6.シュタイン家最後の団欒②
「え?」
あたしは動揺を隠せなかった。
「心当たりがありそうだね」
パパは語気を強めるでもなく、自然な調子
であたしに尋ねた。
「どうしたんじゃ、ルナ?アルビィナでなんかあったかの?」
「ああ、今日はアルビィナに行っていたのよね?もしかしてあなた、ルナに追跡探知をつけたのね?」
ママは眉をひそめてパパを問い詰めた。追
跡探知?聞いてない!一体どこに?
「パパ?」
「あ、ああ。いや、たまたまなんだよ。ルナが今日履いていたアシストブーツ、あれにつけていたのだがね」
こういうことだった。あのアシストブーツ
は元々ママにあげるはずのものだった。科学
技術開発機構にいると、何かと厄介なことも
起こる。特に魔法界との軋轢から、妨害工作
を受けることもしばしばあるらしい。
だから何者かに尾けられた時など、警戒を
強めることができるようにと取り付けたのだ。
「それをあたしが貰ったからか…。うん、実は今日こんなことがあったの」
あたしは隠しても仕方が無いからと、今日
起きた事を全て話した。
「マリーネ?あの子にそんなことが…。それは悪いことをしてしまったな。ふーむ、確かに急に引っ越してしまったから気にはなっていたが、魔法少女になっていたとはね」
「ふん、グレヴィールのとこの娘っ子か。きゃつのオヤジは魔法界の連中の中じゃ、確かにまともな方じゃったわい」
へえ、おじいちゃんも知っていたのか、マ
リーネがあたしと仲が良かったこと。しかも
彼女の親も知っていたような言い方だ。でな
ければおじいちゃんがこんな事を言うはずが
ない。お互いに知っていて放っておいたとい
うことだろう。
「それで、リュゼという子にマリーネが目を付けられていた、と?」
「う、うん。写真集を先に出されたとか、そんな理由だと思う」
「かーー、くだらん。魔法界の連中はまだそんな事をしとるのか!まだ世の中のことを何も分かっとらんような小娘を使って、私服を肥やしておる」
あたしも魔法少女が魔法界の経済を支えて
いるらしいことは、なんとなく知ってはいた
。今や大手の魔法少女事務局は、魔法解析学
会をも凌ぐ権力を持っていると。
「まあまあ、お義理父さま。世の中の戦の在り方を覆した功績は認めるべきですわ。確かに年端も行かぬ少女を利用して、私服を肥やすギルドがあるのは否めませんけど」
戦の在り方を変えた。それはたしかに的を
得た言い方だった。かつて、国家間闘争、権
力争い等、数々戦争が行われてきたが、その
度不必要な血が流されてきた。しかしその頃
、国、機関などあらゆる組織は武力による戦
争を行うなかれ、という声が各地で上がって
いた。そして魔法解析学会が科学界を押し退
け権力を拡大し始めた頃、最初の魔法少女事
務局を立ち上げたシャイン・ホワイトアイズ
が一つの提案書を学会に提出した。
戦いにおいて最も血が流されるのは、もち
ろん兵士達である。だから彼らに変わり戦場
に立ち、その勝敗を決する運命を魔法少女に
託す。
それがシャイン・ホワイトアイズが提案した魔法少女による無血戦争である。
それが戦の在り方を根本から覆した、誰も
死なない戦争を生み出した。しかし、無血戦
争が、国家間に留まらずさまざまな団体、利
権が絡んだ争いに利用されるようになると、
魔法少女事務局が瞬く間に増えた。それゆえ
今のような大きな力を持つようになったので
ある。それが徐々に歪みを生み出す結果とな
った。
「ともかくそのリュゼという子に、マリーネといっしょにいたのを見られたんだね?」
「うん、でもあたしが科学界の人間だとは、気がつかなかったと思うんだ。向こうはあたしも魔法科出身だと思ったみたいだし」
あたしは自ら魔法科出身だと言ったことは
、一応伏せておいた。おじいちゃんが何を言
い出すか分かったもんじゃないからだ。
「ルナに魔力がないことに気づいたという事はないかしら?」
「ならば魔法科出身だと思うことはないだろう。まあ魔力感知は比較的簡単な魔法らしいから、可能性はあるだろうがね」
であれば分かっていて泳がせた⁉︎
でも、何のために⁈
わざわざマリーネを虐げる理由をさがして
いるのだろうか?確かにリュゼは性格は悪そ
うではあった。しかし…、ジェニーは…
「ふん、いまや魔法少女事務局同士の足の引っ張り合いじゃからな。利用される娘っ子達が可哀想じゃ。そのリュゼという子も大方事務局に踊らされ、マリーネの足を引っ張れないかと画策しとるのじゃろ。そんな事ばかりさせられて、性格までねじ曲がってしまったんじゃ」
なるほど、そういうことか。それは考えら
れる。あたしが何かマリーネの綻びに繋がら
ないか、そうリュゼが考えればあたしに尾行
をつけてもおかしくはない。
しかしーーー、
「みんな随分魔法界のこと詳しいんだね」
!!ビキッ!!
あたしのふとした一言に一瞬で空気が固ま
った。強烈な緊張感が漂い、三人にあたしは
見つめられ動けなくなった。
「あ、あ、いや、そ、そんなことはないかな〜、なんて…、ハハ……」
あたしは絞り出すようにそう言うと、目の
前のパスタをこねくり回した。
「まあ噂はどこからでも入ってくるものさ。それに科学が魔法を超えるためには、魔法のことも知ってはおかないとね」
「そ、そうだよね、あたしも結構知ってるもん。あー、ビックリした。なんか空気変わっちゃうから」
あたしは何か微妙な違和感を感じたが、そ
れが何なのかは分からなかった。パパもママ
もおじいちゃん程は魔法に対して、感情的に
ならないと思っていたからか。あたしの一言
に全員があたしを凝視してくるとは思わなか
った。でも、違和感はそこに感じたわけでは
ない。何かもっと別の感情が入り混じった、
そんな空気だった。
なんだろう、急にパパとママが遠い存在に
感じたのだ。ふだんなかなか会えなくても、
そんなこと感じた事は無いのに。
「もう魔法の話題は終わりじゃ、折角のラナの料理がまずくなるわい」
「あら、あたしの料理はそのくらいでまずくなるような代物じゃないわよ」
ママはそう言って眉を片方つりあげて口を
尖らせると、すぐにプッと吹き出して笑った
。
「すまん、すまん。とにかく今日は久しぶりの団欒を楽しむんじゃろ?だったらもう魔法の話題は無しじゃ」
あたしもそうしたかったが、解決してない
ことがある。そして、それは放っておくこと
は絶対に出来ないことだった。
「ゴメン、おじいちゃん。まだ終われない。ねえ、パパ。あたしを尾けてきたのって、やっぱりリュゼなのかな?」
「多分、そうだろうね」
少しの沈黙のあと、パパは静かにそう言った。