き渡るような悲鳴を上げ、悪意から作り出された怪物はこの世から消滅した。
『案外弱かったな』
焔が着地した地面には、まるで刻印を押したかのように、稲妻形に裂かれた髑髏が残っていた。
「す、すっげえ……」
「あの怪物を、あんなに簡単に倒すなんて……」
驚いているハークたちを尻目にフェリシアが焔の元に駆け出し、慌てて皆がそれを追いかけた。
瑛里華はまだ動けない上に、上着をかけられているだけで裸の伊織を抱いて体育館に残っている。
「おい、焔!」
「おう。これで始末完了だ」
「始末って、本当に始末だよ。なんだあの破壊力」
「あれ?この地面なに?ドクロ?」
「本当だ。なんだこれ」
「焔、昔とは大違いだな。流石だ」
そう言いながら自然に焔の腕をとって組む。
しかし、それを見た燿子が動揺する。
「ななな何をしているんだ焔!うらやけしからん!今すぐフェリシア先輩から腕を離せ!」
「別に俺が組んだわけじゃ…。おい、刀那、お前まで。刹那、後ろから抱きつくなよ」
「シェエエエエエ‼︎」
「うわ、燿子が切れた!」
「はぁ、貴方たちの関係がちょっとわかってきたわ」
「嘘だろ。モテるなお前」
「うわ、やめろ!刀を向けるな!」
「ほら、体育館に戻りましょう。伊織が目を覚ましてるわ」
ぎゃーぎゃーと騒ぎながら、体育館へと戻っていく。
「鬼城君!」
「ん?起きたか伊織。まだ寝てろ」
「あの、本当になんてお礼を言ったらいいか…」
「必要ない。いつものことだ」
「これでもう安心ね」
「ところが、まだそうは行かないなかった」
「!」
「伊織、お前に魔方陣を植え付けたのは誰だ?」
そう、グリードは自然に発生したわけではない。伊織は首を振って答える。
「顔はわからないんだ。こう、変なマスクをしてて。男なのはわかったんだけど…」
「そいつはたぶん、教師の誰かだ」
「はあ⁉︎」
「なんで先生がそんなこと!」
「あと、さっきはもう1人いたんだけど…」
「1人はわかってる。保健室の大塚志乃だ」
「大塚先生⁉︎」
「ちょっと焔!貴方いったいどこまで事情を知っているの⁉︎」
焔は、伊織の異変に気付いてから監視を付けていたこと、教師が犯人であろうと当たりを付けていたこと、保健室で応急処置を行った際に志乃の企みを知ったことを話した。
但し、瑞乃と悠のことは伏せてある。
「衛星って」
「なんでみんなそこに反応するんだ?」
「じゃあ、少なくとももう1人共犯者がいるってこと?」
「そうだ。まあ個人的にはもう少し疑問が残るが…」
「まだ学園内にいる可能性が高いな。さっさと捕まえて…」
と、そこで誰かが体育館に駆け込んできた。
刹那の能力で体育館の外に避難させられていた京太郎たちだ。
他の生徒たちも後ろに続いている。
「生徒会長!」
「あの化け物は?」
「みんな、安心しろ。あの化け物は我々が退治した。もう大丈夫だ」
退治したのは焔だが、フェリシアは真実を隠した。
ミラたちにも視線を送り、何も言わないよう無言で伝える。
生徒たちは喜び、抱き合ったり手を叩いたりしている。
「他の生徒は第二体育館の方へ避難している。さあ、行こう」
フェリシアは焔へ小さく頷くと、生徒たちを伴って去っていった。
しかし、京太郎たち6人は残り、伊織の方へ近づいてくる。
ミラとハークが立ちはだかり、瑛里華が庇うように伊織を抱いた。
「砕牙君、本当に…」
「伊織」
京太郎は伊織を遮る。
「アレはなんだったんだ」
「……僕にもよくわからない。誰かに魔方陣を植え付けられて、耐えてたんだけどダメで…」
「俺たちのせいなのか?」
「違うよ!僕が弱いから…」
「伊織が悪いわけないじゃない!あんたはいっつも調子に乗って…」
「瑛里華、よせ」
「でも!」
「………」
京太郎は苦悶の表情で、黙って体育館を去っていった。
取り巻きの5人も伊織と京太郎を見て数瞬迷ったあと、京太郎を追いかける。
「あいつ、もう!次会ったらぶっ飛ばしてやる!」
「そうカッカするな。さあ、俺たちも戻るぞ」
「ぼ、僕服どうしよう…。魔装する魔力もないし」
「じゃあ教室からジャージ取ってくるよ。ちょっと待っててくれ」
「私も行くわ」
「ありがとう、みんな。瑛里華、悪いんだけどもう少し…」
「このままでいい」
「え?」
「このままでいい!」
「あ、うん。ありがとう」
もじもじとする2人を見て、燿子は私も行けばよかったと思う。
「なあ、ほむ……あれ?」
振り向くと、そこに焔の姿はなかった。
「今一緒に行ったか、あいつ?」
「え?どうだろ?」
あれこれと話すが、答えはわからなかった。
「クソッ!まさか俺のグリードがやられるなんて!」
「俺たちでしょ!もう、どうすんのよ!これじゃ組織に入れてもらうどころか消されるわ!」
マイケル・ロックスミスと大塚志乃は、当初の計画から大幅に遅れた上に見事に失敗したことで、一刻も早く学園を去るべく目立たない校舎裏を通って裏口へ向かっていた。
「どこに逃げればいいの?」
「逃げる必要はない」
そこに、第三者が現れた。
警戒して構えると、見覚えのある男子生徒、鬼城焔だった。
「2年生?何故ここに!」
「いや、答える必要はない。鬼城、悪いが俺たちは急いでいるんだ。残念だがここで…」
「消えてもらおうってか?お前如きに負ける俺じゃない」
「なに⁉︎」
「とはいえ、今回は俺よりもずっと怒ってる奴がいるんでな」
今度はスミスたちの後ろからコツ、コツ、とヒールの音が聞こえ、瑞乃と悠が現れた。
「星宮校長⁉︎」
「なぜここに⁉︎今は一年生に同行してるはずじゃ…」
通信機能も遮断していたのに、こんなに早く瑞乃が駆けつけるわけがない。
「仲間がいるのはお前たちだけだと思ったのか?グリードに気付いてからずっと衛星で学園を監視していた。そして俺の仲間から瑞乃さんに連絡が行ったのさ」
「ぐ、まさか!」
「ここでやられるわけにはいかないのよ!」
「「魔装‼︎」」
スミスと志乃が構える。
焔も魔装をしようとするが、
「焔、我々だけで十分だ」
「もう我慢の限界なんでな…!」
「魔装」
「魔装‼︎」
フェニックスの鎧を纏う悠。そして、瑞乃もまた鎧を召喚した。
【魔装・クロノス】
その姿はネイビーを基調に銀で装飾され、頭は王冠のと一体になったようなデザインをしている。
あちこちがトゲトゲとしており、全身にⅠ〜Ⅻまでの英数字が刻まれている。
時を操る神の力を持った瑞乃の魔装は、自分の張ったフィールドの中の時間を自由に進めたり戻したりすることができる。
時間操作という禁忌故に様々な制限が設けられており、魔力の消費量も多い。
しかし、瑞乃の策士としての才能がクロノスのトリッキーな力を存分に引き出し、瑞乃はフェリシア同様無敗を誇り、その座を保ったままかつて学園を去った。
『ぐっ、出やがった!』
『何もさせなければ済む話よ!はぁっ!』
志乃が氷を放ち辺りを凍らせるが、一瞬時が止まったような奇妙な感覚のあと、なぜか放出したはずの氷が全て消えていた。
『え⁉︎』
『クロノスの能力か!クソッ!』
今度はスミスが炎を纏って殴りかかるが、同じく炎を纏った悠にカウンターを喰らう。
『ぐあ‼︎』
『この程度でおねんねできると思うなよ!』
立ち上がるスキも与えられず、一撃一撃が限界を超えている悠の攻撃にスミスはなす術もなく沈んでいく。
『マイケル!』
志乃は助けに入ろうとするが、瑞の放った時計の針のような形の槍を受けて動きが止まる。
『何よこれ⁉︎』
そのまま瑞乃が攻撃を加えるが、自然と何も感じない。
と、瑞乃がパチンと指を鳴らすと、今まで殴られていた分の攻撃が一気に志乃に押し寄せる。
『きゃあああああ‼︎』
志乃もスミスもまるで抵抗できずに地に沈む。
『トドメだ』
瑞乃が空間に手をかざすと、歪んだ形をした時計が無数に現れる。
『ぐっ!』
『今度はなに…!』
すると、全ての時計から炎、氷、雷、風と、あらゆる種類の魔法が一斉に放たれた。
『ぐわあああああああああ‼︎』
『ぎゃあああああああああ⁉︎』
二重魔法にしても多すぎる量の魔法。2人は何が起きたかわからないまま意識を失った。
「おいおい、生きてんのか?」
焔はいつの間にやらジュースを飲んで勝負の行方を眺めていた。よく見ると、焔の後ろに自販機がある。
『加減はした。一応』
『知るか』
瑞乃と悠が魔装を解くと、何もない空間からいきなり声がする。
「お疲れ様でした」
校舎の影から現れたのは京だ。
「誰だ‼︎」
「落ち着け、味方だ」
「この2人は我々が身柄を拘束させていただきます」
「貴女が朱月さん、か?」
「お初にお目にかかります。お義母様」
「お、お義母様?」
「京、ややこしいことを言うな。近衛先生、彼女は俺の仲間だ」
「鬼城の仲間って、そもそも私はお前の立ち位置がよくわからないんだが…」
「私はこういう者です」
京はスーツの懐からバッヂを取り出して見せる。
「!そういうことか…」
悠は一瞬納得したが「え?じゃあ鬼城って何者だ?」と、また首を傾げている。
「この2人は公安で身柄を預かり、拘置所へ移送します」
「そこまで危険な奴らか?」
「彼らの実力自体は大したものではないことは、今見せていただきました」
酷い言いようである。
「しかし、彼らのスポンサーが口封じに彼らの命を狙う危険性がありますので」
「スポンサーって、じゃあまだ犯罪者が学園に?」
「私が言えるのはここまでです」
そう言うと、志乃とスミスに手錠をかけ、自身の影に沈める。
「今回学園で起きた、“たまたま眠っていた魔鉱石の塊と融合した植物が怪物化し暴走した事件”については、警察を通して会見を行えるよう手配しています」
「はぁ⁉︎何言って…」
「悠!」
京に反論しようとした悠を瑞乃が止める。
「…それが今回の事件の真相、でいいんだな?」
「はい」
「わかった」
「ちょ、先輩!」
「悠、お前に話していないことがたくさんある。今はまだ話せないこともだ。だが、とりあえず会見が終わったら、今話せることは全て話そう。それじゃ不満か?」
「いや、でも……。わかりました。じゃあ、あの2人のことは?」
「彼らはそうだな、里帰りだ。今回の事件にショックを受けて離職する」
「ぐっ…!」
悠は悔しそうに歯噛みするが、尊敬する先輩からそう言われて渋々引き下がる。
「では私はこれで。星宮瑞乃様、また改めてご挨拶に伺ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、待っているよ」
「ありがとうございます。焔、また後で」
「あぁ」
京は頭を下げて影に消えていった。
「全く、スッキリしねえな!」
「我慢しろ。生徒たちは無事なんだ」
「じゃ、またな」
焔も手を振りながらその場から去っていった。
「瑞乃先輩」
「なんだ?」
「今回のことは結果オーライですけど、私が思ってるよりよっぽど闇が深いってことですよね」
「…ふむ。何から話すべきかな……」
学園に戻った平和は束の間か。
いずれ対峙する強大な敵を、このときの悠はまだ知らなかった。
「あれ?焔、どこ行ってたんだよ」
第二体育館に戻ると、生徒たちは校庭で喜びを分かち合っており、ハークたちは中でフェリシアと話していた。
「喉乾いたから」
焔はジュースを飲みながら答える。
「嘘おっしゃい。また何か裏でやってたんでしょ」
相変わらずミラにはすぐに見破られる。
「それより、みんな戻らないのか?」
「星宮校長が一足早く戻ってきてるの。今からみんなに話があるんだって」
その後、瑞乃から学園の無事を嬉しく思うこと、京から言われた今回の事件の真相、瑞乃の魔法で今夜中に校舎を修復するが、一週間の療養期間を設けることが告げられた。
今回の件で実家に帰りたい生徒には、交通費を全額支給するという。
「なぁ、なんだあの作り話」
解散になった後、ハークからそう聞かれる。
「生徒たちが事実を知ったらショックだろ」
「そりゃそうだけど…」
「納得できないのは分かるが、知らなくていいこともある」
「う〜ん…」
ハークとミラ、瑛里華は納得の行かない顔をしていたが、伊織は妙に納得したように頷いていた。
「ねえ、焔はこれで学園を去るの?」
「まさか。伊織のことは偶然だって言っただろ。俺はただの復学生だ」
「ダウト。まあいいわ。おいおい喋らせてやるんだから」
「困ったもんだ…」
その日の夜、焔は再び学園に訪れていた。
帰ってきた一年生も含め、生徒たちは全員寮もしくは自宅へ戻っていた。
伊織はあの後念のため病院へ搬送され、飲み込まれた生徒たちも処置を受けている。
「さて、はじめようか」
被害にあった校舎の屋上から、障壁に覆われていた範囲に魔装した瑞乃がフィールドを張る。
焔は右手で瑞乃の手を握り、魔力を供給していた。
瑞乃はフィールド内の時間をグリードが発動する少し前まで巻き戻し、壊れた校舎も抉れた地面も全てを修復する。
そして、戻した分の時間の塊を、今度は光魔法の攻撃で完全に消滅させていく。
時間魔法も完璧ではないため、効果が切れれば修復した部分も元に戻ってしまう。
しかし、こうして戻した分の時間を消滅させることで、わかりやすく言えば過去を改変することができる。
このクロノスの奥義は非生物にしか通用しない上、流石の瑞乃でもかなりの魔力を消費するため、こうして魔力の波長を合わせられる焔がバッテリー役として付き添っている。
「ふぅ…」
魔装を解いた瑞乃は、焔の助力があっても尚玉のような汗を流しており、焔も疲労で大きく息を吐いた。
「お疲れ様」
「ありがとう。こんな時間に済まないな」
「いいって」
現在深夜1時過ぎ。
あれから対応に追われて瑞乃は息つく暇もなく、焔は焔で公安に顔を出した後、別の用事を済ませていた。
その用事が今後ある生徒の運命を大きく変えることになるが、それはまた別の話だ。
と、焔のスマホに着信が入る。
面倒だったが、画面を確認するとすぐに応答した。
「俺だ」
『やあ、焔。お疲れ様』
相手は焔の組織の仲間だ。
「ジャスティン、そっちは昼だろうが、こっちは真夜中だぞ」
『ミヤコから今さっき報告が入ったんだ。まだ起きてるようだったからね』
「はぁ。で、何だ?」
『何だとは酷いな。けっこう大事件じゃないのかい?一つは、衛星はそのままにしておくよ。どうせ必要になるだろうし、こっちは新しいのを来月飛ばす予定だ』
「そうか。起動キーは?」
『送っておいたよ。もうひとつ、援軍がいるだろう?』
「いらん」
『またまた〜』
「おい、わかってるだろ。本当は京にだって手伝わせるつもりはなかったんだ。お前たちは本部までこっちに移そうとしたがな」
『だが出鼻を挫かれた。我々には改めて情報が少なすぎると思わないか?』
「ターゲットはハッキリしてるんだ」
『そのターゲットに近づけなくては意味がない。焔、本当は僕が行きたいくらいだが、そろそろあの2人のボスに逢いたい病が限界だったから今回は譲ったよ』
「はぁ⁉︎じゃああいつらが?」
『今頃荷造りしてるよ』
「おいおい、マジか…」
『手続きもあるからね。今週は休講なんだろう?来週そっちに行く』
「勝手なことを!」
『お互い様さ』
「はぁ。ザックはなんて?」
『俺は構わない、だそうだ』
「あの野郎…!ちなみに、来て具体的にどうするつもりなんだ?制服は無理があるだろ」
『その辺はご心配なく。直接2人から話があるさ』
「さっき言ってた手続きか。お願いだから妙な真似はするなと伝えておけ」
『冷たい奴だ。あ、魔方陣のデータを後で送ってくれよ』
「眠い。明日にしろ」
『はいはい。それじゃあまた』
「あぁ…」
焔は通話を切って脱力する。
「どうした?また面倒ごとか?」
少し離れていた瑞乃が聞いてくる。だが、焔の声は聞こえていただろう。
「面倒ごとっちゃ面倒ごとだ。まあ、こっちの問題だよ」
「そうか。じゃあ私は帰るよ。明日も事後処理が大変だ」
「あぁ、俺も帰る」
(来週からまた騒がしくなるな…)
焔はひとつ嘆息すると、何もなかったかのように佇む真夜中の校舎を後にした。




