越える時
「俺は、今から貴女を殺します。」
「あら、急に冷静になっちゃって。
熱くいきましょうよ」
「心を乱したままでは、貴女に勝てないことは分かっています。
今の俺は、あの頃とは違うんです」
「ふふっ、壊れてなかったのね。
少し、見直したわ」
「壊れていましたよ。
折れて、潰れて、壊れていました。」
「へぇ、自己修復機能でもついていたの?」
「俺は3日寝たら直るんですよ。
過去は、過去にすぎません」
「いうわね。
でも勇人君、膝が、震えているわよ?」
「ははっ、武者震いです。
俺は乗り越えたんですよ。
いえ、嘘をついてしまいましたね」
「今から、乗り越えるんですよ」
油断
勇人が付け入る隙はそこにしかない。
勇者は油断している。
あくまでも勇人を遊び道具としか見ていないからである。
確かに勇人は強い。
冒険者ギルドによる鬼狩霊峰の推奨ランクはSSSである。
そこの鬼神達を相手に手玉に取れる存在など、人間の中では他にいないといっても過言ではない。
異世界から召喚された勇人の肉体は、世界の壁を越える際に大きく作り変えられた。
強靭な肉体、膨大な魔力。
明らかにこの世界にはオーバースペックである。
しかし、勇者は、格が違う。
魂の大きさが、存在の重さが、世界を越える際に決定的な差となった。
心を乱したままでは、感情の赴くままに襲ったのでは、埋められない差がある。
勇人は、無音のまま、刹那の時間で身体を硬化して殴りかかった。
鬼神達を相手にするような手加減はしない。
全力で、ただ全力で拳を振り抜いた。
勇人は、あまり複雑な事はできない。
身体を強化する。
それだけしかできない。
しかし、それだけならできる。
誰よりも。
ビシッ
メキッ、バキボキッ
「あちゃ、両腕持ってかれちゃったわね。
それにしても、随分いきなりね。
お姉さんビックリしちゃった。」
勇者は強化された鋼糸によって、勇人の拳を受け止めていた。
とはいうものの、拳は止まったがその代償に両腕がへし折れてしまっていた。
「猛獣相手に宣言してから攻撃する人はいないでしょう?」
「早すぎると女の子に嫌われるわよ!」
「おや?一体何処にそんな可愛らしい存在が?」
お互いに軽口を叩きながらも攻防はやめていない。
勇者は鋼糸を使い、勇人を補足しようとしているし、勇人は最初程の力ではないが、ヒットアンドアウェイを繰り返している。
既に常人では目で追えない程のスピードに達している。
普通、町中でそんな攻防を繰り広げればとんでもない被害になっている筈だが、そこは勇者、既に隔絶結界を張っている。
勇人もそれを分かっているから全力で攻撃したのだ。
「失礼しちゃうわ。まだまだ100年はいけるわよ!」
「はっ、一体何年生きる気ですか!」
僅かな攻防ではあったが、勇人には気づくことがあった。
いや、気づいてしまったというべきか。
それを確かめるために動く。
「終わりにしましょう。
こんな茶番は」
「茶番?
一体何の話をしているの?」
勇人は、身体強化のレベルを一段あげた。
勇人の周辺の景色が歪んで見える。
空間が軋む。
そして、勇人が消える。
いや、勇者ですら目で追えないスピードで動いたのだ。
結界の、破れる音がした。
「ふぅ、やっぱりですか。」
勇者が本来倒れているべき場所に、人形が、落ちていた。
勇者の能力の一つ
“自律する心〜dolls-ad libitum〜”
の応用であろう。
勇人は気づいてしまったのだ。
勇者が、異常に弱い事に。
そんな筈が、そんな事がある筈が無かった。
勇人は7割も実力を出していない。
茶番。
勇者の人形劇に付き合わされたにすぎない。
「あーあ、気張ったんですがね、、、」
「どうやら、また神都に行くしかないようですね」
人形とはいえ、勇者に姿を、魔力波動を晒してしまった。
姿はともかく魔力波動は特別な道具を使わなくてはいじれない。
先程の闘いで、実際に勇者と相対するには物足りないと感じていた。
まだ、修業が足りない。
とりあえず、神都に、武器と変調機の新調をしに行く必要がある。
「先は、まだ長そうだ、、、」