光を消すためにできること
勇者がまた一つ、魔族領から領土を取り返したということで酒場ではお祭り騒ぎが起きていた。
見知らぬ人でも隣に座っているというだけで乾杯し、勇者様の凄さを語り、勇者パーティーの強さについて賞賛しあっていた。
この冒険者ギルドの酒場では、飲んでる人の殆どが魔物を討伐し、賞金をもらう事で生計を立てている冒険者達である。
で、あるために勇者の凄さが自身の体験として理解できる。
勇者を半ば崇拝の対象としているのだ。
そんな喧騒が支配する酒場の中で、集団に埋もれず異彩を放つ存在がいた。
誰とも酒を酌み交わすことなく、一人疲れた様子で項垂れている。
そんな周囲の喧騒と切り離されたような人間に近寄り、話しかけるものがいた。
「あのねぇ、情報屋ともあろうものがあんまり目立つことをしないでくださいよ」
「遅いぞ、勇人。こっちは疲れてるんだ。貰うもん貰ってさっさと帰って寝たいんだよ」
「時間通りには来たはずですよ。貰うもん貰う前に吐き出すもん吐き出してください。」
「分かったよ。
んー、結論からいうと、暫くは動かない方がいいな。勇者共は何も気にしてないようだが、周りの蝿どもが色々嗅ぎ回っているようだ。」
勇者万歳な雰囲気の酒場に気をつかって、声を潜めて尋ねたというのに何も気にせず返すものだから溜息しかでない。
と、その溜息に気づいたのか、情報屋が食ってかかる。
「つまんねーことを気にしやがって、大丈夫だって、周りはここの会話なんて気にしてやしねぇよ」
「そういうことじゃないんですよ。分かってても溜息が出ちゃうんです」
こんな奴でも情報屋としては優秀なことは分かってる。下手に機嫌を損ねられるのもよろしくないので、詳しい事情を尋ねてしまうことにする。
「それで、何故動かない方が良いんですか?公爵を殺したといっても資金援助しかしてない程度の奴だったはずですが。」
何も理解していない様子の勇人に、情報屋は若干苛立ちながら返す。
「お前は馬鹿か?あんな殺し方が普通の人間にできると思ってんのかよ?少なくとも勇者連中にはバレてるよ」
「嘘でしょう?!殺し方も気をつけなきゃいけないんですか、、、」
顔を青くしながら、落胆した様子で呟く。
「とにかく、暫くは依頼でも受けて大人しくしてろ。また様子をみて報告に来てやるから」
「そうですね、お金稼ぎでもしときます。準備に必要な物も多いですし」
必要な話題が終わったとはいえ、すぐに別れて酒場を出たのでは色々と不振すぎるため、適当な世間話に興じてるふりをする二人。
「しかし、この雰囲気もヤバいよなどいつもこいつも勇者様万歳じゃねえか」
「本当ですね。魔族を討伐したって言うんだからしょうがないんでしょうけど、それにしたって異常な熱狂ぶりです」
「どこもかしこもこの話題ばっかでよ、仕事がし辛いったらないぜ。」
「そのうち勇者教でもできるんじゃないですかね。凄くおぞましいですけど」
「お前の事情も分かるけど、勇者を好きだってやつまで憎むことはないんじゃないか?」
「無理です、、、無理ですよ。あいつに関わるやつ全てを憎まないことができない、できるわけがない」
「あー、はいはい。ここでそんな負のオーラを巻き散らかさないでくれよ。ただでさえ浮いてんのに更に目立っちまう」
「、、、そうですね。貴方に言われるのは若干癪に触りますが。今日はもう充分でしょうから帰りましょう」
席を立ち、背を向ける勇人に後ろから声がかけられる。
「お前が復讐をやめるということはないのかね」
振り返り曖昧な笑顔を返すことで場を濁す様子の勇人だが、その様子には、変えようのない決意が見て取れた。
1人宿に篭り、考えにふける。
「暫く山にでも篭りましょうかね。あんまり街にいると気分が悪くなりそうです。一週間でもいればこの熱も冷めますかね」
「鬼狩霊峰にでも行きますか。あそこなら素材もちょうど良い物が手に入りそうですし。」
鬼狩霊峰、浅い所ではレッサーオーガの上位版の鬼人などが住処としている。
しかし中層以降には鬼人の更に上位、鬼神が数多く見られるということで、軍では一個大隊と中隊が揃ってようやく3日生き残ることができるといったところであろう。
鬼を狩る霊峰ではなく鬼に狩られる霊峰として名付けられているのである。
そんな山に一人で籠ろうというのであるから気狂いの所業であることは間違いない。
本人としては修行としてちょうど良いという程度の考えである。
「おっ、残ってますね。地形が変わってるってこともなさそうですし、またここで良いですかね」
以前に山籠りをした時に使った深層の洞窟。
ここは前の主、つまり鬼神の主である荒鬼神が住処としていた場所で住むにしては水場も近く非常に都合のいい場所となっている。
“グルルラァァァアアアア”
「あらま、まぁしょうがないですよね」
当然、そのような都合のいい場所がいつまでも空いているはずも無く、新たな主が住み着いていた。
「すみません。そこは俺が使わせて貰う予定なんです」
荷物を降ろし軽く戦闘態勢に入った勇人と向き合う荒鬼神。
“ギーィ、グギィーァア”
樹齢1000年の大樹のような腕を、ただ闇雲に振り回すのではなく所々フェイントも混ぜながら叩きつける。
「来なさい!」
常人ならば風圧だけでミンチになってしまいそうな一撃を少し腹筋を絞めるだけで受け止める勇人。
「こんなものですか?では、こっちから行きます!」
荒鬼神が腕を掴まれると、本能レベルでの恐怖により、咄嗟に身を引こうとする。
しかし、身を引いた程度で避けられないような速度で拳が振り下ろされた。
「あちゃ
んー、皮が高く売れるんですが、、、」
勇人が拳を振り下ろした位置には半円状のクレーターが出来上がっており、荒鬼神は掴まれた腕以外は消し飛んでしまっていた。
“ギャーギゴラガー”
“グリーギァー”
そして、戦闘の音を聞いた周りの鬼神や荒鬼神達が興奮した様子で集まってくる。
「こりゃあ、今日は寝れなそうですね」
身体強化のレベルを一段高くして鬼神達の群れに向かってゆく。
こうして、勇人の山籠り一日目は更けていくのであった。
「ねぇ、いないんだけど?」
「いや、あれー?一昨日まではいたんですけどねー?」
「嘘、ついたの?」
「嘘じゃないです!一昨日一緒に酒場で飲んでましたから!本当です!」
泣きそうな顔をしている情報屋に詰問をしているのは件の勇者様である。
「ふーん、本当みたいね。嘘だったらどうなるか、分かってるものね?」
「もちろんです!勇者様に嘘なんて、、、」
「そうねー、でも私に無駄足を踏ませたんだから、何か罰は受けてもらいましょうか」
「えっ」
とても良い笑顔で告げる勇者にホッとしたのも束の間、一瞬で地獄に突き落とされる。
「何が良いかしら?痛い系?辛い系?それとも〜、気持ちいい系?」
「え、、、」
聞いた言葉がすぐには理解できず、理解できたことで思わず緩んだ顔を表に出してしまう。
「痛い系ね?マゾなのかしら。」
「いやっ、あの
「うるさいわね、もう決まったのよ。貴方は足先からネズミに齧られる罰を受けるの。」
「大丈夫よ。死なないようにはしてあげるわ。私が楽しみ終わったらまた元に戻してあげるし。
だって、まだまだ働いてくれるものね?」
「ごめんなさいっ!働きます!何でもしますから!ごめんなさいっ!」
「さ、行くわよ?」
夜の街に響いた悲鳴は誰の耳にも届くことは無かった。