乱れ狂う心
「ちょっと勇人ー、それこっちに持ってきてー」
「はぁ、まるで召使いのような扱いですね、、、」
勇人が買い取りを頼んだBM商会にて、最初は素材の鑑定の為に2人きりで作業をするということで心を動かされるものがあったものだが、
実際、やっていることはただの作業である。
「なによー、良いじゃない。私の為に働けるのよ?
し か も 2人っきりで!
嬉しくないの?」
「はいはい、嬉しいですよ。」
「もー、何よその言い方!
、、、あんたじゃなければ2人で作業なんてしてないわよ」
最後の方は小声である。
小声ではあるが、勇人にははっきりと聞こえていた。
聞こえていたが故に対応に困り、酷く微妙な空気が漂うことになったのだが。
微妙な空気ではあるが、それを心地よいと感じていた。
そして黙々と作業を進めていた勇人だが、ふと気になることに思い当たり、声をかける。
「そういえば、俺が持ってきた素材とかっていつもどこに卸してるんですか?
俺がいうのも何ですが、普通のお店で売るには高位のものが多すぎると思うんですが」
「え、えーっと、そうね、王城とかよ!魔族と戦うのは何も勇者様だけじゃないからね。騎士団とかの装備用に卸したりしてるわ!」
まゆの発言にぼんやりと引っかかるところを感じた。
しかし、何が引っかかったのかが分からない。
「え?王城に卸してるんですか?!
ここ、そんなに大きな商会じゃないのに、そんなコネがあったんですか」
「むっ、失礼ね。ウチは知る人ぞ知るBM商会よ!その位のコネクションはあるわよ!」
勇者に近しい王城に卸しているということを引っかかりの原因だと感じ、思わず問い詰めてしまう。
「勇者にはバレたりしてないでしょうね?!あのパーティーには魔力探知に異常に優れているやつもいるんですよ?」
「ちょっと、ち、近いわよ!心の準備が、、、!じゃない!
大丈夫よ!勇者とはあまり関わらない辺境騎士団の方だから」
「なんだ、ちゃんと考えてくれてたんですね、、、良かった、、、」
ホッとして我に返ってみると、勇人は自分が非常に危うい事をしていることに気づく。
客観的に見ると、まゆを壁際に押し付けて顔を近づけているという、まるで口説いているかの状況である。
「あっ、え、すいません!!興奮してしまって」
「べ、別に、大丈夫よ!
まだ残ってるんだから、早く続きをやるわよ!」
先程よりも更に微妙になった空気の中、遅れた分を取り戻すかのようにペースを上げるまゆと勇人であった。
「さて、確認してちょうだい。白金貨が72、金貨が85。ちょっと色をつけといてあげたわ!
金貨を何枚か両替しておく?」
「お願いします。金貨3枚ほどで大丈夫です」
「それじゃ、金貨82と銀貨300ね。」
「いつもありがとうございます。また当分はこの町にいますのでなにかありましたらよろしくお願いします。」
「それはこっちのセリフよ。これからもBM商会を懇意にしてくださいな」
「勿論です!こんな良い商会は他に無いですから!」
「嬉しいこと言ってくれるわね!と、いうか別に用がなくても訪ねてきたって良いのよ?
お茶位なら出してあげられるわ」
「え、、、そ、そうですか?それならたまに遊びに来ちゃいますよ?」
「勇人ならいつでも歓迎するわ!」
この町で、この世界で勇者と決別して以来、人との繋がりを感じれることは殆ど無かった。
些細なことかもしれない。
良くある事なのかもしれない。
しかし、勇人にとっては重要なことなのだ。
この世界に、存在しても良いと、許された気分だった。
幸福というものは、そうそう長く続くことはない。
望めば望むほどに遠ざかっていく。
しかし、それに比べて不幸、不運というものは真逆の性質を持っているとすらいえるかもしれない。
奴らは全力で向かってくる。
望む望まずとに関わらず、全力で向かってくるのである。
それは、勇人が素材の売却を済ませて、拠点の宿屋に向かおうとしていた道すがらであった。
嫌な予感がする。
この道の先に行きたくない。
進めば、取り返しのつかない事になるような気がする。
そんな予感、いや、確信だった。
「止まるな、止まるな!
動け、俺の足!
ここで止まったら何も変わらない!
今までの俺と一緒だ!」
震える足を叱咤し、縮こまる心に檄を飛ばす。
そうして踏み出した一歩は勇人にとってとても大きな前進を意味していた。
路地の先、ちょうど冒険者ギルドの前に
勇者が、いた。
こちらに気づいたのか、ギルドの中に紐のようなものを投げ入れ、振り向いた。
顔に三日月ができていた。
楽しそうに、本当に楽しそうに、満面の笑みでこちらを見ている。
「久しぶりねー。元気にしてた?ずっと心配してたのよ?」
「どうしたの?
震えてるわよ?」
恐怖で身体が震える。
今すぐに逃げ出してしまいたい。
だが、それ以上に、心が震える。
こいつを、殺せと
ここで挑まずにいつ挑むのか。
勇者が一人で居ることなど、そうそうないことである。
つまり、滅多にないチャンスなのだ。
しかし、心を縛る枷が、楔が勇人を雁字搦めに縛り付けていた。
「ちくしょう、やってやる、、、」
必ず殺すと誓ったのだ。
チャンスを逃すわけにはいかない。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!!
やってやらぁ!!!」
「あはっ、良い顔っ、、、」
勇人が心の枷を、楔の一つを引き千切った。
夜の町で、勇者と勇者のおもちゃが邂逅した。