殺意と癒し
勇人が根城とした洞窟は鬼狩霊峰では最深部に位置している。
しかし今、霊峰の最深部では洞窟を中心として魔物の気配が殆どなくなっていた。
「あー、やりすぎちゃいましたかね」
いうまでもなく勇人の仕業である。
一日目の攻防で鬼神達のおよそ10分の1を殺してしまったため、今では命知らずが数匹程度しか寄り付くことは無くなってしまったのだ。
「良い修行にはなった、、、とは思うんですけど。
それでもあいつらには勝てる気がしないんですよね、、、」
一週間。
一週間勇人が山に篭った本当の理由は、素材の為などではない。
勇人の心に食い込む楔、勇者への想いを抑え込む為である。
「どうすればあいつに勝てる、、、
あぁああ、考えれば考えるほど勝てる気がしない!」
劣等感、敗北感、そして恐怖に苛まれ、蝕まれ、侵食され尽くした心は、呪いの様に勇人の心を食い尽くしていく。
勇者によって徹底的に壊された心は鬼神達に向ける少しばかりの優越感などでは到底傷を塞ぐことはできない。
それでも、その傷をそのまま受け入れてしまっては、死によって侵食を止めるか、勇者の下僕になるかしか選択肢がなくなる。
それはできない。
それだけはできない。
勇人は勇者への想いを全て殺意に転化することで、生きつづけることができている。
今ではないのだ。
今動けば待っているのは敗北のみ。
勇人が望む未来はそこには無い。
溢れ続ける勇者への殺意を、鬼神達に向ける事で抑え込もうとする。
鬼神達は不幸にも、勇人の八つ当たりを受けることになるのだ。
そうして勇人の心は平穏を保たれる。
勇人は気づいていないが、この山籠りの意味しているところは、勇者への恋慕に近い想いの消化であった。
およそ一ヶ月
鬼狩霊峰の鬼神達を狩り尽くすかのごとく暴れまわり、ようやく勇人の心は平静に近いところまで落ち着きを取り戻した。
勇人が仮の拠点として利用している町は中級程度の冒険者達が多く集まっている。
なぜ勇人がこの町を利用しているかというと、人口が多いこの町は、勇者から身を隠すには都合のいい場所であるということが一つ。
そして、勇者から身を隠しながら素材の売買ができる商人、職人がいるということである。
「こんにちは。素材の買い取りをお願いしたいのですが、鑑定をお願いできますか。」
「いらっしゃいませー。って勇人か。またごっつい荷物を持っているわね」
一見、17歳程度の少女にしか見えない店主だが、これでも名の知れた商売人であり、勇人の事情を知っていながら手を貸してくれる数少ない協力者である。
「暫く山籠りをしていたら、随分たまってしまいました」
「あんたが持ってくる素材は売り捌くの大変なんだからね?誰から卸したかも言うわけにはいかないし、あんた素材の処理が雑だから扱える職人も限られてるしで、聞いてるの?もう!」
「聞いてますよ。いつも迷惑をかけて申し訳ないと思ってます。でも貴女しか頼れる人がいないんですよ」
小言を言われながらも世話を焼こうとしてくれることに、どことなく嬉しそうな顔をする勇人である。
「なによ!もう!いいわ、こっち持ってきてよね!」
「はい!3番の部屋でいいですか?」
「今日は1番の部屋に持って行ってちょうだい」
「え、まゆさんが直接鑑定してくださるんですか?」
「あんたが持ってくる素材はうちの子たちじゃ鑑定できないものの方が多いのよ」
「それはまた、、、お手数をお掛けしてます、、、」
「良いわよ、そういうことも分かった上で協力してるんだから」
「、、、嬉しいです。ありがとうございます。」
「ちょ、ちょっとやめなさいよ!なんかむず痒くなってくるわ!時間かかるんだから早く持って行ってしまいなさいよ!」
「はい!」
勇人は、年下の少女との戯れに近いやり取りに癒しを感じ、自分なんかにもこんな良い人が側にいてくれる、というささやかな幸福を噛みしめるのであった。