プロローグ
あぁ、どうもこんにちは。待っていたよ。といっても私が誰だか分からないかな。
分からないのもしょうがないさ。
表舞台に立っていたのは、ほんの一瞬だけだからね。
しかも英雄譚の悪役、小物の裏切者の事なんて知らなくて当然さ。
勇者と一緒に旅をしてたんだ。
旅をしてたことが、ある。
今ではただの旅人だよ。
あの人を殺す、ただそれだけのために旅をしている
あの人は俺から全てを奪った
全てを
だから殺す、殺すんだ
殺さなくちゃならない
それだけが俺に残された、ただ一つのものなんだ
私は壊れたおもちゃなんかじゃない
壊れてなどいない
壊れるとしたら、それは彼女を殺し切った後だ
勇者、俺は勇者にはなれなかった男だ
勇者になれなくても、勇気あるものでいたかった
でも、恐怖をもってしまった
彼女に、勇者である彼女を、怖いと感じたっ!
彼女といると身体が震える
彼女といると声が出なくなるっ
彼女の側で立っていることすらできないっ!!
彼女は純粋な人だ
純粋な心を持ち、純粋な悪意に満ち溢れている
怖い
怖くてしょうがない
また彼女の悪意の矛先がこちらに向いたらはたして正気でいられるのか
でも、立ち向かわなきゃ
そうでなくては俺が俺でいられなくなる
俺が俺であるために、おもちゃなんかじゃない、一人の人間としてあるために
あいつを殺すよ
え、勇者の否定なんかしたら捕まっちゃうって?
あぁ、不敬罪とかいうあのふざけた法律のことですか。
大丈夫ですよ。
ここには貴方しかいません。
貴方の口は今からなくなりますから。
数日後
公爵の死亡が王国内に広まった。
なかでも、公爵の殺され方が暗殺としては特殊であるとして、世間を大きく動揺させた。
圧死
ただただ大きな力によって押しつぶされたという。
とても荒々しくただ押しつぶされていたとの事だ。
世間は不安に煽られ、その恐慌を収めるため、騎士団及び関係各所は暫く動き回る事となった。
しかし、国の中枢、勇者一味はそれを聞いて楽しそうに笑っていたという。
「あー、そういえば公爵が殺されたってよ。」
身体の大きな男が、欠片も緊張感を感じさせない声で話題を放り投げる。
「へー、マッシュポテトみたいに?ていうかあいつ随分遠い所から攻めるなぁ。」
それに応えたメガネの魔法使い風の男の声に場が笑いで包まれる。
「あいつ、元気してっかな?」
「元気なんじゃないですか?少なくともマッシュポテトが作れる程度には」
黒い、ただ黒い男が全く心配などしていなさそうな棒読みで問うと、卑屈そうな男が興味を持っているとは思えない声で応える。
「なーんだ、まだ壊れてなかったんだ。じゃあまだまだ一緒に遊べるね」
その集団の中の紅一点、勇者である彼女が幼く、無邪気に、酷く残酷なことを言い放つ。
彼女からすれば遊びにすぎないのだろう。
人一人の人生を終わらせたことなど彼女のなかでは決して遊びの範疇を超える事では無い。
いや、もしくは遊びの範疇を逸脱してくれることを望んでいるのかもしれない。
元仲間達から再び遊び相手に選ばれたとも知らず、彼は再び旅を続ける。
復讐の機会を探し、身を隠し、自らを高めながら。