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第9章 -鋼と雷-

体育館の扉を開けると、それは堂々と鎮座し、こちらを睥睨していた。

ギョロギョロと動く黄色の眼球、鮫のような何重もの牙が並ぶ巨大な口、巨大に見えていた人間を丸々飲み込む触手はあくまで手足だったとわかるほどの巨体。

「……クラーケン?」

ハークが神話に登場する海の魔物の名前を出したが、魔装ではなく実在したらおそらくはこんな風貌だろう。

あれほど倒したにもかかわらず、まるで減ったように見えない触手を揺らし、わざわざ目の前に現れた獲物を愚かとも面白いとも思う感情はない、正に怪物だった。

その怪物の額に、胸から下がどっぷりと埋まった状態の人間がいた。

「伊織‼︎」

ここからでは息があるか伺い知れないが、焔は伊織から確かにグリードとは違う澄んだ魔力を僅かに感じた。

「あいつはまだ生きてる。起こしに行くぞ。瑛里華、絶対に側を離れるなよ」

「うん!」

「さて、じゃあ俺たちの相手は、あっちかな」

ハークたちはこちらを静かに狙う無数の触手に剣を構えた。

「ここまで魔装を温存できたのは、やっぱり焔のお陰だな」

「少し尺だけど、ここからフルパワーで戦えるわね」

「あら、頼もしい後輩たちだわ」

「…焔、私たちもまだまだ余裕」

「張り合うなよ…。言われなくても頼りにしてるって」

「おい、あれを見ろ!」

フェリシアが指を指したのは向かって右側、触手の群れの向こうに、生徒たちが山のように積み重なっていた。

「本当にいた…!」

「お、おい、無事なのか?」

「わからないが、少なくとも溶かされたり噛み千切られているようには見えないな」

『グウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

長話に痺れが切れたのか、グリードの本体が雄叫びを上げた。

「刹那、お前の能力で全員を外に連れ出せ!刀那、ミラ、高い位置から襲ってくる触手の迎撃と刹那の援護だ!ハークと燿子は触手を片っ端から切り落とせ!フェリシア、2人のカバーをしながら急所を抉れ!」

「…了解」「お任せ」「わかったわ!」「よしきた!」「承知」「了解した」

「鬼城君、私たちは?」

「登るのは面倒だ。ダウンさせて伊織に近づくぞ」

「で、できるのそんなこと?」

焔はニヤッと口の端を上げる。

「…わかった。任せるわ。私には信じることしかできない」

「十分さ。期待して待ってな」

「はい!」

グリードの触手が一斉に口を開けて襲いかかってくる。

「さあ、行くぞ!」

8人の魔法使いと悪意から産まれた怪物がぶつかり合う。

「「「魔装‼︎」」」

ハークの光が、ミラの風が、燿子の炎が、己に宿る神の姿を鎧として召喚し、その秘められた力を解放する。

『閃光の破壊剣(バスタード・レイ)‼︎』

初撃、ハークの振るった熱と衝撃を載せた光の刃が、触手の束を肉塊へ変える。


【魔装・ヘラクレス】

ハークの宿す半人半神の英雄の魂を体現するその鎧は、眩い黄金色に彩られている。

英雄Herculesと同じ名を持つ少年、ハーキュリーズ・ゴールドは、その類い稀なる勇気をもって魔装の力を引き出している。

怪力と俊敏性を補助するヘラクレスの鎧は、怪物退治の逸話を多く持つその神話に相応しく、グリードの猛攻に対して勝るとも劣らない攻撃力を発揮する。

武器の召喚のないヘラクレスの鎧に合わせ、ハークは大柄な両刃の剣を装備していた。

エンシェント・ウィザード社製、イクスカリヴァーンMk.11 ホーリーモデル。

ヘラクレスの攻撃力にも耐え得る魔法剣は、鎧の黄金の輝きを受けて怪物を屠る。


【魔装・テスカトリポカ】

ミルドレッド・クイーンという少女に宿るその魔装は、多くの異名と概念を持っている。

左右非対称の奇妙なデザインの深緑の鎧は、身体の所々に黒と黄色の模様があり、右脚だけは真っ黒に染まっている。

頭には目が赤く輝く骸骨が乗っており、不思議と笑みを浮かべているように見える。

ミルドレッドの持つルーズヴェルト・インダストリー製の2丁拳銃、ティトラカワンとイパルネモアニは、実弾、非殺傷弾、魔鉱弾など様々な種類の弾丸に対応している他、グリップ部分から魔力を注入することで圧縮硬化された魔力を撃ち出すことができる『弾切れのない銃』だ。

風魔法に乗せた弾丸は、嘲笑うかのように標的を撃ち抜く。


【魔装・アマテラス】

日本神話における太陽神の力を秘める魔装は、緋々神燿子の炎と剣術を得て森羅万象を焼き尽くす。

紅蓮に金色のラインを持ち、背中には太陽の輪郭のような光の輪を背負い、美しく見えるが太陽の如く絶えず爆炎を纏っているような危うさを持つ。

緋々神家に代々伝わる魔法刀・司炫は、太陽の炎を伝えることでいとも容易く相手を斬り刻む。


「わお、3人とも去年のトーナメントのときより随分成長してるわね」

「…思ったより楽に救助に専念できそう」

「どうだ、焔?」

「まだ荒削りだが、伸び代はかなりのものだろうな。みんな面白い魔装を持ってるもんだ」

魔装は同じ時代に同じものは存在しない。似たような鎧はあっても、当然全てがはじめて目にする力だ。

「道が開けた。行くぞ瑛里華」

「お願い!」

焔は右腕から雷を放ち、口を開きかけていた本体を悶絶させる。

『オオオオオ‼︎』

目を見開き、魔装した3人に向けていなかった触手を総動員して焔を喰らおうとするが、フェリシアの放つ様々な属性の魔法と剣舞に阻まれ届くことはなく、死角を泳ぐ触手は爆散する矢で破壊される。

大股で放電しがら近づいてくる焔を防ぎきることが出来ず、あっという間に接近を許したグリードは、焔の雷を乗せた拳を受け、苦しげに呻いて斜めにその巨体を倒す。

『グウオッ、ガアアア‼︎』

「伊織!」

届く位置まで降りてきた伊織に駆け寄った瑛里華は、必死でその肩を揺さぶって語りかける。

「伊織!しっかりして!伊織!」

「あ、あぁ……えり…か……?」

「鬼城君、どうすればいいの⁉︎」

「飲まれちゃいないが、深く繋がってる。やっぱりグリードの機能を妨害してるんだ」

「伊織!聞こえる⁉︎貴方を助けたいの!」

「…傷…けちゃ…ダメだ……くるし…たすけ……無理だ……抑えられないいい……」

「おい、しっかりしろ伊織!俺を見ろ!」

「あああああぁ!くるな!くるな!」

伊織の部分だけが魔力を帯びて輝き、水で出来た触手が襲ってくる。

「危ない!」

焔は瑛里華を庇い、左腕を盾に水の触手を防ぐが、勢いで吹き飛ばされてしまう。

「きゃあっ⁉︎」

焔が盾になったお陰で瑛里華は尻餅をつくだけで済んだが、今度は口から細く鋭い水流を瑛里華目掛けて放つ。

瞬時に体勢を立て直した焔は瑛里華の前に立ちはだかり、左手の掌を向けて正面から水流を防いだ。

「鬼城君っ⁉︎」

いくら強くてもあんなものを喰らえば腕がズタズタに裂けてしまう。

瑛里華は悲痛な叫びを上げるが、焔は顔色ひとつ変えず、焔の左腕も裂けることはなく、キイイイと金属のような音を立ててその水流を受け切った。

「え…?」


『おい、あれ⁉︎』

瑛里華の叫びが届いていたハークは、今日何度目かわからない目を疑うような光景を目にし、焔の方を指した。

水を被って頭からずぶ濡れになった焔は、伊織の攻撃を左腕一本で受け切っている。

衝撃で制服の左袖は肩の下あたりまで吹き飛んでしまったが、焔の腕には傷ひとつついていない。

その焔の左腕と顔から「ジジ…ジジジ…」と機械音が鳴り、左腕の肌色が剥がれ落ちて金属の腕が表れる。顔には細かい傷がいくつも浮かび、特に左眼には大きな傷痕が見える。そして、左眼は眼球の代わりに、黒目の部分が赤く光る鋼色の義眼がはまっていた。

『生態偽装装置ダウン。再起動まで120秒』

「濡れるとダメってのは、やっぱりネックだよな」

「「「………‼︎」」」

理解が追いつかず言葉を発せないハークたちを狙っていた触手を、フェリシアが放ったレーザーが撃ち抜く。

「油断をするな、と言いたいが、あれは確かに驚く。私もこの前見たときには目を疑ったよ」

『焔、お前、それ…?』

『え?ロボット?』

「違う、俺は人だ。この腕は義手、左眼は義眼だよ」

開いたり閉じたりする腕の動きはとても滑らかで、この義手が非常に高い技術で作られていることがわかる。

「何年か前に、派手に負けて大怪我をしたんだ。そのときに左半身がボロボロになっちまって、腕と目はこのザマだ」

『なんだよ、それ……』

『何度聞いたかわからないけど、貴方何者なの?』

「カモフラージュ装置が水に弱くてな。手も迂闊に洗えない」

『……気づいてはいたんだ。お前が右腕でしか魔法を使っていないことには。膂力も異常だと思っていたが、そういうことだったのか』

『ちょっ、気づいてたなら言ってよ燿子!』

『そんな余裕はなかったろう』

ダウンしていた本体がまたググッと体を持ち上げようとするが、焔は地面を蹴って一瞬で距離を詰めると、義手を撃ち込み、呻くグリードを押さえつける。

「おい、触手を抑えろ!瑛里華、来い!」

瑛里華はぐっと脚に力を入れ、よろけながらも焔のもとまで駆け寄る。

「俺の腕を掴め。伊織と魔力の波長を合わせてこのタコから引き抜く!」

魔力の波長は指紋のように、例え近親者であっても同じものは存在しない。

それを無理矢理合わせようとすれば互いに激痛に見舞われることになる。

しかし、目の前で苦しんでいる想い人を前に、瑛里華は自分が味わう激痛のことなど頭になかった。

伊織を助けたい、その一心で焔の腕に手を置く。

焔は瑛里華が握る右腕を伊織の肩に置いた。

「さあ、踏ん張れ!」

焔は伊織の体に魔力を流し、伊織の波長に自分の魔力の波長を合わせていく。

同時に瑛里華にも繋ぐために尋常ではない苦痛が焔を襲うが、それでも構わず魔力の出力を上げていく。

「伊織!伊織ぃ‼︎」

瑛里華は焔という緩和剤を通すことで、本来味わう苦痛がぐっと減っている。

だが、その分魔力を介して伊織の意識に呼びかけ、グリードとの繋がりを断つのは瑛里華の役割だ。

「あああああ‼︎」

「ぐっ、おおお‼︎」

ズルズルと、少しずつ伊織の体がグリードから抜けはじめる。

「ぎゃあああああああああああああ‼︎」

絶叫を上げる伊織を更に引き出すため、脇の下から腕を入れ、体を抱えるように姿勢を変え、更に力を込める。

「あああああああああっっっ‼︎」

「がっ!」

白目を剥く伊織が焔の肩に噛み付くが、それでも魔力を上げていく。

手首が抜けた伊織が腕を振り上げるが、瑛里華がその手を受け止めて無理矢理手を繋いだ。

「おい!直接は無理だ!」

「わた、し、がっ!助けて、みせる!」

「まったく!困ったカップルだ!」

肩を噛まれ、右手で殴られながら焔は瑛里華の方を向く。

「もっとだ!伊織の意識に集中しろ!魔力を押し付けるんじゃない!伊織の感覚とひとつになれ!」

「うわああああああああああああ‼︎」

伊織と共に瑛里華も絶叫する。

本来なら穴という穴から出血して意識を失ってもおかしくはない。

しかし、瑛里華はしっかりと伊織を見据えて抱き締め、そしてついに伊織の身体が完全にグリードから抜け出した!

『おおっ!』

『やった!』

『伊織!瑛里華!焔!』

地面に倒れた伊織を瑛里華が抱え上げる。

「伊織!しっかりして!伊織!」

「……え…りか…?」

「うん!私だよ!」

「…僕……あいつ……おさえ…なくて…」

「大丈夫。もう大丈夫だから!」

「…あり……がとう」

がっくりと意識を失う伊織におおい被さり、瑛里華は号泣していた。

「おいおい…」

焔はブレザーを脱ぎ、全裸だった伊織に被せる。

伊織の水流で左腕は破れてしまっているため、そのままシャツも脱ぎ捨てて上半身は黒のタンクトップ姿になる。

鍛え上げられ、絞り込まれた筋肉がよくわかる。

『グルルアアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎』

グリードは雄叫びを上げて伊織たちを飲み込もうとするが、焔が雷を纏った回し蹴りを放ち、またも巨体をダウンさせる。

『うえええええ⁉︎』

『あ、足も義足じゃないよな?』

相変わらずの常識外れな攻撃力に、喜んだり驚いたりと忙しい。

「あ、しまった!」

山のように積まれていた生徒たちの方へ蹴ってしまったことに気づくが、影から刹那が現れた。

「…大丈夫、全員避難させた」

「危ねえ。よかったぜ」

「焔、あれで本体は消滅するのか?」

「いや、まだだ」

その言葉通り、怒り狂った様子で吼えながらまた身体を起こしてきた。

「伊織から魔力を吸い続けてたんだ。放っておけばまた食いだす」

触手を滅茶苦茶に振り回して吼えるが、焔の攻撃力が自分を上回ると理解しているのか、襲ってはこない。

「さあ、トドメだ」

右手に雷を集中させるが、そこでグリードは思わぬ行動に出た。

『ギイイイイイ‼︎』

苦悶のような声を上げながら、グチュグチュと奇妙な音を立てて身体を変形させはじめる。

触手も牙も全てが内側へ内側へと向かい、数メートルはあった見上げるほどの巨体が、どんどんと小さくなっていく。

『今度はなんだ⁉︎』

『焔、消滅してるの?』

「いや、違う!」

ギュムギュムと圧縮された身体は巨大なゴムボールのような形をしていたが、そこから4本の触手が飛び出した。

それは先ほどまでの捕食機能を持つものとは違い、下に二本、左右から一本ずつ、体は細長く上にはコブが盛り上がる。そのシルエットはまるで、

「……人間?」

確かに人型だが、しかし関節のある動きではなく、手脚の長さや太さも常に変化している。

「何あれ、気色悪いわ…」

「焔、資料にあんな姿があったか?」

「いや、なかったな。アレは想定外だ」

『ねえ、なんかヤバそうな気配がするんだけど…』

『右に同じく』

「アレが、このグリードの魔方陣の最大のカスタマイズだな。姿形を変える魔獣は別に珍しくもないが、ここまで体の面積を変化させ、しかも人型とは…」

『ロロロ…』と呻きながら、最後に顔が一際波打つと、そこには蛸の吸盤のように牙の生え揃った丸く大きな口が開き、他には目も耳も鼻もない。

しかし、肩と脇腹のあたりがパックリと割れ、黄色い眼球が目を開けた。

「人間にはほど遠いな」

「…醜悪」

『この魔方陣の製作者、趣味悪すぎだろ…』

『ロロロ……ロロロ……』

人型グリードがキョンシーのように腕を持ち上げると、腕が細く枝分かれし、高速でうねりながら伸びてくる。

「伏せろ!」

焔が右腕を薙ぎ払うように振ると、雷の波が全ての触手を焼き払った。

「早いぞ!」

『クソ、見えなかった!』

焔の指示に咄嗟に反応できなければ、そのまま触手に貫かれていただろう。

人型グリードは両腕とも半ばから失うが、すぐにまた触手が再生し腕を形成する。

『再生能力⁉︎』

「いや、違うな。あれだけの巨大が凝縮したんだ。単に肉が詰まってるんだろう」

『な、なんかさっきよりタチが悪くないか?』

(ここで全員守りながら戦うのは不利だな…)

焔はそう判断すると、鞭のように細くしなる雷で人型グリードを捕らえ、そのまま壁に叩きつける。

雷に捕まりもがくグリードを更に2回、3回と同じように壁に叩きつけ、4回目で壁を突き破って外へと放り出した。

崩れた壁から外を見ると、前も後ろもないのか、手脚をグネグネとさせながら立ち上がると、首を180度回転させ、また別の場所に目が開いた。

「ここにいろ」

そう言い残し、焔は外へ躍り出る。

焔の周りの空気がバチバチと爆ぜ、高密度の魔力が身体から湧き上がる。

「魔装」

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